第24話 世界の命運を託されし少年と少女

(お願い……間に合って!) 


煙が消えるように薄まっていく意識を必死に繋ぎとめた言乃花。わずかに残る力を振り絞り、暴走した魔力に呑まれかけている冬夜を止めようと駆け出した。


「人間ごときに……我々妖精が負けることなどあってはならないのです!」

「戯れ言は地獄で言いな! 全ての闇を喰らえ、暴食の黒龍ブラック・ドラグナー!」


 荒れ狂う膨大な闇の魔力がノルンへ向かい、一斉に襲いかかった。


(こ、こんなはずでは……申し訳ございません、創造主ワイズマン様。そして、


 荒れ狂う膨大な魔力に一歩も動くことができず、初めて味わう絶望と走馬灯のように巡る記憶にノルンの瞳から一筋の涙が流れる。


「あなたとの約束を守れなくてごめんなさい……」


 ノルンが迫りくる魔力に覚悟を決め、目を閉じた時だった。


「そこをどきなさい!」


 怒鳴り声と同時に結界を揺るがすほどの衝撃と閃光が襲い、気が付けば数メートルほど吹き飛ばされていた。


(いったい何が起こったのでしょう? 先ほどの声は……まさか?)

「ま、間に合った……」


 その声に目を開いたノルンの視界に飛び込んできたのは、両手を体の前に突き出す満身創痍の言乃花の姿だった。


「何をボサッとしているの? 消えたくないなら早く力を解きなさい! ……私も長くはもたないわよ」

「いったい何を……私に止めを刺す絶好のチャンスですよ?」

「そう、絶好のチャンスね。だけど、あなたには聞かなければならないことが山ほどある……後でじっくり聞かせてもらうわ」

「ふふふ、甘い人ですね。私が空間を維持できる時間は残り僅か……仕方ありません」


 ノルンが右手を顔の前に上げ、指を鳴らす。すると空間内に広がっていた力が薄れ、本棚に囲まれた本来の景色が戻る。いきなり魔力が戻ったことに困惑する言乃花を見て、大きく息を吐くと話しかける。


「私に気を取られていて良いのですか? 彼の方冬夜が大変そうですよ」


 その言葉に我に返った言乃花が振り返ると、力なく本棚にもたれかかる冬夜の姿が見えた。慌てて駆け寄ると肩を両手で支えながら声をかける。


「冬夜くん、大丈夫? しっかりして!」

「ああ……止めてくれてありがとな」


 魔力が急激に減少したことによる呼吸の乱れはあるものの、目立つような大きな怪我はなく、意識もはっきりとしていた。冬夜は心配そうに覗き込む言乃花を安心させるように頷くと、本棚を支えにしながらゆっくり立ち上がった。その時、


「では退散させていただきます。次にお会いする時を楽しみにしていますね」


 二人が慌てて顔を向けると、笑みを浮かべたノルンが闇と同化するように姿を消した。


「チッ、取り逃がしたか……言乃花は大丈夫か?」

「うん、一か八かだったけど間に合って良かったわ」


 二人がお互いの無事を確認し安心しかけた時、それまで言乃花の手に握られていた木箱がいきなり砕け散った。中から星形をしたクリスタルが現れ、まばゆい光を放ち始める。


「なんだ、これ? いきなり光り始めたぞ……大丈夫か?」

「わ、わからないわ。急に光が強くなって……」


 二人が困惑していると目が眩むような閃光が二人の視界を奪い、何かが軋むような音とともに目の前の空間にヒビが入る。


「え? 空間にヒビ? あ、危ない! 伏せろ!」


 ガラスの砕け散るような音が図書館内に響き渡り、粉塵が視界を遮る。やがて、視界が回復した二人の前に信じられない光景が見えてきた。

 割れた空間の中に立っていたのは膝まで伸びた紫色の長い髪をツインテールにまとめ、黒いワンピースを着た冬夜より少し背の低い少女。


「君は……どうしてそんなところにいるんだ?」


 目の前に現れた少女に困惑しながら冬夜が声を掛けた時、欠けていた記憶のピースが一気に組みあがり、九年前の事件のことが頭に流れ込んでくる。


(まさか九年前の? いや、いくらなんでも人違いだろ、九年前だぞ? でも、紫の髪をツインテールにしていたし……)

「私は、メイ。あなたたちは誰?」


 これが冬夜とメイの出会いであった。

 本来出会うはずがなかった少年と少女が、何かに導かれるように再会をはたした。

 それは、運命のいたずらがもたらした軌跡なのか、それとも……



「冬夜くんはたどり着いたようだね……」


 校舎の屋根に立ち、迷宮図書館を見下ろしていた学園長。口元を吊り上げ、笑みを浮かべると語りだした。


「彼女に接触することは、。かわいいネズミちゃんノルンを泳がしておいて正解だったようだね。ここまでうまくいくとは思いがけない収穫だったよ」


 誰かに語りかけるような呟きは止まらない。


「動きだした運命の歯車を止めることは誰にもできない。さあ、あのが用意された結末をどう作り変えてくれるのか……楽しみにしているよ」


 ひとしきり声を上げて笑うと差し込む夕日に溶け込むように学園長は姿を消した。


 まるで誰かに仕組まれたかのように再会をはたした少年と少女。

 陰と陽が交わる時、世界は破滅へ向かうのか? それとも……

 舞台となるのは世界の終わりと名付けられし学園……


『ワールドエンドミスティアカデミー』


 さまざまな思惑が渦巻く中、現実世界と幻想世界、少年と少女が出会ったことにより運命の歯車は動き始めた。

 誰も想像できなかった結末にむけて……


 ――第一章 完――

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