第11話 言乃花の笑顔と言葉の真意
冬夜は特別寮の自室へ向かうために廊下を歩いていた、先ほどの面談を思い返しながら……
(学園長……ほんとに何者なんだ?
校庭から聞こえてくる生徒たちの楽しそうな会話とは裏腹に思いつめた顔をして廊下を歩く冬夜。
「難しそうな顔をして、学園長と何かあったの?」
突然背後から声をかけられ、慌てて振り返ると声の主が柱の陰からスッと現れる。
「言乃花? ここになんでいるんだ? 会議はどうしたんだよ?」
「時間になっても副会長が来ないから、リーゼが呼びに行ったわ。いつものことだからきっと捕まらないわね」
大きなため息を吐き、疲れ切った表情を見せる。ほとんど感情を表に出さない言乃花がこれほど呆れていることから、どれだけ曲者なのか伝わってしまう。
「生徒会役員って自由人の集まりなのか……」
「この学園にあの学園長あり。変わり者以外集まってくると思う?」
「思わない。って俺もカウントされているのか?」
「ふふっ、今ごろ気が付いたの?」
窓から差し込む日差しに照らされ、クスリと笑う言乃花。
(そんな表情もするんだ……)
表情の変化に乏しい言乃花が見せた一瞬の笑顔の輝きに思わず見とれてしまう冬夜。悩んでいたことを吹き飛ばすほどの驚きだった。ぼーっとしていると、言乃花が不思議そうな顔をしてのぞき込んでくる。
「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
「いや、何でもない」
はっと現実に引き戻され、慌てて視線を逸らす。そんな冬夜の姿を見てクスクス笑う言乃花。
「そうだ。生徒会の会議が無くなったのはわかるが、なんで廊下にいたんだ?」
「……理由を知りたい?」
先ほどまでの和やかな空気が一転し、緊張感が張り詰める。校舎にも聞こえていた校庭からの笑い声、小鳥のさえずりが消える。この感覚がいやでも苦い記憶を思い出させる。
「おまえ、本当に言乃花か?」
「さあ? 何が真実か自分の目で確かめてみたら?」
言い終わると同時に姿が消え、冬夜の首筋を目がけ手刀が襲い掛かる。
「くっ、あぶねえ」
音もなく振りぬかれた攻撃をとっさに体をのけぞりかわす。あと数秒反応が遅ければ、体と頭がサヨナラをしていてもおかしくないほどの切れ味だ。
「良い反応ね、お見事。次はどうする?」
眉一つ動かさず、避けられることは想定済だといった表情の言乃花。冬夜は距離を取り、様子をうかがっている。
(何とか避けられたけど、次を避けられる自信なんてないぞ……)
一瞬の油断が命とりなる。相手は魔法、体術にかけては一流である。武術の心得を持たない冬夜に次の一手を避けられる自信はない。
「ぼーっとしているなんて余裕ね。隙だらけよ!」
「しまった!」
一瞬で間合いを詰められ絶体絶命の状況に陥る冬夜。無意識に首から下げたロザリオを握りしめる。
(闇の力、発現しろ!)
ロザリオの中心が薄く光り、全身が薄い闇の膜に覆われる冬夜。
『ガキッ!』
鈍い音を立て、追撃の手刀をすんでのところではじき返す。その衝撃で間合いが離れた言乃花が冬夜に問いかける。
「あら? 自分の意志で発動させたの?」
「ああ、一か八かだったけどな。うまくいったようだ」
その姿を見た言乃花は小さく息を吐きだすとスッと身にまとった魔力を解除すると同時に学園内の喧騒が聞こえてくる。
「ふぅ。ようやく発動できたみたいね。それを自身の意思できちんとコントロールできるようにしないとね。この先、生きていけないわよ」
「生きていけないって……どういうことだよ」
「そのままの意味。学園長にも言われなかった? 暴走する力を制御するようにと」
全てを聞いていたかのように言い当てる言乃花。あ然とする冬夜に対し、さらなる意味深な言葉を投げかける。
「学園長の言うことくらいは想定済みよ。一つ忠告しておくわ。信頼してもいいけど、信用はしないほうがいいわよ」
「どういうことだ? 信頼をしても信用はするな?」
「そのうち分かるわよ。学園長は謎が多すぎる。それに、私たちとは根本的に違うから」
淡々と告げる言乃花。言葉の真意を問おうとした時、こちらを呼ぶ声がする。
「冬夜くん、お手伝い終わったよ。ソフィーが食堂でお茶とお菓子を用意して待っているよって」
廊下の向こうから笑顔で手を振るメイの姿が視界に入る。
「早くいかないとおやつが無くなるわよ」
さっとメイのいるほうへ歩き出す言乃花。慌ててその後ろを追いかける。
(根本的に違う? たしかにいろいろ怪しいが、あの人は何者なんだ。そして、言乃花は何を知っているんだ……)
残されたキーワードをもとに考え込む冬夜。
『根本的に違う』という言葉の意味を理解できる日がくるのだろうか。
新たな波乱を巻き起こす人物との出会いも近づいていた。
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