第16話 仕掛けられたワナ
迷宮図書館にて冬夜と言乃花が動き始めた頃、中庭から校舎内に入ったリーゼは生徒会室へ向かった。いつも使う階段へ行くため、突き当りを右へ曲がると思わぬ事態が発覚する。廊下に『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた看板が立てられており、それ以上奥に進むことができない。
「あれ? こんな看板あったかしら? かなり大回りになるけど向こうから行くしかないわね」
最短ルートは右に進んだ先にある階段をのぼるとすぐ左に生徒会室だ。だが、現在は通れないため職員室前の長い廊下を渡った先にある奥の階段から行く方法しかなかった。
(少し頭を整理する時間ができたと考えましょう。いったい何があったのかしら?)
想定される事態を考えなから、職員室の前を通り過ぎた時だった。出入口の扉が開き、中から出てきた男子生徒がリーゼに声を掛けた。
「あれ? リーゼじゃないか。難しい顔してどうした?」
声をかけてきたのはリーゼより少し背が高く、黒髪を刈り上げたスポーツマンのような体格のクラスメイトの
「ビックリしたじゃない! こっちは急いで生徒会室に向かっているの。碓氷、あんたこそこんなところで何をしているのよ」
「ああ、春休みの課題の提出だよ。忘れていてギリギリ間に合わせた」
「忘れていたんじゃなくて、サボっていたんでしょう? 部活が忙しいのはわかるけど期限くらいちゃんと守りなさいよ」
「すべてお見通しか、さすが生徒会長様だ。それよりもなんで生徒会室に向かっているんだ? 」
不思議そうな顔で聞き返す碓氷に対し、ため息をつきながら答えるリーゼ。
「はぁ……あのね、校内放送で呼び出されたのよ。至急生徒会室までお戻りくださいって」
「は? 校内放送で呼び出された?」
校内放送という言葉に引っかかりを覚える碓氷。右手を顎に当てたまま下を向き、考え事を始める様子にリーゼは苛立ちながら話す。
「もういい? 急いでいるから行くわよ」
「おい、ちょっと冷静になれ。お前が聞いたのは本当に校内放送か?」
「聞き間違えるわけないでしょう? この耳ではっきり聞いたわよ」
「一つずつ説明してやるからよく聞けよ、今は春休みだ。そして、校内は生徒会役員と先生、俺みたいに課題を提出する生徒以外は立ち入り禁止だったよな?」
「ええ、そうよ。何か関係あるの?」
「まだわからないのかよ……一般生徒は立ち入り禁止なんだから放送部員が使う可能性はゼロ、そうなると先生が使ったかもしれない。しかし、その放送が職員室で聞こえないなんておかしいと思わないか? なあ、リーゼ。お前が聞いた放送の声は誰なんだ?」
「えっ……」
頭の上から冷水を掛けられたかのようにサーッと血の気が引いていく。『春休み期間に一般生徒が校舎内へ立ち入ることはできない』という事実を忘れていたのだ。現状、校舎内に出入りできるのは教職員と生徒会員、課題の提出など限られたエリアの出入りを許可された生徒のみ。先生方がわざわざ放送室に行く必要など無い。なぜなら職員室から呼び出し放送が出きるからだ。
「じゃあ、私を呼び出したのは……いったい誰なの? 一緒にいた冬夜くんも聞いていたのよ」
「ほんとにそうなのか? 誰も放送なんかしていなかったし、聞こえなかったぞ?」
真っ青な顔で廊下を走り出すリーゼ。普段の冷静な生徒会長とは思えない様子に呆気に取られる碓氷。ハッと我に返ると大声でリーゼに声をかける。
「お、おい! ちょっと待て、少しは落ち着けって……」
必死に叫ぶ彼の声がリーゼに届くことはなかった。
(完全にワナじゃない! いったい誰が? 何で私を呼び出す必要が……まさか、目的は冬夜くん?)
確かにリーゼと冬夜は呼び出しの放送を聞いた。普段であれば不可解な校内放送に気が付くはずが、なぜか二人揃って何の疑問にも思わなかった。
「なんでこんな単純なことに気が付かなかったのよ!」
「ふふふ……気づくのが遅かったですね」
先ほど聞いた放送と同じ声が、誰もいないはずの校舎内に響く。
「誰? 何の目的があってこんなことをしたの!」
「ふふふ……あまりにも警戒心がなさ過ぎて呆れてしまいますね。今さら戻っても、もう手遅れですよ」
「誰なの? 隠れていないで出てきなさい!」
声の主に向かい大声で叫ぶが、虚しく校舎内に響き渡るだけだった。その時、ふと脳裏に浮かんだのは最悪ともいえる敵の顔。
(まさか……迷宮図書館には言乃花がいるはずだけど……)
右手の腕時計を見ると、冬夜と別れてからすでに十五分が経過している。敵はすでに迷宮図書館内に侵入している可能性が高い。
(早く戻らなきゃ。二人とも無事でいてよ)
嫌な胸騒ぎが止まらず迷宮図書館へと急ぐ足取りが早くなる。
リーゼは間に合うのか? そして、冬夜と言乃花は無事なのだろうか?
ワナを仕掛けた『招かれざる来訪者』の正体とは……
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