第7話 波乱の幕開け

 覚醒した冬夜から放たれる漆黒の闇が周囲を侵食し、黒く染め上げていく様子を木の陰から見ていた少女。彼女こそ待ち合わせ場所に学園から派遣され、迎えにきた『リーゼ・アズリズル』である。


(何が起こったの? いきなり真っ暗になり始めるし、フェイは傷だらけ……あれが冬夜くん? このままではマズイわ……アイツフェイから早く引き離さないと!)


 怒り狂い、明確な殺意を隠そうともしないフェイ。

 覚醒と同時に気を失ったのか、身動き一つしない冬夜。


「この……私に傷をつけた事を後悔するがいい!」


 フェイの頭上に過剰ともいえる妖力が集結し始めた時、周りを水の壁に囲まれ追撃を阻まれる。


(この魔力は、彼女リーゼの仕業ですか……いや、それ以外にもう一つ……まさか、アイツが出てきた?)


 ――水の大障壁ウォーターフォール―― リーゼによる水の壁である。


「フェイ、ずいぶんボロボロじゃない? 素直にひいてくれると嬉しいんだけど?」

「助太刀ですか……あなたごときに邪魔されるとは、癪に障りますね」


 リーゼは絶好のチャンスを迎えていた。フェイが深手をおった今なら全力を出さずとも撃退可能である。しかし。意識があるのかわからない冬夜を庇いながら戦うのは少々厳しい。この状況では無理はできない。焦りを悟られないよう極めて冷静な声で言った。


「あなたと遊んであげても良いのですが、今日はやめておきましょう。さすがにそちらのお相手は荷が重いのでね」


 フェイが誰のことを言っているのか理解するのに時間はかからなかった。すぐ背後から聞きなれた調子のいい声が聞こえてくる。


「あれ~? もう見つかっちゃった? せっかく気配消して隠れていたのにさ、フェイちゃん?」


 いつのまにか学園長がいつもの笑顔で立っている。リーゼはその気配に全く気付かなかった。


「せっかくかわいい子からのお誘いが来ると思って隠れていたのに、あっさり見つけちゃうなんて。そんなに僕のことを探してたのかな? そのお誘い?」


(これはまずいですね……のは予定外です……彼女リーゼ一人なら返り討ちにできましたが、これでは分が悪すぎますね……仕方がない、一旦引きましょうか)


 冬夜、リーゼ、学園長に囲まれて、傷を負ったフェイが無傷で切り抜ける望みは薄い。


「少し遊んであげただけですよ。今日の代償はキッチリ払っていただきます」

「逃げる気なの?」

「逃げる? この私が人間ごときに? ありえない、これは戦略的撤退です」


 そう言い残すと、景色に溶け込むようにフェイの体は消えていった。


「学園長、いつからそこに……って助けるならさっさと出てきてくださいよ!」

「まあまあ、リーゼちゃん落ち着いて。おや? どうやら彼も落ち着いたようだね」


 リーゼが学園長に詰め寄ろうとした時、暗闇がまたたく間に消え、冬夜を中心にくりぬかれたように青空が広がっていく。


「いったい何が……」


リーゼが顔を見上げ、晴れ渡る青空に目を奪われていた時だった。何かが倒れるような音が聞こえ、慌てて周りを見渡すと、冬夜が地面に力なく倒れている。


「え……ちょっと大丈夫?」

「まずいな……リーゼちゃん、早く冬夜くんを学園へ運ぶよ。今の彼は危険な状態だ」


 何が起こったのかわからず慌てるリーゼに対し声をかけると、意識のない冬夜のもとに駆け寄ると抱きかかえる学園長。


(実に面白いね。偶然とはいえその力を自ら引き出すとは……完全に覚醒するにはまだほど遠いけど、楽しみだ! さて、あちら妖精たちはどう動いてくるかな?)


 不敵な笑みを浮かべる学園長。

 冬夜の学園生活は波乱の幕開けとなった。

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