絶望の箱庭～鳥籠の姫君～

第5話 リーゼの苦難と霧の森

「ああ゛！　ここにもいない……どこ行ったのよ！」

　全身を怒りに震わせながら学園長室へ到着したリーゼ。到着すると乱暴に扉を開けた……が、室内には誰もいない。彼女がここまで怒り心頭なのは、左手で握り潰されている一枚の手紙が原因である。

『冬夜くんのお迎えよろしく！　すっかり忘れてて当日になっちゃったけど、許してね。場所はそこに書いてあるから。……それと、万が一のことがあったら対応よろしくね！　有能な学園長より』

　朝、新学期の準備のためにリーゼが生徒会室を訪れると入口に手紙が貼りつけてあった。見るとすぐさま剥ぎ取り、諸悪の根源を問い詰めるために飛び出した。ずっと学園中を隈なく探し回っているが一向に見つからない。

「あ゛ー！　今日という今日は許さない！　一発ぶちのめさないと！　……って、時間ヤバッ！　早く行かないと……」

　手紙に書かれていた待ち合わせ時刻は午後一時。そして、現在は約束の十分前。待ち合わせ場所までは、リーゼが全力で走れば間に合うギリギリの距離である。慌てて学園の正門を出た瞬間（とき）、森の中から魔力とは違う力を感じ取った。

　（え？　妙な反応がある……まさか、アイツ等の力じゃ……？　なんで？　方角は待ち合わせ場所の近く。わざわざこのタイミングを狙って来るヤツなんてアイツしかいないわ……嫌な予感がする……急がないと！）

　万が一が怒らないことを祈りつつ、指定された待ち合わせ場所へ全力で走り出した。

「……ここで良いのか？」

　停留所に降り立った冬夜は、立ち込める霧を前に不安そうに呟いた。

（俺しか乗ってなかったけど、ほんとに合っている……よな？　……とりあえず地図を頼りに進むか）

　かろうじてわかる遊歩道を、待ち合わせ場所に向かって歩き出す。しばらく森の中を進んだところで、霧の中からで何かが反射したように見えた。その光は冬夜にどんどん近付いてきた。

「あ、危ない！」

　頭で考えるよりも先に体が反応した。咄嗟に左に飛び退くと同時に鉄槌が振り下ろされたような爆発音が辺り一帯に響く。その衝撃に大きく、数メートル先まで冬夜は吹き飛ばされ、地面を転がった。

（は？　いきなり爆発？　……何が起こったんだ？）

　土煙が視界を遮る中、近くの木を支えにして立ち上がる。目を凝らしてみると、先ほどまで自分の立っていた辺り一帯が強大な力でえぐり取られたように大きく穴があいている。

(あのまま進んでいたら……)

　あまりの事態に、呆然と立ち尽くしてしまう。すると、霧の中から小馬鹿にしたような笑い声が聞こえてくる。

「クスクス……そんなにビックリしないで下さいよ」

　声の主を探し、きょろきょろとあたりを見回すが霧のせいか気配が感じられない。その様子がおかしかったのか、さらにクスクスと笑う声が。ハッとして空を見上げると不自然に白く光る人影が見えた。

「もう見つけちゃいましたか？　人間にしては上出来ですね」

　声と同時に辺りの霧が渦を巻くように消えていき、姿が露わになる。すっぽりと頭からローブを被り、あきらかに人ではないオーラを纏う謎の人物。見た目はあどけなさの残る男の子のようだが、当たり前のように空中に浮かんでいる異様な光景に思わず目を奪われる冬夜。

「誰だ？　まさか……さっきの光の正体は……」

「私の攻撃を避けるとはお見事ですね……私ですか？　そうですね……いたずら好きな妖精の『フェイ』と覚えていただければ……クスクス」

　現れたのは正体不明の妖精（フェイ）と名乗る人物。表情を読み取ることはできないが、小動物をいたぶり尽くそうとするかのような殺意のこもった視線とあまりにも圧倒的なオーラに、混乱と恐怖のあまり身体が言うことを聞かない。

（どこが妖精だよ！　いきなり攻撃するなんて……）

　霧の中から現れ、いきなり攻撃を仕掛けてきたフェイと名乗る妖精……　

　なぜ自分が襲われたのかも理解できず、冬夜は一歩も動くことができなかった。