第3話 宮本雪という女
回想をぶち破る雪の声。いや、そもそもなぜ俺は昔を懐古していたのだろう。疑問は募るばかりだったが、雪が来たということはいつものだろう。
「なんだよ、雪。俺言ったよな。この前のが最後だって。今日は金貸さないぞ。」
俺がそう言うと雪は頬をぷくりと膨らませた。フグみたいだ。
「違うっ。愛一郎話聞いてた。これだってば。」
ずいっと俺の顔の前に何かが押し出される。
このとき俺の脳内に散乱していたパズルピースが記憶を形作る。何が悲しくて、十代ピチピチの男が己の過去に意識が飛んだのか、と思っていた俺は拍子抜けした。
「愛一郎がくれたんでしょ。」
クレジットカードほどの大きさの画用紙に何にも表しがたいナニが並んでいる。俺に当時の記憶があるから読めるが。
恥ずかしさでどうにかなりそうだ。後頭部をポリポリとかき、口を尖らせた。
「で、それがどうかしたのか。」
「なに言ってんの。約束忘れたの。」
女の執念ほど怖いものはない、といつか親父がいっていたが俺も同感だ。特にこの宮本雪という女は。頭をフル回転させるが何も思いつかない。記憶ははっきりと残っているので尚更だ。体の穴という穴から汗が吹き出し、気持ちが悪い。俺は観念することにした。
「なんだよ、なんのことだ。」
なめられないように自信を持って言ったが雪は驚きに目をかっぴらいている。
「愛一郎さいてー。なんでも願い事叶えてくれるって言ったじゃん。」
「いや、それはお前が20歳まで無事に生きられたらの話だろ。今は19じゃないか。」
俺がそう言うと、つまらなそうに雪が言った。
「ちっ。覚えてたか。」
「はぁ。」
どうやらこういうことらしい。現在体調の安定している雪は俺の記憶力では約束のことを覚えていても細かい年数までは覚えていないだろうから、1年前倒しにしようという魂胆だったらしい。そういえば宮本雪というやつはこういう女だった。
俺の悩んだ時間を返せえ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます