転生者 魔力のトレーニングしてみるが……

 俺は授業を聞きながら、身体中に練った魔力を行き渡らせてコントロールする。前世でやっていたトレーニング方法だ。いつ何時も魔力をコントロールして警戒を怠るな……とはお師匠様からの教えだ。左手に集めた魔力を、右手や足に移動させてコントロールしてみる。無意識にスムーズにやらないと色々とうまく行かなかった気がする。今世では魔力量がかなり多い様でコントロールが若干上手くいかない。バランスボールに乗りながらお手玉をしている気分だ。行き過ぎては止めてやり直しをひたすら繰り返していた。うーん。確実にこの体は魔力が多いな。ゲーム等でスピードを上げ過ぎて、思い通りに止まれないイメージだ。軽く力を込める感じの方がいいのかな?


(あっ!)


 たった今気が付いたんだが、これ、魔力を感知出来る奴がいたら、魔力を使えるのが直ぐにバレるんじゃないか?とんでもない魔力を今扱ってる訳だし、魔力を感じることができれば分かるはずだ。例えるなら今の俺は一人で教室で全力疾走をしているのと同じことをやってる様に見えるはずだ。これはまずい!と思った俺はすかさずあたりを見回す。鈴香と与謝峰さんと何人かのクラスの女子と目が合った。


(ん?)


 あー俺の隣は海斗だもんなぁ。海斗はものすごくモテるんだった。男の俺から見てもカッコいいと思うし、何より爽やかだもんな。そんなことを考えていると、女子たちは何事も無かった様にみんなが目を逸らす。


 試しにもう一度魔力を練って身体に循環させてみる。鈴香がコチラをチラッと見て慌てて顔を伏せた。なんとなく霊感的なもので気がつくのだろうか?鈴香には魔力を使える様な素振りは見たことがないしな。バレるのもなんなので、魔力トレーニングをするのは授業中に関しては止めて置くか……これくらいなら自分の部屋でも出来るもんな。




 昼飯時になると筋肉痛も大分治まってきた。若さって凄いなぁと感心する反面、前世では何歳まで生きたんだろう?と言う謎にも突き当たる。若さって良いなぁと思うくらいだから30歳は超えてたのかな?それとも40歳とか?寿命が短い世界っぽいからまさかの20代??まぁ、とりあえず思い出した記憶のわかる範囲で地道にやって行こう。

 そういえば、頭の切り替え、感情の切り替え等もやたら速くなった気がする。大人になると割り切って色々考えられるのだろうか?


「今日はどうすんの?その筋肉痛じゃ無理だよな?」


 昼ご飯を食べながら海斗が聞いてくる。サッカーもしたいが、今は魔力の鍛錬したいんだよね。この筋肉痛じゃ足引っ張るよなぁ……


「あーそうだなー。また明日かなぁ?腕が鈍りそうだな」

「そんだけ筋肉痛だったらフィジカルがアップしそうだから良いんじゃないの?」

「ポジティブでいいねぇ、惚れそうだ」

「ははっ!」


 バシッと海斗が俺の背中を叩く。だから筋肉痛だっつーの!



 放課後、俺は帰宅部に混じって颯爽と帰宅する。こんなに楽しい帰宅は何年ぶりだろうか?記憶が無いくらい昔な気がする。家に着く頃には筋肉痛が殆ど解消されていた。若さのおかげ……を飛び越えて異常なくらいだ、魔力が何かしら関係しているのだろうか?


 俺は自転車に飛び乗り、昨日とは違う空き地に向かってみる。流石にあれだけ大きな音を出せば色々と騒音を問題視した人達が監視を始めたりするだろうから、暫く同じ場所には近づかない方が良いだろう。俺の住んでいるこの地区には、前回と似た様な工事途中で放棄された様な場所が多々あるのが好都合だった。いつも不便と感じる事が多いが今回は郊外に住んでいる事に感謝だな。


「さてっと。始めますか」


 なんと無く両腕のストレッチをしながら独り言を呟いた。


 まずは被害が少なそうな風の魔法のテストからすることにした。火の魔法の方が得意だった記憶があるのだが、この世界で火の爆発、火柱なんかは音が独特な上に物凄い大きい、炎の光で目立つ、山火事などの可能性がかなり高く、取り扱うのが危険極まりない。最初から風の魔法でやっておけよ……と言うツッコミが入りそうだが、前回は精霊が見えない今の俺の状況で出来るとは思わなかった……と言うのが正しいと思う。要するに試しにやったらできちゃっただけって事だ。


 俺は体内の魔力を練って、転生前の俺の十分の一、いや二十分の一の力で魔力を込め風の精霊を混ぜるイメージで風の刃を石に向かって撃ってみる。石が真っ二つに割れて吹き飛ぶ。パァン、と爆竹くらいの音はしたが、だいたい予想通りの結果に満足する。


 それからは同じ要領でミニ竜巻や風の壁、局地的な強風などなど様々なパターンを試して見る。結果はどれも成功。「イメージが大事!」とお師匠様も言ってたけど、今世においてはイメージしやすい映画や漫画、アニメなどかある。前世よりかなり上達している感がある。


 辺りに人がいないから確認しつつ、次は火のコントロールを試してみる。火事が怖いのと、爆発音がしない様にさらに魔力を減らして色々と試してみる。ライターの火くらいのパワーにして、ミニ火柱、ミニ炎の壁、ミニ火の玉、ミニ火の輪などイメージできる色々なパターンを試してみる。こちらもそつ無く全部が成功。イメージさえ出来れば色々な形状を試す事が出来るみたいだ。前世よりはるかにバリエーションに富んだものを作れている。



 色々な検証の結果、どうやら今世では魔力がかなり多く、高ランクの魔術師レベルの様だ。前世は……魔法剣士的などっちつかずな能力だった気がする。何故ここまで魔力が高いのだろうか?前世の俺が駆け出しから修行してパワーアップしたとか?それともこの羽雪優斗が魔術師の素養を持っているのだろうか?良くわからない……


 身体能力強化に関しては、威力を上げすぎると筋肉痛が酷くなるので、徐々に魔力を込めるトレーニングをしていけばいいのだろうか?


「んー、わからん」


 どちらかと言うと脳筋寄りだった前世の影響もあってか、これ以上はどうすればいいかちょっと分からなかった。羽雪優斗の記憶があっても、こんな非日常的な能力の鍛え方や試し方なんて知るわけがなかった。

 そもそも、なんで突然記憶が戻りこの能力が使える様になったのかがわからない。記憶も全部戻るわけでなく曖昧なのが分からない。なんかの指名を帯びていたのだろうか?それともただ偶然に前世の記憶を思い出しただけなのだろうか?

 うーん?相談できる人が欲しい。以前は賢者と呼ばれていた親友に色々相談して解決してもらってた気がする。


 今世では……こんな事を相談できる人……いなさそうだな、俺の魔力の存在を隠してくれる上に、トレーニングや魔法のアイディアをもらう。前世の記憶があるとか知られてしまったらきっと色々と大変なことが起きるだろうな……





「ねぇ、もう終わり?もっとなんかやらないの?」


「へ?」


 振り返ると与謝峰よさみねさんが立っていた。好奇心に満ちたわくわくした目をして微笑んでいた。


「あーえーっと、何故……ここに?」

「秘密特訓……とやらが気になってね。遠くの方で羽雪くんがスゴーイ勢いで自転車漕いで行くからちよっと尾行しちゃった。ごめんね」


 全く尾行に気が付かないくらい浮かれていた自分に絶望し、言い訳を考えるがすぐには思いつかない。与謝峯さんの目がキラキラと輝いているように見える。全然ごめんねって雰囲気では無い。


「……あ、いや、これは、その……」

「超能力って……やつ?風が突然起きたり火が踊るように動くし、なんか凄かったよ」


「……あの、どのあたりから見ておられたのでしょうか?」


 俺は混乱して思わず敬語が出てしまう。与謝峰さんが俺のストレッチのポーズを真似し、何となく表情も一緒に真似しながら言った。


「さてっと、始めますか。からかな?」

「それって最初からじゃん!」


 与謝峰さんが笑い出す。なんて事だ!俺は魔力が使える事が楽しすぎて周りを全く警戒していなかったのか?そんなはずは無い……と思いたいのだが……


「そうだね、で、なに?超能力?マジックだどしたら説明が付かない状況だと思うんだけど?いつから出来たの?授業中もなんか、こう……念を溜めるみたいな事してたよね?」


 与謝峰さんのメガネがキラッと光って気がした。ああ、よく観察しておられる、女子って細かい事にいろいろ気が付くものだもんな。それと、こんなに喋る人だっけ?と疑問に思いながら質問には答えた。


「昨日から突然使える様になったからよく分からない、が正解」

「……突然目覚めるものなのね、超能力って……」

「そうみたいだね、俺もビックリしてる所」


 迂闊過ぎる自分に嫌気が刺しがらどうするか考えてみる。この能力が世間にバレると大事になるのだけはわかる。かと言って与謝峰さんを口封じのため……なんか思考回路が物騒だ、転生前の自分に思考が引っ張られてる感じがする。与謝峰さんを物理的になんとかするのは無しだ。なんとか説得して世間に言わない方に持って行くのが無難か?


「んーどうしたの?黙っちゃって?なんか悪い事考えてる顔してるよ?」

「え?え?悪い事ってどんな?」


 俺から殺気でも漏れていたのだろうか?


 はっ!と突然気が付いたように与謝峰さんが胸を守りながら後退りする。


「た、例えば、動くと撃つぞといいながら、え、えっちな……」

「な、無い、無いから、そんな事、そんな卑怯な事しないから!」


 思って居たのと全然違う方向の返答に慌てて答えた。そんな事いきなり考えられるか!ってか、初めての体験が女の子を脅して色々やるってどうなんだ?人として。

 そして、俺は思わず与謝峰さんの胸をチラッと見た。割と大きいんだよなぁ……


「!目、目線が……」


 与謝峰さんが更にあとずさりしながら恥ずかしがりなからそっぽを向く。しまった思いっきりチラ見したのを見られてしまった……しょうがないじゃないか、突然変な事を言うもんんだから……


「あー悪い、思わず……違う違う、そんな話じゃ無くて、この能力が世間的にバレると俺が危うい、モルモット的な扱いになるとか、よくわからないところに連れて行かれて見せ物にされるとか……」


 言ってて、ちょっとどころかかなり嫌な気分になった。どう考えても平穏な人生とはおさらばだな。俺はつつましく平和に生きたいのに。


「んーそれは嫌な感じだね。確かに世にバレたら大変かも……その割には無警戒、無計画な事してるように見えるなぁ?昨日の爆発騒ぎもあなたでしょ?」

「……え?」


 与謝峰さんは呆れながら言った。俺は焦って訳が分からずポカーンとした表情になった。なんかバレてる?なんでだ?


「はぁ、やっぱりそうなのね。あれ?今朝の筋肉痛と話しが結び付かない?その超能力を使うと筋肉痛になるの?あまり関係無さそうに見えるけど?」

「あ……ぅ……」


 観察力、洞察力が凄いせいなのか、質問内容が鋭過ぎてなんで返答したら良いか分からなかった。与謝峰さんがじっと俺の目を見て答えを待っている。なんでも見透かされそうな目だ。と言うか、目がマジだ。ランランと輝いている。ちょっと怖い。


「……魔力を身体に使うと身体能力が増すんだよ。調整が上手くいかなくて全身筋肉痛」


 負けた気分になって目を逸らしながら答えた。


「魔力……超能力と言うより魔法?でも呪文とか唱えて無いよね?」

「呪文?唱えると言うより精霊の力を混ぜる感じ?みたいな感じ?」


 あれ?なんかおかしい、これ言って大丈夫なのか?素直に答え過ぎだぞ俺。ってか魔力使ってるって自分からばらしてどうすんの、やばい!俺、テンパり過ぎてるぞ!


「えっ?精霊、精霊がみえるの???」

「あ、残念ながら見えない、火のイメージとかだよ」

「……なんだぁ……ん?精霊が見え無くても大丈夫なら、私にもその魔法使えるの?」

「それは分からない、色々実験しないと……」


 与謝峰さんが残念そうな顔から再び好奇心に満ちた表情になった。彼女の頭の回転が早すぎて自分が何を話ししたか分からない……何故か相手が全部知っている状態になっている感じだ。


「……それじゃあ決まりね、明日から教えてね」

「えっ?……明日は同好会に出る予定なんだけど……」

「明日はダメか……じゃあスマホの連絡先教えてね」

「……あのぉ?、断る選択肢は?」

「ん?……口止め料?かな」


 にっこりいい感じで笑う与謝峰さんは思いの外可愛かった。こんなにグイグイ来る人だったのか……人は見かけによらぬものだなぁ……仕方がないか、もう……


「……それじゃ、絶対に人に話さない事、家族にも親しい人にもね。俺もまだ誰にも話をしてないから誰かに話せば直ぐにわかる」

「あれ?海斗くんと鈴ちゃんには話してないんだ?」


 ん?なんで鈴香が含まれるんだろう?


「海斗はともかく、なぜ鈴香?」

「?……ふぅん?そうなんだ」


 与謝峰さんが複雑そうな顔で答えた。なんか誤解をしている気がする。何故か俺は説明をしなければいけない気分になった。


「なんか変な勘違いしてるっぽいけど、あいつら相思相愛だから!」


 俺の発言に対してちょっと考えた後、途中からかなり困惑して慌てた表情で与謝峰さんが答えた。


「えっ?あれ?……そ、そうだったの?……あたしもちょっと勘違いしてたかも?」


 あいつらなかなか煮え切らないからなぁ……と心の中で思った。幼馴染みから恋人同士になるのはやっぱり難しいのだろうか?俺も小さいころから知ってる鈴香をどうしても女性として見る事が未だにできない。男勝りで小学校時代はぶっちゃげ俺よりテクニックがあってパワーもスピードもあって、なんと言うかとても尊敬できる女子だった。……海斗ってそう考えるとすごいな、精神が早めに大人になっているって事なのだろうか?そんな話をしていると、周りが薄暗くなっていて日没間近になっていた。


「あ、そろそろ暗くなって来たから帰ろうか?」

「あ、買い物途中だった……」


 与謝峰さんが急いで木の裏手に隠すように停めてあった電動アシスト自転車にまたがって漕ぎ始めた。カゴには買い物袋に商品がかなり詰まっていた。


「それじゃあまた!」

「……おぅ」



 与謝峰さんの髪がいつもボサボサ気味なのは、家の事を手伝って大変なんだなと去り際にふと思った。そういえば余り与謝峰さん事を詳しく知らないから鈴香に聞かないとな……これから色々と大丈夫なのだろうか?俺は若干不安になってきた。


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