第13話 再会と別れ

米国中部時間一九四五年四月十日午前五時三十五分


 北条たちは手に入れた作業着に着替えていた。


「よーし、これで大丈夫。どこからみても現場作業員だぜ」


 武田が明るい声で言った。


「これも盗んで手に入れたものか。情けないが、仕方ない」


 北条も作業着に着替えた。


(もう本当に盗賊部隊だ。大日本帝国陸軍特殊部隊がこんなことをしながら任務を遂行していると知ったら、国民は一体何と思うだろう。末代までの恥さらしだ)


 などと心に浮かぶ。



「なんだよ。金は置いていっただろう。盗むというのと違うぜ。夜中に店を開けていない奴らが悪い」

「武田。なんでもいい方に考えられる思考が本当に羨ましいよ」


 長尾は髪を編んで、短く結い上げ、帽子を目深に被り男装した。


「うおーっ、良く似合うよ、レベッカちゃん。ブリリアント!」

「動きやすい」


 長尾は武田の称賛に素っ気なくそう返す。古びたバンを手に入れ、身なりもどこかの工場か作業場へいく労働者の出で立ちである。


「よし、いこう」


 北条がそう言うと、全員車に乗り込み、武田がバンを出した。エンジン音が煩いが、快調だった。ワシントンまでこれで行けそうだ。


「しかしよ。無事にこれでワシントンに乗り込むとして、武器はどうする。もう拳銃くらいしかねえぜ。太田も言っていたけどよ、確かにこの装備じゃ無謀だ」

「補給を受けるしかないな。ある程度の装備が必要だ」


 北条は思案気にそう返す。


「中西部より東には日本の拠点が無いと言われていたけどな」

「ああ。草部隊の拠点があるのは西部から中西部までだ。シカゴの拠点が壊滅した以上、もう米国東部で我々が補給を受けられる所はない」


「どうする。一旦西に戻るか? 探せば拠点は残っているだろう」

「西部に? それこそ自殺行為だろう。米国の諜報機関が手ぐすね引いて待っている。前進して状況を打開した方がいい」


「当てがあるのか?」

「どうして当てがあると分かる?」


「そりゃね。北条様がそんなに落ち着いていらっしゃいますので」

「上手くいくかどうかわからないが、考えがある。さっき無電を打った」


「えっ、いつの間に。やっちゃん、やるな!」

「ヤクザとかぶるから、その呼び方やめろ」


「あいあい。で、どうするのよ」

「もう一つの部隊に助けを求める。黄昏部隊だ」


「ええっ!?」


 武田と長尾が驚いて、北条を凝視した。


「我々二つの部隊はそれぞれの目的を遂行することに際し、連携することはないって言われましたが」


 長尾は北条に確認するように聞いた。


「その通り。しかし連携はしていないが、この二つの部隊はほぼ同時期、同地域において異なる任務が与えられていると言っていた。つまり現在奴らの目的は不明だが、米国に在住している可能性があるということだ。我ら以上に小部隊であるはずがないので、彼らに武器を分けてもらう」


「しかしさ、黄昏が武装部隊かどうか不明だ。奴らの目的について俺たちは何も知らされちゃいねえ。また仮に武装部隊だったとして、俺たちもこの有様だ。奴らもきっと相当やられている。生き延びられているかどうか」


 武田はバンを注意深く走らせながら、そう反論した。


「米国に乗り込んだ以上、何らかの武装集団である可能性が高い。いまさら世論工作や買収など迂遠な活動をする部隊であろうはずがない。日本が負ける瀬戸際じゃないか。そして、人員の一部が失われたが、全滅せず、任務遂行中であること。それこそ重要な点だ。ダメで元々」

「我々の要請を無視するという可能性は?」


 長尾がさらに聞いてくる。


「彼らが全滅していなければ、何らかの反応はあるはず。我々が引き続き補給を求めて打電をする可能性が否定できない場合は、そこから作戦が漏れる。奴らとしてはどうにかして黙らせる必要があるだろう。よって彼らの取る行動の可能性は二つ。一つ目は武器の提供に応じる。二つ目は、黄昏部隊が遂行中の作戦の邪魔として、我々を永久に地上より消し去ることだ。いわゆる口封じだ」


「なるほどな。どのみち接触してくるという訳か。流石大卒。上手く考えたぜ。よっしゃ。分かった。試してみるんでいいぜ。どうよ、レベッカちゃん」


 武田は長尾に意見を求めた。


「いい考えだと思います」


 長尾もうなずいた。


「よし、話は決まったな。早速打電する」


 北条は通信機を取り出した。




 空港 米国中部時間一九四五年四月十日午前六時二十五分


 その頃、フリードマンはシカゴ空港にいた。日本のアカツキ部隊はシカゴを既に離れたと推察し、シカゴでの探索を諦め、一路ワシントンに向かうことにしたのだった。もうすぐ夜が明ける。飛行機を安全に飛ばすことができるのだ。フリードマンは空港滑走路近くの公衆電話から自宅に電話をかけていた。


「ああ、 ハナコ。すまないね、こんなに朝早くに」


 フリードマンは申し訳なさそうに切り出した。


「まあ、ロイド。いいえ構わないわ。どうしたのこんなに朝早く」


 妻のハナコが電話に出た。


「君の声を聴きたくなってといったら、気障かな」


「アンを起こしてきましょうか」

「いや、いいよ。寝かしておいてくれ。早朝から娘を叩き起こす非常識な父親にさせないでくれよ」


「けど本当に良かった。元気で。いつ帰ってこれそう」

「もう欧州での戦争は終わりだ。日本も降伏するだろう。すぐだ。もうすぐ帰るよ。僕が帰ったら、お隣のアンバーさんには悪いが、アンにお菓子を頻繁にあげてしまうのは止めさせないとね。ただ絶品のミートパイは貰っておいてくれ」


「まあ、それでは貴方が太ってしまうわ」

「君の前では腹を引っ込める努力をしなくていいと思っていたんだが、そうは甘くないか」


「あら、いつまでも素敵な旦那様でいてね」


「そろそろ時間だ。ハナコ愛している。アンにも愛していると伝えておいてくれ」

「貴方もご無事で。無理をしないでね」


 フリードマンは静かに電話を切った。


(必ず帰る。家族の元に)


 フリードマンはそう心の中で呟き、空を見上げる。空は薄白い明るさが広がっていた。雲はあまりなく、絶好のフライト日和だ。

 その時、スミスが走り寄って来た。



「何をやっていた。もうB17が出発するところだぞ」


 自身も家族に電話をしていた事を棚に上げて、フリードマンはスミスを叱責する。スミスは息を切らしていた。


「新しい情報です。たった今管制塔の無電室に入った情報です。悪いニュースといいニュース、どちらを先に聞きますか?」

「もちろん悪いニュースだ!」


 フリードマンは間髪いれず答えた。


「奴らが無電を使っています」

「何! どういう内容だ?」


「短くて、内容までははっきりとは。しかしどうも救援を要請しているようです」

「暗合解読班がこれまで日本軍の暗合を容易く解読していたのに。どうして今度は解読できないのだ。くそっ」


 フリードマンはイライラしながら暫く歩き回ったが、少し冷静になり、自問自答するようにスミスに問うた。


「東部には奴らの武器を供給する拠点はないはずだ。誰が奴らに補給するのだ?」

「皆目見当が付きません」


「それでは、これに対応する君の考えは?」


 スミスは少し考えを巡らせ、そして言葉を選びながら言った。


「武器の補給を現地店舗からの調達で行わない可能性がでてきたため、東部の武器店の盗難をチェックしている人員を配置転換、大きな荷物を抱えた車両、人員の探索に変更します」

「結構。実に無難な判断だ」


「あと、女性を伴うグループに注意を払います」

「益々結構。このような戦時中に女性と歩く男性グループなどとんでもない。よし、次にいいニュースを聞こうか」


 戦時ではあるが、映画館はカップルで一杯ですよと思わずスミスは言いたくなったが、次の報告に移った。


「陸軍長官より。要望のあった部隊の一部が既にホワイトハウスで配置についたそうです。ただしこの件に関して、スティムソン陸軍長官は大佐と直接話がしたいそうです」


「ふん。いくらでも話をしてやるさ。さ、後は飛行機の中で聞こう。ワシントンまでこいつなら直ぐだ」




 米国東部時間 一九四五年四月十日午前十時三十五分


 北条たちは快調にバンを飛ばしていた。武田は鼻歌を歌いながら、スピードを出しすぎないよう、また周囲四方に目を配りながら、車を走らせていた時、突然傍らにあった通信機が鳴った。すぐに北条がその内容をチェックする。


「返事が来たぞ。武器補給の件了承す。明日午後十九時、メリーランド州ロックビル、ビール・ドーソンの家付近で受領されたし」


 北条は興奮しながら、電文を読み上げた。


「よし、このまま走り抜けてしまうぜ。到着したら腹ごしらえをしてから、ひと眠りだ」


 武田はそう言って、アクセルを踏んだ。



 同日同時刻。フリードマンとスミスはメリーランド州、アンドルーズ陸軍飛行場に到着すると、そのままホワイトハウスへ向かった。快適なB17での四時間のフライトだった。その間フリードマンは少し仮眠を取った。スミスも同じく仮眠を少し取ったが、到着間際に起き、飛行中に入ってきた無電報告全てに目を通した。空港から乗り込んだ車内でスミスは飛行中に入ってきた重要な案件について選び出し、フリードマンに次々と報告を入れる。


「ヘンリー・スティムソン陸軍長官は既にホワイトハウスに到着しているようです。陸軍長官は警備にあたっている部隊についての事で、至急話がしたいと電報が入っています」

「スティムソンがジャップを嫌いだということは良く分かっている。しかし今度の部隊配置については了承していただかなくてはな」


「それにしても向こうから来る電報は『それ』とか『あれ』とかで、全く部隊名が分かりませんね」


 そう言って、スミスは苦笑した。


「口に出すのもおぞましいというわけか。スティムソンらしい。奴は人種差別主義者で、日本人に対する考えは頑なだ。最も今の合衆国でそうじゃない人間を探し出すことの方が難しいがな」


 車外の流れゆく景色を見ながら、フリードマンはスティムソンとの協議について思案していた。


 フリードマンがホワイトハウスの玄関前に到着するとヘンリー・スティムソン陸軍長官が出迎えた。


「よく来たな。フライトはどうだったかね」

「天候にも恵まれ、快適でしたよ」


「それは良かった。何か飲むかね。酒もあるぞ」

「コーヒーで願います」


 スティムソンは使用人にコーヒーを頼むと、部屋から全ての人間を退出させる。


「さて、君の要望通り第442連隊戦闘団の一部をオークリッジから回したよ。現在オークリッジの守備兵は半減しているぞ。当地は守備力が著しく下がっている」

「長官。失礼ですが、大統領以上に守るべきものがあるのでしょうか?」


「模範解答とすれば無いと答えるべきなのだろうな」

「オークリッジの田舎に何の価値があるのです。新たな強制収容所でも作られたのですか?」


 皮肉めいた笑いをフリードマンは浮かべた。


「君が知る必要はない。それに君の妻や子供が日系人強制収容所行きを免れているのは、私の恩情だということを忘れるな」


 スティムソンは鋭い視線をフリードマンに投げた。その時、使用人がコーヒーを二つ持ってやって来た。二人の目の前にコーヒーカップを置くと、使用人は速やかに退出していった。スティムソンはコーヒーをフリードマンに勧め、自身もコーヒーを飲んだ。


「もう一つある。大統領閣下がジャップに囲まれて息が詰まると仰っておられる。大統領はジャップが嫌いなのは、私以上と言うことは君も知っているだろう」

「第442連隊戦闘団は日系アメリカ人で構成されています。いいですか。アメリカ人です。ホワイトハウスの何処にジャップがいるんですか?」


「子供じみた事をいうな。そうであるなら、私が強制収容所を作るはずは無いだろう」

「最大の愚行と言われなければいいですな」


「君はもしかすると、私に説教をしているのかね?」


 スティムソンは鋭い視線をフリードマンに投げた。


「まさか。それでは第442連隊戦闘団以上の精鋭部隊を配備して下さい。私はこだわっている訳では無いのですよ。あれ以上の精強さを持つ部隊がいれば、警備はそれで結構です」


 フリードマンはスティムソンの目を見ながら言い放った。スティムソンは暫く考えていたが、やがて意を決したように口を開く。


「君は頑固だね。まあいいだろう。要望は受け入れよう。警備は遺漏の無いようにしたまえ」


 スティムソンは根負けしたように言い、話を終わらせた。




 補給 米国東部時間 一九四五年四月十一日午後十八時五十五分

 メリーランド州ロックビル、ビール・ドーソンの家。


「そろそろ時間だな」


 北条は腕時計を見ながらそう言った。まだ早い夜だが、人気はなかった。気づくと大型のトラックがゆっくり近づいて来ていた。


 トラックは北条らの目の前で停車する。



「よし。武器を持ってきた!」


 北条は興奮して叫んだ。


「何だよ。まだ分かんねぇだろうが! 降りたとたんズドンと撃たれたらどうするんだ」

「俺たちを口封じするつもりなら、あんな目立つトラックで来ないよ。大丈夫だ」


 北条は車から丸腰で降りて挨拶をした。中から二人の人間が降りてきた。一人は多米だった。こんなところでもう一度会えるとは。北条はまだ一か月ほどしか経っていないのに、長い年月が過ぎ去ったような気がしていた。

 もう一人は武田と同じく筋骨逞しい大男だった。二の腕が普通の人間の太腿くらいある。


「一緒に来たのは大藤 与一伍長だ。大藤、こちらから、北条、武田、長尾だ」

「大藤だ。色々話したいこともあるだろうが、まずは武器の移動だ。任務に必要と思われるものを持ってきたが、相互に確認しながら運び入れてくれ」


 大藤がそう言うと、全員が頷いた。

 五人で協力して、武器を相互に確認しながら、トラックからバンに積み替える。重火器、手榴弾、バズーカーなどを手際よい作業で移動。わずか数分で全て終了した。


「佐野、今川、太田はどうした?」


 作業を終了した後、多米は北条らを見回しながら聞いた。


「殺られました。指揮は現在小官が取っています」

「そうか」


 一瞬の躊躇いの後、多米は少し俯き絞り出すような声で言った。


「清水さんは? 富永さんは?」

「清水は殺られた。富永は現在向こうで作戦準備中だ」


 分かりきっていたことだが、今は戦争中である。知った顔が次から次へと消えていく。お互い万が一の事を考え、一刻も早くこの場を去らねばならない。最後に多米は北条に右手を差し出した。


「北条。私が先に行くか、お前が先に行くかわからないが、靖国で会おう」


 北条は多米の差し出した手を握り、握手した。


「ええ」


 北条は多米の温かい手を握り、そしてややあって離した。もう現世では会えることはないのだ。

 続いて多米は長尾と握手を交わした。言葉はもう要らない。お互い、お互いの任務を果たすだけだ。


「おい、多米。俺には接吻をしてくれ」


 武田がふざけた様にそう言うと、大藤が少し苛ついた顔をした。


「いいだろう」


 意外な反応が多米から返ってきて、武田はたじろいだ。多米は素早く武田に近づき、頭を掴んで口づけした。全員があっけにとられる中、多米は表情を変えず、武田から離れた。


「お別れだ、皆!」


 そう言うと、多米はそのまま振り返ることなく、トラックに乗り込んだ。トラックはゆっくり走りと出す。その赤いテールランプを北条らは暫く見つめていたが、やがて誰言うともなく、バンに乗り込んで、その場を離れた。



 トラックを運転している大藤と多米は暫く無言だった。


「武田って、あんたの良い人だったのかい? 何か言わなくて良かったのか?」


 大藤が漸く口を開いて、多米に語り掛けた。


「何を言えばいいというのだ?」

「いや」


 大藤は押し黙った。多米は武田の唇の感触を思い出していた。


「大藤。頼みがある」

「なんだ」


「今から、暫く泣いていいか?」

「・・・。いいぜ、泣けよ」


「すまんな」


 多米は泣いた。声を立てて泣いていた。大藤がトラックのスピードを上げる。黄昏部隊に再合流すべく、夜の街を静かにトラックは走って行った。




 米国東部時間一九四五年四月十一日午後二十時十五分


 北条らは武器を受領することが出来、意気が上がっていた。特に武田の饒舌ぶりが止まらない。北条が運転する横で延々と自身のモテ振りを自慢していた。


「いやー、やっぱりモテる男は違うね。俺くらいイイ男になると、知らない間に女を随分泣かしている可能性があるな。しかし、あの多米が俺にぞっこんだったとはね。本当に辛いなあ」


 長尾は能面の様な表情を崩さない。北条も今は能面の様な表情となっていた。


(面倒くさい・・・)


 北条と長尾はそう考えていた。


 北条はハンドルを握りながら、そう思った。


 宿泊予定のケントホテルが見えてきた。草部隊と連絡するには、幾つか指定されたホテルの内どれかで宿泊しなければならない。ケントホテルは草部隊と連絡を取るために指定されたホテルの内一つだ。


「よし。チェックインしよう。 長尾と僕は夫婦ということにして、一部屋。そして武田も一部屋。実際には一つの部屋は僕と武田で使い。もう一部屋は長尾で使ってもらおう」


 三人は簡単な打ち合わせをし、ホテルのフロントに向かった。武器を車に乗せたままにして置くのは一抹の不安があったが、まずボロのバンを盗む酔狂な奴もいるまいと思い、また嵩張る装備を運べばホテルの従業員、宿泊客などから不審がられる可能性もあるため、そのまま積んでおいた。


「ジミー ウェイドだが。こちらは妻のエリザベスだ。部屋を一つ頼む」

「ジミー ウェイド様ですか。それではこちらの宿泊帳に記載してください」


 北条と長尾は宿泊帳に記載をした。


「お待たせいたしました。それではウェイド様五一二号室でございます」


 初老のフロントスタッフが武田を見た。


「お次のお客様」

「ああ。ジェイク ロビンソンだ」


 武田も上手く話を合わせた。


「それではお待たせしました。ロビンソン様五一三号室になります。あ、そうそう。ウェイド様にはお手紙が届いております。保管してかなりになりますが、ご確認ください」


 北条が投函日をみると二週間前となっていた。


「有難う」


 北条と武田は五一二号室、長尾は五一三号室へ一旦入った。北条は渡された手紙を開けた。中には電話番号が一つ記載されていた。北条、武田はお互い顔を見合わせる。やるべきことは分かっていた。北条は受話器を取り寄せ、その電話番号にかける。コールを二十回まで待ち、そこで電話を切った。


(違うのか。いや、これは間違いなく草部隊に繋がるもののはずだ)


「どうした?」


 武田が訝しげに聞いてきた。


「電話に誰もでない・・・」


 北条は暗い顔で呟いた。


「何だと?」


(もう一度電話すべきだろうか。いや、これで間違いないはずだ)


 北条と武田は暫く待つことにした。すると部屋の電話が鳴った。電話を取る。


「ウェイド様。外線が入っておりますが、お繋ぎして宜しいでしょうか?」


 ホテルのフロントからだった。やはり繋がった。間違いない。草部隊はこのワシントンにおいても活動しているのだ。


「ああ。頼む」

「草部隊だ。そのまま聞け。いい話からだ。大統領は現在ホワイトハウスにいる。繰り返す。大統領は在中」


「有難う」


 北条は狂喜した。これこそ最重要な情報だったのだ。


「次は悪い話だ。先日警備が強化された。現在百名相当の警備兵在中。警備兵は合衆国歴史上最強の部隊だ。歴史上最も多くの勲章を受けている。第442連隊戦闘団。貴様らと同じだ。日系人だけで構成されている」


 北条はショックを受けた。なるほど、米国でも暁部隊と同様の考えの元、作られた戦闘集団がいたのだ。


「了解した」

「奴らは半端じゃない。くれぐれも気を付けろ。尚万が一の状況を考え、この電話の後、すぐそこを出立しろ。作戦の成功を祈る、以上」



 スミスはそう言って電話を静かに切った。これで自分ができることはもうない。草部隊として、最大の貢献をした。すなわちルーズベルト大統領の所在を暁部隊に伝えることができた。自分の存在はこの一瞬のためだけにあったのだ。

 部屋を出て暗い廊下に出た。物音ひとつしない廊下をゆっくり歩く。窓の外には深夜にも関わらず、警備に当たっている第442連隊戦闘団の兵士たちが見えた。廊下のテラス窓を開け、庭にでた。空は雲がなく、月がこうこうと輝いていた。それを見て、煙草を取り出し、ライターで火をつけた。煙を吸い込み、そして吐き出す。外の空気は冷ややかで気持ち良かった。ゆっくり時間をかけて一本の煙草を吸い終えると、再び廊下へ。そしてテラス窓の鍵を静かに閉め、廊下を歩き、一階のホールへ出た。


「貴様がそのような裏切りものだったとはな。スミス中尉」


 背後から声を掛けられ、スミスは立ち止った。フリードマン他三名の警備兵が銃口をスミスに向けていた。


「こっちを向くな。手を挙げろ」


 フリードマンは銃をスミスに向けてそう言った。


「大佐も夜の散歩ですか?」


 スミスは振り向かず、落ち着き払って返事を返す。


「電話を盗聴した。ジャップに連絡を入れたな。我々がスパイを送り込んだと同様に奴らも我々にスパイを送り込んでいたとはな」

「・・・。最初から疑われていましたか」


 スミスはあくまでも落ち着いていた。


「貴様だけではない。全ての電話を盗聴している。本来ならお前も用心して、ここの電話機を使用しなかっただろう。しかし任務のためこの場所を離れることはできない。仕方なく、お前は電話機を使った。使わざるを得なかった。たった今ケントホテルに電話したな。会話が短く、電話の内容までは分からなかったが、電話した先はホテルに偽名で宿泊し、尚且つ現在所在不明な男女三名がいた。お前はこれら三人との関係を説明できるか?」


「ふふふ。大佐。流石です。しかしね」


 振り向きざまスミスは銃を引き抜いた。しかし警備兵がスミスを銃撃し、打倒する。


「待て! 撃つな! 止めろ! 止めてくれーっ!」


 フリードマンは怒鳴って、射撃を制止した。血しぶきをあげて、スミスが後ろに倒れた。フリードマンは走って駆け寄り、スミスを抱き起こす。


「ジョン! しっかりしろ! おい!!」


 フリードマンはスミスの手にあった拳銃を見た。安全装置が掛かっていた。驚いて、さらに弾倉をチェックする。

 銃には弾は込められていなかった。


「銃に弾は入っていません。流石に長い付き合いの貴方は打てませんよ」


 フリードマンはスミスを抱きかかえた。夥しい血が流れ出て、フリードマンを濡らす。フリードマンは泣いていた。涙がスミスに落ちる。

 スミスは苦しそうに喘ぎながらも、フリードマンに何か語り掛けようとしていた。


「喋るな! 相棒。今助けてやるからな! お、おい、早く救急車を! 頼む!」


 フリードマンは傍らの警備兵に指示を出す。しかしスミスはそれを手で制止した。


「いいんですよ。私の体です。もう駄目だということは私自身・・・良く分かっています」

「何故だ。ジョン! お前は何故こんなことを?」


「せ、正義の尊称は悪徳。悪徳の別称は正義ですよ。大佐。貴方は祖国が、我が米国陸軍航空部隊が・・・日本に対してこれから、な、何をやろうとしているのか知っていますか」

「どういう意味だ」


「は、はやく、早く戦争を終結せねば、多くの民間人が、虐殺されてしまう。悪魔の計画が、す、進んでいます」

「悪魔の計画とは、貴様らが企んだ米国大統領暗殺計画だろう」


「ふふ、貴方は何もわかっていない。何も! このままだと合衆国の歴史に、未来永劫に不名誉が刻まれてしまうのですよ。最悪の不名誉な事態です」


 スミスは自身の血でまみれた手を虚空に挙げ、何かを掴もうとしていた。


(何か重要な事を伝えようとしている。)


 フリードマンは抱えたスミスに顔を近づける。スミスはフリードマンの襟を掴み、引き寄せ、息も絶え絶えに言った。


「マ、マンハッタン・・・け、計画」


 そこまで言うとスミスは絶命する。


「マンハッタン計画・・・」


 フリードマンは一人その言葉を反芻した。




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