第15話 リシアンとの再会
「
私は宙に浮き、空中から森の周辺を見渡します。
遠くに、街のようなものが見えました。
「あれがルキアール王国でしょうか。本当にこんなところに国が……?」
ここら一帯は不毛の土地、こんなところに人が住んでいるとは思えません。
実際、組織のデータベースにもありませんでした。
利用価値がないとされている土地ですから、他国に知られていなかったのでしょうね……。
世界樹が切り倒されたせいで、この地域にはろくな作物が実りません。
「とにかく、行ってみましょうか……」
私は森を離れ、その向こうに広がる不毛の荒野を目指します。
◇
「あはは……! 待てー!」
国の中に入ると、子供たちが元気に遊んでいるのが見えました。
ここがルキアール王国ですか……。
赤砂でできた土壁が美しい国です。
ですが、なんでしょう……この、独特の雰囲気は。
道行く誰もがみな、飢えているはずなのに、笑顔だけは絶えません。
このような国、他に見たことがありません。
ここらは不毛の地なので、住んでいる人も不幸だと決めつけていましたが……違うのでしょうか?
「あのーすみません」
私は、道行く一人の女性に話しかけます。
妊婦だというのに、明らかに栄養不良で瘦せすぎています。
「はい? なんでしょうか。旅のお方とは珍しいですね」
「あなたはこの国に住んでいて、幸せですか? 見たところ、食べ物が不足しているようですが……」
「はい。幸せですよ。確かに資源には乏しいですが、みなさん温かく、仲良く暮らしています。物がなければないで、ある物で暮らすだけですよ」
なるほど……。
他国にはない考え方ですね。
陸の孤島として発展したこの国独自の文化がたくさんありそうです。
「では、この国の王族についてはどう思いますか? この食糧難は、彼らの圧政のせいなのでは?」
まさかリシアンさんがそんなことをしているとは、当然思っていません。
ただ、民がどう思っているのか、知りたかったのです。
「大変よき王族ですよ? 自らの食事を削ってまで、民に分け与えるほどです。あんな王族はいません。きっと神の祝福を受けていらっしゃるのだわ。王族たちは、我々民のために、精一杯やってくれています」
「そうですか。それはよかったです」
やはり私の見立ては間違っていませんでした。
リシアンさんは、それほど民を愛し、努力されてきたのですね……。
早くリシアンさんに会いたくなりました。
ここからお城まで飛んでいきましょうか。
「
「うわ!」
「いろいろ聞かせてもらって、ありがとうございました! お元気でー!」
「いえ……」
女性はその場で放心状態で飛び去る私を見送ります。
彼女のような民を、一人でも死なせたくありませんね……。
◇
「うぅ……困った。これじゃあ民を養うことが出来ない」
どうしたのでしょう……。
リシアンさんが、お城のベランダで頭を抱えています。
「あのー、どうされたんですか?」
「うわぁ! びっくりした……。エルキアさん……!?」
「空から突然すみません。お困りのようだったので……」
「と、とりあえず降りてきてください。お茶でも出しますから、座って話しましょう」
リシアンさんは、ひどく呆れたようすで私を城内に招き入れました。
まあ、人が空から急に、しかも自分の城に現れたら、驚きますよね。
長く生きていると、こうした浮世の常識が欠けてしまいます。
「では改めて、荒地の王国――ルキアール王国にようこそ、エルキアさん。このリシアン・コルティサングが、王として、あなたを歓迎しますよ。でも、まさか本当に来ていただけるなんて……。近いうちにこちらから出向こうかとも思っていました」
「当然、約束は守りますよ。それに、困っているリシアンさんを放っておけないじゃないですか」
「エルキアさん……、ありがとうございます。お礼をしなきゃいけないのはこっちの方なのに……助けてもらってばっかりで」
「気にしないでください。でも、こんなところに本当に国があるんですねぇ……。それなりに長く生きてますけど、知りませんでしたよ?」
「ここが他国に知られていないのには理由があります。この地域一帯には、瘴気がまとっていて、遠くからだと観測できないんですよ。それに、わざわざこんなところまでやってくる人もいません。不毛の地ですからね。それに、瘴気を抜けるのにも危険がともないます」
瘴気……ですか……。
世界樹が切り倒されたせいで、ここ一帯には長年、瘴気が溜まってしまっているんですよね。
なるほど、それで他国の干渉を受けなかったというわけですか。
完全に陸の孤島と化していますね。
「でも、よくそんな状況で国が滅びませんでしたね……」
「この地域にあった他の国々はすべて、滅亡しました。ここが最後の砦です。不毛の土地でも、なんとかやってはこれたんです。幸い、出生率は非常に高い……まあ、産まれてもすぐに死ぬ子も多いんですが。ですがそろそろ限界です。瘴気が年々濃くなる一方で……」
「はぁ、そうなんですか……それは……」
知りませんでした……この隔離地域で、そんなことが起こっていたなんて……!
もっと早くにここに来ていれば、彼らを救えたかもしれません。
組織時代、私はこの地域のことを避けてばかりいましたから……。
もっと過去の私が、強い精神をもっていたなら……。
そうです――!
「わ、私に、この国が生き残るためのお手伝いをさせていただけませんか?」
「えぇ!? でも、エルキアさんにはしてもらってばっかりですよ!? こちらから、お返しするものがなにも……」
「この国には、なにか……私がこれまでに見てきたものとは違うものがある気がするんです。いえ、リシアンさん、あなたには、私にないものがある気がします。私からなにかお願いできることがあるとするならば……それを学びたい。私が欲しいのはそれだけです」
「エルキアさん……。こんな国でよければ、いくらでも!」
■
この500年で、私の心は氷のように冷たくなってしまっていました。
そして、そのせいで人を過剰に避けてしまっていました……。
あの日、私の最愛の
彼女との日々は、今でも忘れません。
私は基本、恋人は男性でと考えていましたが、彼女だけは別でした。
――【リエリー】は私に、言葉で呪いをかけました。
「シルヴィア、せめて……この世界をよろしくね。人間たちはまだまだ未熟だから、災いから守ってあげて……この世界の秩序を……」
彼女の最後の言葉が、
私が
まあ、それも失敗に終わったようですが……。
■
私は、この辺境の国――ルキアール王国でやり直してみたい!
かつてのエルムンドキアのような、小さくも温かい国……その理想の姿が、ここにはあるような気がします。
「では改めてリシアンさん、私と――私の国エルムンドキアと、このルキアール王国。手を取り合って、新しい、理想の国の形を作っていきませんか? 誰もが自分らしくいられる、そんな理想の国を……!」
以前の私は、世界の秩序を守ることばかりに躍起になってしまっていたように思えます。
でも、この国を見て気がつきました。
【リエリー】が本当に喜ぶのは、こういう国の姿なのかもしれない、と。
「エルキアさん。はい! よろしくお願いします! 私も、エルキアさんとなら、この国を救える気がします!」
「おいおい、またお二人さんで秘密の相談ごとかよ?」
部屋の隅からのぞいていたのは、リシアンさんの親衛隊隊長――へギムさんでした。
彼は本当にリシアンさんと仲がいいです。
その信頼関係からも、この国の素晴らしさがよくわかります。
「こら! エルキアさんと大事な話をしてるんだから、へギムは引っ込んでいてくれ!」
「はいよー」
そんな彼らのやりとりを見ていると、ほほ笑まずにはいられません。
私が身を置いていた組織では、このようなことは皆無でしたから……。
蹴落とし合いと陰謀が渦巻く世界……。
「ふふっ…………」
「エルキアさん……?」
「いえ、少しおかしくって……」
「すみません、うちのへギムが」
「いえいえ、楽しくっていいですよ」
こうして私、シルヴィア・エレンスフィードはリシアン・コルティサング王子の手助けをして、辺境の王国――ルキアール王国を滅亡の危機から救うことに決めたのです!
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