第7話 新機軸【side:クロード】


 俺はヴァルム王国の第一王子、クロード・キュプロスだ。

 我が国は六議会カトリエームに参加できるほどの国ではなかったのだが、老害エルフとの婚約を機に、なんとか議会に入ることができた。


「では、あの老害はもういなくなったことですし……我々は建設的な議論をしましょうか」


 俺は議会のみなに、話しかける。

 シルヴィア・エレンスフィードがいなくなった今、俺たちを止めるものは誰もいない。

 あのババアに取り入るのには苦労した……。

 だがそのおかげで、俺ははれて組織ニューオーダーズの一員となれたのだ。

 その苦労がようやく報われる……。


「そうだな、クロードの言う通りだ。今まで何を提案しても、シルヴィアによって退けられ、自由な議論ができずにいた。おかげで世の中は数世紀もの間、たいした進歩もなしに停滞を強いられていた。だがそれも今日で終わりだ。我々の新たな時代が、すぐそこに来ている!」


 さすがはドルス議長、みなを奮起させる、いい言葉だ。

 だがまあ、いずれはその席も、俺のものだがな……!


「まずは最初の議題だ。誰か、何か言いたいことがあれば挙手を願おう」


 ドルスがみなに訊ねる。


「いいか?」


 ――スッ。


 最初に手を上げたのはフッテンダム騎士国代表――バムケス・フリーダだ。

 彼は確か亜人嫌いの差別主義者だったな……。

 そのせいで、シルヴィアとの折り合いが悪かった。

 彼が議会で手を上げるのを見るのはこれが初めてだ。

 さっそく、シルヴィアがいないことでいい影響が現れたようだな。


「俺の国では今、食糧難が起きているんだ。それを解決するいい方法が知りたい」


「ああ……それなら、アレはどうです? 植物保管庫に、たしか【無限キノコ】とかいうキノコがあったはずです」


「だがちょっと待てサイラ。あれは危険だとシルヴィアさんも言っていただろう。一度植えたが最後、永遠に増え続けてしまう」


 確かに、ドルスの言うことも最もだ。いくらシルヴィアの言葉と言えど、忠告は聞くべきだ。

 あんな老害でも、伊達に長く生きてはいないだろうからな……。


「む……ダメですか……。いい案だと思ったのですが……」


「無限に増え続けるのなら、それに合わせてぶった切ればいいだろ? あのエルフババアはそんな簡単な対処法も考えつかなかったのかよ? 俺ならそのキノコを上手く活かせるかも知れねえぜ?」


「確かにバムケスの言うことも一理ある……。シルヴィアさんが過剰に【無限キノコ】を危険視していたという線もあり得なくはない。彼女は非常に保守的だ。だが、あまりにも危険すぎる。一歩間違えば大惨事だぞ? その責任をとれるのか?」


「っち……ドルス議長はお堅いな……。これじゃああのエルフと大して変わらねえ……」


 まったく……仲間割れはやめてもらいたい。

 だが、俺としてはバムケスに賛成だな。

 というより、バムケスがしくじってくれた方が俺にとって都合がいい。

 俺はまだまだ新参者だし、国力も他国に比べれば微々たるものだ。

 シルヴィアという後ろ盾が無くなった今、いつ議会を引きずり降ろされてもおかしくないのだ。


「私は、【無限キノコ】の案に賛成です。どうせ危険だなんだというのは、シルヴィアの杞憂ですよ。彼女はいつも神経質で、私を困らせました。彼女の言葉は一切あてにならないと考えて大丈夫でしょう。なぁに、元婚約者の私が言うのです。短い間でしたが、彼女の本性については誰よりも知っているつもりですよ」


「わぁ! さすが私のクロードさまですわ! そうです、あんな女の言うことなどあてになりません! きっと何か理由があって【無限キノコ】を規制していたんですわ! そもそも、【無限キノコ】などという名前が怪しいです。彼女が無理やりそんな名前を付けただけなのでは?」


 おお、さすがルリアだ。俺の案になんでも同意してくれる。いい女だ。あのババアとはまさに大違い。

 若くて綺麗で従順。シルヴィアとは真逆の正反対。だからこそ俺は、シルヴィアを切って、ルリアを選んだのだ。

 これで議会は【無限キノコ】推進派の方が多くなっただろう。反対はドルスだけに違いない。

 議会の決定は多数決で決まる。そしてそれは絶対だ。

 なぜかシルヴィアだけ票を多く持っていたせいで、今まではろくに案が通らなかったが、今回は違う。


「ほらな、みんなもこう言ってるんだ。【無限キノコ】を試してみようぜ、ドルス議長よぅ! もしキノコが無限に増えるなんておかしなことが――まあそんなのあり得ないだろうが――あったとしても、全部魔法で燃やしちまえばいいんだ! 簡単なことさ。だって所詮はキノコなんだぜ? なにを怯える必要がある?」


 バムケス本人も乗り気のようだ。

 まあ仮に、【無限キノコ】がシルヴィアの言う通りのヤバい代物だったとしても、俺には関係ない。

 バムケスのフッテンダム騎士国と、俺のヴァルム王国は反対の方向に位置するからな。

 もし【無限キノコ】が暴走しても、バムケスの評判が落ち、フッテンダム騎士国がキノコまみれで亡びるだけだ。

 俺の国にキノコが到達するまでには、さすがにシルヴィアが駆け付けてきて、なんとかするだろう。あのババア、魔法にだけはやたら詳しいからな……。


「むぅ……だがしかし……」


 なんだ? ドルスのやつ……やけに気にするな。

 まあ無理もないか。ドルスのボルドー王国は、フッテンダムの隣国だしな。被害を気にするのも仕方ない。

 それに、ドルスは議長という性質上、うかつな発言はできんのだろう。


「では、こうするのはどうです……?」


 提案をとなえたのはサイラ・コノンドー。

 【無限キノコ】の名を出した以上、その解決策も考えてあったのだろう。したたかな男だ。

 参謀的知略に富み、次期議長の呼び声も高い冷血漢。

 要注意人物だな。

 だがそれだけに、彼の発言にはみなが注目する。そして大抵の場合、彼の作戦は成功する。


「【無限キノコ】の栽培場に、定期的にマウンテングリズリーを放つというのはいかがでしょう?」


「ほぅ……マウンテングリズリー?」


「ええ、アレ・・ならキノコがいくら増えても、まるまる食い尽くしてくれるでしょう? 【無限キノコ】の増える速度とマウンテングリズリーがキノコを食べる速度、それを計算して、ちょうどいい収穫量になるように調整するのです」


 なるほど……。

 さすがはサイラだな。悔しいがこれには俺も納得するしかない。

 マウンテングリズリーは山ほど大きな熊だが、その巨体を維持するために、驚くほどの量を食す。

 しかもその性質上、雑食で、どんなものでも丸のみにしてしまう。

 彼らが通ったあとには、どんな生物も残らないといわれるほどだ。

 それゆえに害獣扱いされる彼らだが、そんな使い道があったとは……。


「驚くべきアイデアだ。それなら私も異論はない。それが実現すれば、まさに食の永久機関だな。だが、実際にそんなことが出来るのか……?」


「ええ、理論上は可能だと思いますよ。少なくとも私の計算ではね」


「ようし、では可決だな。新機軸となった新世界秩序機構ニューオーダーズ最初の政策は、フッテンダム騎士国の食料危機回避問題だ。急いでフッテンダムに【無限キノコ】の栽培施設を作り、マウンテングリズリーを放とう」


 議長の一声で、みな立ち上がり拍手をする。

 これにて、今回の議会はお開きとなった。

 やはりシルヴィアがいない分、案も通りやすい……。


 【無限キノコ】の永久機関か……夢があるな。

 それが机上の空論でないことを、せめて祈ろう――。

 ま、俺の知ったことではないがな! ガッハッハ!





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