第2話 お赦しください

 祈りを終えて扉をくぐると、死体を片付け終えたヴィルが待っていた。


「眠れそうです?」


 その問いには、静かに首を横に振る。

 眠るたび、私は悪夢にさいなまれる。……ヴィルに慰められない限り、落ち着いて眠るのは難しい。


「わかりました」


 武骨な指が、私の方に伸びる。

 伸ばした銀髪を指ですくい上げ、ヴィルは、耳元に唇を寄せた。


「優しくしますんで」


 それが罪深いことと知りながら、私は、甘い囁きに身を委ねた。




 ***




 暗がりの中。ベッドに身を横たえ、火照った身体を鎮める。

 奥底まで愛され尽くした身体は、穏やかなよろこびに満たされていた。


 ……しかし、私はヴィルほど筋骨隆々でないとはいえ、自らの肉体をしっかり鍛えている自覚がある。身長に至っては、ヴィルより少しばかり高いはずだ。

 顔立ちの方は、まあ……幼少期より端正だと評価されていたのは事実だが、この体格を女性として扱うにはいささか無理がある。……が、ヴィルはどうやら満足しているらしく、今も私の銀髪を愛おしげに撫でている。

 ……髪は、きょうだい達がよく触りたがるため伸ばしていたのだが……彼らは今、どうしているのだろう。……私のせいで、不利益を被ってはいないだろうか。


「ヴィル」

「ん?」


 取り留めのない思考を打ち破るよう、ヴィルに声をかける。ヴィルは不思議そうに首を傾げ、私の方を見た。

 夜闇の中ではあるが、夜目が効くので表情までよく見える。……「あの日」を境に、私はそういう身体になった。


「…………後悔はないか」


 私は一度死に、蘇った。

「血をすする怪物」として追われる身になった私を、ヴィルは躊躇ためらいもなく「護る」と言った。

 ヴィルだけが、私を受け入れ、手を差し伸べてくれた。

 たくましい腕が、私の身体を抱き締める。……嬉しいと、感じてしまう前に振り払った。


「まあ……オレ、元から人殺しなんで、今更っつぅか……」

「悔い改めろ」

「でも、今は神父様のためにしか殺さねぇです」


 ヴィルの明るく、朗らかな笑顔が向けられる。

 言葉の物騒さに似合わない、無邪気な笑顔だ。


「まだ神罰下ってないなら、オレもセーフですよ、きっと」

「貴様の場合は、とうに地獄行きが決まっているだけに思うがな」

「え、ええー……そんなぁ……」


 私はあえて突き放し、背を向けた。

 分かっている。ヴィルは、私を「護る」ために罪を犯している。

 だが、罪は、罪だ。

 ヴィルには、奪う以外の生き方が存在するはずなのだ。本当ならば、これ以上ヴィルが手を汚す前に、解き放ってやらねばならない。……そのはずなのに。


 夕食時に飲み干した液体が、ワインなどではないと分かっている。

 救世主の血ではなく、私を殺しに来た名も知らぬ誰かの血だと、本当は理解している。


 胸や腹に刻まれた痕が、未だに癒えぬ身体の内側が、うずいて血を求める。

 断じて認めたくはないが、私は、ヒトの体液を啜らなければ生きていけない。


 ぐるぐると巡る思考を閉ざすよう、意識が闇に沈んでいく。

 眠りの世界に落ちる直前、安らかな温もりに包まれているのを感じた。

 ……明日も、目が覚めるのは昼以降になるのだろう。


 主よ、罪深い私達をお赦しください。

 私を抱き、私のために手を汚す彼を。

 彼の腕に抱かれ、よろこびを感じる私を……。

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