快人の嫌いなこと

 快人のてるてる坊主つくりは、3年前に親戚の家で出会った青年、倫太郎と友達になったことがきっかけで始まった。




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 外に出るだけで汗が吹き出すほど良く晴れた、”晴れ過ぎ”な8月のある日。快人は父の車に乗せられまいと必死に暴れていた。顔も名前も知らない祖父の、これまた何も知らないその姉の法事に参加するのが心底嫌だったからだ。

 快人は法事が大嫌いだった。何かを覆い隠すように漂う白煙と何かを招きそうなにおいがする線香、僧侶の不思議な呪文と甲高いおりんの音、そしてその場にいる全員が黒い服を着て艶やかな黒い仏壇を静かに眺めている状況。幽霊なんてこれっぽっちも信じてはいない快人であったが、あの特殊な空間には自分たち以外の”なにか”がいるのではないかと不気味で仕方なかった。それに、法事が終わった後に始まる親戚たちとの食事も快人は嫌で嫌で仕方なかった。大人たちが快人にはわからない話題で楽しそうに盛り上がる中、たった一人の子供である快人はいやに豪華な食事を息を潜めながら食べることしかできない。仲間外れにされているみたいで、息が苦しくなる。

 暴れまくる快人に大きなため息を吐いた父は、苛立ちながらこう言った。


「これ以上暴れるのなら、川、連れて行かないぞ」


 快人の動きがぴたりと止まる。


「……川?」

「お前行きたいって言ってただろ。じーさんちの近くにあるんだよ」


 快人の頭の中で、一週間ほど前に見たバラエティ番組の映像がフラッシュバックする。大きな岩の上から変な掛け声を言いながら飛び降りる芸人、妨害ばかりで誰も何も取れなかった魚つかみ、ゴール直前で転覆してしまったせいでご褒美の肉がアナウンサーに独り占めされてしまったラフティング……。


「法事の間大人しくしてるんだったら連れて行ってやろうと思っていたが、これ以上暴れるなら……」


 父が快人をじろりと睨む。快人の頭で天秤がぐらぐら揺れる。揺れて、揺れて、がこん! と大きな音を立てて、突き抜ける青空の下で水飛沫を上げてはしゃぐ自分の方に傾いた。


「……川、いく。あばれない」


 父の眉間のしわがふっと緩んだ。俯いた快人の頭の上に大きな手が置かれる。


「よし、行くぞ」


 頭に置かれた手が快人の背に移動する。快人は背を押されるがまま、静かに車に乗り込んだ。

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