まるでおとぎ話のような恋物語

@altyhalc

まるでおとぎ話のような恋物語

その日。鈴木なつきは、ランチはいつもより豪華にすることを決めていた。なぜなら、上司に企画を認められたのだ。

(これで、念願だった伊勢海老のグラタンを食べれるわ)

1食3000円のランチは、給料前のなつきにとってはかなりのハードルだ。なつきが席につくと、ある不思議な光景が目に留まった。

(何してるんだろ?)

床に這いつくばって、懸命に何かを探している青年に声をかければ、青年がジロリと睨んできた。

「あ、の?」

「ああっ。動かないでっ」

一歩踏み出そうとすると、慌てて青年が止める。そして、コンタクトレンズを探していることを説明した。が、なつきはあることに気がついた。

「もしかして、これですか?」

青年のフワフワのセーター。その肩の部分にキラリと光るものがある。なつきと青年は顔を見合わせて笑った。

「ありがとう。助かったよ」

コンタクトレンズのお礼にと、伊勢海老のグラタンを奢ってもらったなつきは、青年が頭を下げると慌てふためいた。

「いいえ。当然のことをしたまでですから」

よくよく見ると、青年の顔はかなりのイケメンだった。彫りも深く、ややたれ目の瞳は優しそうだったし、何よりも笑顔が素敵だった。

後日。なつきは驚くべき真実を知ることになった。なんと、青年の名前は宇野泰明。大会社宇野グループの一人息子で、アメリカやフランスへの留学経験もある。まさに絵に描いたような金持ちだ。

そして、世界が全く違うと思っていた泰明となつきは、急速に惹かれあい交際することとなった。

「泰明さん。あの、私にこれを?」

初デートの日に、贈り物だと言われて、高級な服や靴、それに時計をプレゼントされた。おまけに、一流のプロによるメイキャップまでされ、なつきは別人のようになった自分を見つめた。今の彼女を見て、誰も平凡なOLと思わないだろう。すっかり変わったなつきの姿に、泰明が嬉しそうに微笑む。

「僕がしたいからしてるんだ。気にしないで」

「は、はい」

まるで、おとぎ話のお姫様にでもなったような気持ちだった。

ある時は、自宅に数百本のバラの花が届いたり、遊園地を貸しきってデートをしたり。なつきがこれまで体験したことがないようなことを、泰明は惜しげもなく与えてくれた。

「好きだよ。なつき」

夜景が見える場所で肩を抱かれキスされた時には、時が止まればいいと思った。

「なつき。永遠に僕の側にいてくれ。君のためなら、僕はすべてを失ってもいい」

大きなダイヤを指にはめられ、なつきは舞い上がっていた。ある記事を見るまでは。


『宇野グループの1人息子。株式会社Gの娘と婚約』


それは、一大スクープとして大々的に報じられた。なつきは、魔法が解ける瞬間というのはこういうことかと思った。やはり、自分と泰明の住む世界が違いすぎる。

泰明から会いたいと言ってきたのは、1週間後のことだった。

「なつき。週刊誌のことなら気にしないでくれ。僕には君しかいない」

初めて会ったカフェで泰明がなつきを見つめる。その瞳に嘘はなかった。だからこそ、なつきには耐えられなかった。薬指から指輪を引き抜くと、そのままそっと泰明の前に差し出した。

「私には、これをもらう資格はありません。あなたの重荷になりたくないんです」

「重荷?僕には君しかいないのに?前にも言ったろ。君のためならすべて捨ててもいい」

「そんなことをして、会社はどうなるです?従業員は?」

泰明が背負ったものの大きさを、なつきだってわかってるつもりだ。彼の輝く未来に、自分はふさわしくない。

「どうか、幸せになってください」

深々と頭を下げたなつきは、止める泰明の声に振り向くことなく店を後にした。

後日。泰明から婚約パーティーの招待状が届く。そこには、手書きで『最後のわがままだから。絶対に来て』と書かれていた。なつきは、泰明との決別のために婚約パーティーか行われるホテルへと向かった。

有名人やマスコミも大勢駆けつけるなか、パーティーは華々しく始まった。白とグレーのタキシードを着た泰明は、普段よりもかっこよかった。ステージに立てばパシャパシャとフラッシュがたかれる。

「ここで、私の婚約者を発表します」

泰明の声と同時に、1人の女性がステージへ上がる。おそらく、彼女が婚約者なのだろう。会場の一番奥でグラス片手に見ていれば、フッと泰明と目があった気がした。

「僕の婚約者の名前は、鈴木なつきさんです」

泰明は大声で言うと、ステージに上がった女性の横を通りすぎ、まっすぐなつきの前へ歩いてきた。そして、慌てて逃げようとするなつきの腕を掴むと、強引にキスをする。周囲はどよめき、フラッシュの数が増える。

「泰明、さん」

「僕の側にいてほしい。君が側にいないと、僕はダメなんだ」

なつきをお姫様だっこしてステージへと戻る泰明に、スポットライトが浴びる。

そして、拍手喝采が鳴り響くなか、泰明はもう1度なつきにキスをした。今度は、なつきもしっかりと両腕を泰明の首に回し目を閉じた。

2人の愛は、決して壊れることはなかった。



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