異世界不動産~あなたの異世界を探す御供をさせて頂きます~

羽之 晶

お客様名『山本 勲』その壱~「あの世の不動産屋」~

 俺は確実に地獄行きだ。


 もう何日、この暗いトンネルを歩いているのだろうか?

 なのに全く疲れないし、腹も減らない、喉も乾かない。おまけに眠くもない。


 行儀よく一列となり進む者達の中に、俺と同じく自殺した者は一体何人いるのだろうか?


 俺は、山本 勲やまもと いさお。39歳。

 死因は電車にアタック……さっきも言ったが自殺だ……。

 仕方ないだろ。

 もう、生きる気力もなくなったのだから。


 あの世なんて本当にあるとは思っていなかったが……どうやら正しかったようだ。



 更にだいたい数日後……。


 ようやくトンネルから外に出る事が出来た。


「あれが、三途の川?」


 畦道の向こう側に大きな川が見える。

 必死に泳いでいる者や、木船に乗っている者……。

 クルーザーなんてのもある。


 畦道の半ばまで歩いた時、何気に横の茂みを見ると、遠くの方に建物が見えた。

 周囲の人は気付いていないらしい。


 俺は、後ろの爺さんに声を掛けた。


「なぁ、あの建物なんだと思います?」

「うるさい、さっさと歩けぃ」


 前の若い女性にも声を掛けた。


「あの、アレなんだと思います?」

「ちょっと、肩触んないでくれる!!」


 俺だけにあの建物が見えているのか?

 見に行きたい衝動に駆られているが、そう出来ない理由がある。


 誰に説明された訳でもないが、何故か分かるのだ。

 ――この行列から抜けると、もう列には戻れないと言う事が。

 現に、行列の外でじっと佇み、羨ましそうにこちらを見つめる者達もチラホラいる。

 きっと、興味本位で列から出た事で、戻れなくなってしまったのだろう。



 大人しく、川を渡るべきか?

 だが、渡ってどうする?

 生前の情報通りなら、自殺者に待っているのは、耐え難い拷問と苦しみだけだろう。

 かと言って、あの建物に向い、何も無ければ、俺は一体どうなってしまうのだろうか?


 畦道の周囲で、彼らのように彷徨い続けるのか?

 この道の先で、生前の行いを清算するべきなのだろうか?


 ………………


 ………………


 ………………


 いや、行列から抜ける!!


 拷問は嫌だ、苦しいのは嫌だ。

 それよりも、あの建物が気になって仕方がない。

 そう思い、俺は……列から抜けた。


 直ぐに、俺が居たスペースが詰められた。


 もう戻れない。



 俺は茂みの中に入り、ただひたすら進んだ。

 そして、ようやくその建物の全貌が見えた。


『アナザーワールド不動産』


 そう書かれた電飾看板。

 ガラス張りの店頭には何枚かの紙が貼られていた。


 この場所には似つかわしくもないが、至って普通の不動産屋のように見える。


 建物に近づき、自動ドアの外から店内を眺める。

 アーチ状の白いカウンターにイスが8脚。

 テーブル席は2つ。

 客は居ない……。


 暖色の照明に照らされた店内は、アンティークショップの様にも見える。


 カウンターの中から、7:3オールバックの男が、こっちを見てニコリと爽やかな笑顔をしている。


 入ってもいいのだろうか?

 いいよな……。


 俺は、思い切って自動ドアを潜った。


「いらっしゃいませ。本日はどのような異世界をお探しでしょうか?」

「異世界?」


 その男は、笑顔でそう言ったのだ。

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