第53話 襲来というものは


 俺たちが走り終わる頃、階段ではエオジさんが誰かと怒鳴り合っていた。


「だから殿下は日課の運動中だ」


「頼む、少しだけでいいんだ!。 話をさせてくれ」


はあ、昨日と同じやり取りじゃないか。


反省しない人だな。


 息を整えながら、その様子を見ていたらギディが話掛けてきた。


「コリル様、昨夜は王都に向かって魔力を放出したんですよね?」


「ん-?」


ギディはあまり魔力は感じなかったのかな。


エオジさんは気分が悪くなるくらい感知能力が高いみたいだけど。


「うん、ちょっと実験をね」


あの程度の魔力放出でテルーが俺の魔力を感知出来るのかどうか。


ゴゴゴの最速で二日の道程を大鷲のテルーならどれくらいかかるのか。


たくさんの人間がいる中で俺を見つけることが可能なのかどうか。


まあ、俺がテルーを見つけるほうが早いから、それは大丈夫か。




「わああああ」


おや、誰か落ちたっぽいな。


俺たちは階段に駆け寄り、下を覗き込む。


部族長の息子と、巻き込まれた何人かが地面に転がっていた。


「砦に治癒師っていたよな」


「ええ、いるはずです」


階段が空いたので、俺たちはゆっくりと下りた。


 駆け付けた治癒師が魔法を使って部族長の息子を治療している。


エオジさんが御者の一人を連れて来て、巻き込まれた人たちを治療し始めた。


御者は回復薬を取り出して飲ませている。


行商の商隊での治療担当らしい。




 俺は昨日と同じように朝食の後、弟たちのところへ行き世話を始める。


ゴーフ ゴーフ


ゼフにブラシを掛けているとやけに警戒している。


「分かってる。 ゼフは気にしなくていい」


昨日はずっと砦の中だけだったのでブラシは軽くマッサージみたいな感じで。


ツンツンは俺の側にいるはずだけど、完全に気配を消している。


グロンにブラシを掛けているギディも落ち着かないのか、時々手が止まっていた。


「気にしてもしょうがないよ、ギディ」


俺たち子供が口を挟むことじゃない。


「でも、こっちは悪くないのに」


東の部族の人たちから「酷い」だの「蔑ろにしている」だの文句を言われた。


それも野次馬のように遠巻きにして声を掛けてくるだけだ。


だけど、そんなことをすること自体が王都では考えられない。


「王家に敬意が無いというのは本当のようですね」


「そうだねえ」


まあ、仕方ないよなあ。




 気が付くと一人の女性が近づいて来る。


「殿下、申し訳ありません。 少しお話させていただけますか?」


エオジ兄のお嫁さんの秘書官さんだ。


俺はギディと顔を見合わせる。


「聞くだけでいいの?」


「はい」


俺がゼフから降りると、何故かグロンが傍に来て寄り添う。


ツンツンが姿を消したまま俺の背中に乗って来る。


心配なのかな?。


 この女性ならきっと弟たちを怖がったりしないだろう。


「このままでもいいですか?」


と、グロンに身体を寄せたまま訊いた。


「はい、私もゴゴゴは好きです」


ああ、だからエオジ兄と結婚できたんだろうね。


 グロンが伏せた状態になり、俺はその身体に寄り掛かった。


ギディは俺の隣に立っている。


目の前の女性は「殿下のゴゴゴたちは素敵ですね」と褒めてくれた。




「すみませんが、手短に」


ギディ、女性には優しくしないとモテないぞー。


「す、すみません」


彼女がゴゴゴを好きなのは良いじゃないか、責めるなよ。


俺はニコリと笑って「大丈夫ですよ」と先を促した。


「昨日の、女性たちの件ですが、全部で二十人いる女性の働き手の内、十人がヤーガスアから来た方々でした」


半分?、それは多いな。


「しかも、もう兵士たちと、その、約束をしているからと」


部族の町へ戻るのを拒否。


それに兵士たちも同情して、砦の責任者を吊し上げようとしているそうだ。


不穏な空気に他の女性兵士たちも怯え始めているという。


「私、どうしていいのか」


なるほどねえ。




 そんなことを子供の俺に相談しても、どうしようもないだろうに。


俺は俺に出来ることを考える。


「私は今、第二王子ではなく、豪商マッカスの孫なんですよ」


そこを間違えてはいけない。


「ですから、私が出来ることは商人としての行動になります」


「あ、はい、そうですね」


秘書官は頷いた。


 では、その前提で命令ではなく、提案ということにする。


「その女性たちは働きたいと言ってるんですか?。


それとも、その兵士と結婚したい、と言ってるんですか?」


どっちなんだろう。


「あ、あの、それは人によって違うので」


なるほど。


「じゃあ、私の考えを伝えてもらえますか?」


俺は選択肢を示す。


一つめは、結婚したいなら、双方の両親に許可をもらうためにすぐに兵士には休暇を取らせること。


二つめは、働きたいのであればマッカスの商会に紹介状を書くので、それを持って王都へ向かってもらうこと。


三つ目は、どちらでもないなら部族の町へ戻り、そこから手配をして国に戻ること。


「その十人の女性はもう砦で雇うことは出来ません。


それだけはきちんと伝えてください」


「分かりました」


メモを取っていた女性は俺に向かって礼を取ると、急いで夫のいる塔へと駆けて行った。




「いいんですか、勝手にそんなことを決めて」


ギディが心配そうに俺を見る。


「なんで?、他に俺たちに出来ることなんてないよ」


一つ目は本人たちの親に任せ、二つ目は祖父じい様に任せ、三つ目は嫌なら帰れ、である。


「俺は何一つ決めてない」


「んー」


ギディが眉を寄せて考え始める。


 分かってるよ、誰も納得できないだろうって。


だけど、これは元々、誰も納得できない話なんだ。


「俺みたいな子供の指示なんて誰も聞く気は無いだろう?」


俺は自嘲気味に笑う。


結論はさ、結局、誰が言っても反発しかないってこと。


「オトナなんだから、それくらい自分でやってよって話」


ギディは分かったような、分からないような複雑な顔をしていた。


「おーい、飯だぞ」


エオジさんが呼びに来て、俺たちは弟たちをねぎらってから、食堂に向かった。




 食堂では、見事に俺たちの周りだけ誰もいなくて笑った。


ここまで露骨とは。


きっと女性たちと約束をしていたという兵士が、この砦では力のある青年だったんだろう。


建物の外だと俺の弟たちがいるから、ここで話をつけようっていうのかな。


「おい、チビ」


うーん、これは良くないなあ。


俺は返事をしないことに決めた。


「このやろう、返事しやがれ」


短剣が飛んで来たが、俺の防御結界に弾かれる。


 俺は食事の手を止めて、大きくため息を吐いた。


エオジさんを見るととっくに警戒態勢で剣を抜きかけている。


「結界を解くまでは動かないで」


俺は小さな声でエオジさんに頼んだ。


エオジさんは、その青年兵士を睨んだまま小さく頷く。


視界の隅に責任者夫婦が駆け付けようとしているのが見える。




「お前は何しに来たんだ!。 この砦の平和を乱しやがって」


平和、平和かあ。


自分たちだけが幸せなら他の皆も幸せなんだな、きっと。


「そうよ!、今さらここの生活を変えられるわけないじゃない」


青年兵士の後ろから、ちょっとケバそうなオネエサンが顔を出す。


「ふうん」


俺はオネエサンの魔力を見る。


どこかいびつで、身体の一点にだけ集中しているような気がした。




「何をしているんだ!、王家侮辱罪で死罪になりたいのか」


エオジ兄が必死に青年兵士を止めようとしている。


うん、もう遅いよね。


これだけの人数がいる中で、俺を攻撃したからな。


「ハンッ!、こんなチビ、殺して埋めちまえば分からないさ。


ここにいる全員を道連れにしてな」


「なんだって!」


エオジ兄の顔が青くなっていく。


他のブガタリアの兵士たちは、まだ冷静に俺やエオジ兄の顔を見ている。


 そこへ喚き散らす青年兵士を援護するように東の部族の若者たちが突入して来た。


「そうだそうだ!、こんな奴らは国を乱す敵だ。 俺たちが成敗してくれるわ」


へえ、面白い展開になってきたなあ。


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