第50話 国境というものは


「分かった。 ありがとう」


俺はさらに言葉を続けようとするホーディガさんを止める。


これ以上聞いたって、俺に出来ることなんて何もない。


「え、しかし」


「父さん、殿下はまだ十一歳だよ。 難しい話は無理だって」


少しおどけたようにギディが言うと、ホーディガさんも口を閉じた。


「じゃ、皆さん、おやすみなさい」


防御結界を消し、俺は笑って真っ先にベッドに入る。


俺が寝ないと誰も寝られないからね。


「明日の予定は?」


隣のベッドに入ろうとしていたギディに声を掛ける。


「朝食後、東の部族関係者と話し合いがあります。


そこで部族の町へ入れるかどうかが決まりますよ」


「そか、ありがとう」


俺は今度こそちゃんと目を閉じた。




 早朝、夜が明け切らない薄闇の中。


砦の中ではあまり走り回れる場所もないので、俺は石でできた国境線の壁の上を走っていた。


西の砦は二重の壁で区切られていたけど、東の壁は一つだ。


 山に囲まれているブガタリアは国境といっても山の頂上を国境線としている。


これは国がおこったときに周りの国と協力し合って決めたと聞いた。


まあ、魔獣のいる森なんて誰もらないだろうから問題は無かったんだろう。


 当然、街道は山と山の間、谷間に作られている。


砦はその街道の国境にあるのだから谷底にあり、その後ろにある壁は山と山を繋ぐように造られ、見上げるほどの高さだ。


山にトンネルでも掘れば良いなんて思ったりするけど、そうなると山越え出来ない魔獣まで通ってしまうので難しいか。


俺はそんなことを考えながら走った。




 壁の上を走れば隣の山にぶつかって、そこで行き止まりなので、また後ろを向いて行き止まりまで走る。


「やあ、ギディ」


途中でギディが追い付いてくる。


「やあじゃありません。 お一人で出掛けないでください!」


出掛けるって、一応ここも砦の敷地内なんだが。


 最近、ギディがエオジさん並みに口うるさくなってきた。


俺が色々やらかすからだって分かってるけどさ。


もう少しこう、子供同士の会話っていうかさ。


「なんです?」


ギディは端まで行かずにくるりと反転して俺に付いて来る。


「何でもないよ」


何往復か走って、すっかり明るくなった頃、壁を下りて井戸に向かう。




 水をかぶってさっぱりした後、水気を布で拭き取り、ギディが持ってきた服に着替えながら風魔法で髪を乾かす。


遠慮するギディにも風を当てて乾かし、俺たちは食堂に向かった。


「おはよう、相変わらず早いな」


「おはようございます、エオジさん、皆さん」


砦の食堂内が少し騒がしい。


あー、俺たちが早朝から走り回ってたからうるさかったかな。


後で責任者に謝っておこう。


「話し合いはどこでやるの?」


いつも通り、ハムを挟んだパンと果物、水の朝食を取りながらホーディガさんに訊ねる。


「向こうが用意している会談用のテントですが」


ホーディガさんはきっとそんなところでやるのは気に入らないんだろう。


表情が昨日より険しい。




 俺は全然構わないので「時間になったら呼んで欲しい」と言って弟たちのところに向かった。


たっぷりと食事を取らせた後、声を掛けながらブラッシングする。


「私もお手伝いして良いですか?」


ギディがいつの間にか自分用のブラシを持って、グロンの横に立っていた。


どうする?、とグロンの顔を見ると、


グルッ


と、短く返事をした。


「いいよーって」


ギディの顔がパアァッと明るくなって「ありがとうございます」とグロンに触れる。


ちょっとビクビクしてるけど大丈夫かな。


自分ちのゴゴゴの世話はしていたというので安心して任せた。


気に入らなければグロンが尻尾で張り倒すだろう。




 時間になったようで、俺と副隊長、護衛のエオジさん、事務方の青年、従者のギディでテントにお邪魔する。


「昨夜は若い者が失礼した」


まず前に出て来たのは部族長ではなく、最長老だという。


そんな杖を付いてるお爺さんを連れて来て大丈夫?。


まあ、ブガタリアの民族ならお年寄りでもそれなりに脳筋だから大丈夫だとは思うけど。


「いえ、何か行き違いがあったのでしょう」


俺はいつものように笑顔で対応する。




 長老が手を出してきたので、握手に応じて手を握るとザワッとした。


このヤロウ、俺の魔力を断りもなく調べようとしたな。


本当なら斬り捨てても良い案件だが、俺は逆に皺だらけの手を強く握り返す。


「私の魔力はお気に召しましたか?」


子供相手だからって軽くみたんだろうな。


どうせ年齢より小さいよ、ほっとけ。


「ヒッ、し、しつ、失礼したっ。


年を取ったせいで勝手に発動してしまったのです。


悪気はございませぬ、お、お許しください」


長老は慌てて手を振り解くと、逃げるように奥へ引っ込んで行った。


なんだよ、こいつら。


いったい何がしたいんだよ。




「それでは今回の荷について」


交渉はホーディガさんがやるので、俺は後ろで椅子に座って見ているだけだ。


かなり広いテントの中には、俺たち以外に数名の男性がいる。


この広場には他にもテントが二つ並んでいたから、全部で二十名ほど来てるのかな?。


魔力感知ではテントの外に三人ほど中を伺っている者がいる。


おそらく、昨日の若者かな。 名前、忘れたけど。




 事務方の青年が相手側の担当者と話し合いをしていたが、何故か揉め始める。


ホーディガさんが青年に耳打ちされると苦い顔になった。


「どうやら今回の取り引きは難しいようですな」


ギディが俺に立ち上がるように促す。


「そ、それは困ります。 我々もこれが精一杯なのです!」


向こうの担当者が何故か悲痛な声を上げる。


「とにかく、この量では話にならない。 今回は無かったことにしていただきます」


そう言ってホーディガさんは立ち上がり、俺たちを連れて外に出る。


「お待ちください!、殿下」


お昼近い時間なので食事も用意されてるらしいが、一応辞退させてもらった。


こんな雰囲気じゃ味もしないだろうしな。




 砦の中の自分たちの部屋に戻る。

 

ホーディガさんはドカリとベッドに腰を下ろした。


寝るためだけに借りたので、この部屋にはベッドしかない。


「まったく、なんて連中だ。


礼儀も弁えず、決められた取り引き量も用意出来ない。


何をしに来たんだ」


だよねー。


 俺はギディを見ながら防御結界を張る。


「昨日、あの若者を調べに行った報告がまだだよな」


「あ、はい、昨夜の件ですが」


彼は部族長の息子で間違いないらしい。


だが、何やら問題を抱えていて、それを解決して跡取りとして認めてもらおうとしているという話だ。


「それが今回の取り引きと何か関係があるのかな?」


「そこまでは分かりませんが、何やら揉めているのは確かです」


そんなこと、見てれば分かるっての。

 

俺は大きくため息を吐く。




 とりあえず戻るのか、次の取り引き先に進むのか。


それとも、東の部族と、もう一度交渉するのか。


そこの判断は俺じゃなく、副隊長のホーディガさんの仕事だな。


俺は俺の仕事をしよう。


「ちょっと砦の責任者と話がしたいんだけど」


エオジさんが頷いて出て行った。


ここの責任者とは以前からの知り合いらしい。


 俺は交渉用の服から少し軽い服に着替える。


念のために色々仕込んでる服なんで重いんだよ。


日中はまだ暑い季節だからね。




 エオジさんが戻って来た。


「会っても良いそうだが、何か用事か?」


「ちょっと騒がせてしまったお詫びをしたいと思って」


そう言うとホーディガさんや皆も頷いてくれた。


 砦の警備兵は基本的に王都から配属される兵士たちだ。


地元部族から徴用することもあるらしいが、それは地理に詳しいとか、食材調達のためだったりする。


「失礼します」


エオジさんが先頭で入り、俺とギディが続く。


「ようこそ、我が砦に。 昨日はちゃんとご挨拶出来ずに残念でした」


責任者はエオジさんと同年代くらいの男性だった。


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