第51話 砦というものは
東の砦は、二重壁になっている西と違って、丸い塔のような形をしていた。
周辺に広く敷地があり、丈夫な木の柵で囲まれている。
そこは資材置き場、兵士の訓練場、ゴゴゴの運動場、そして井戸の周辺はテーブルや椅子などを設置した広場になっていた。
木の柵かあ。 対魔獣用では心もとない気がするけどな。
「柵に魔獣除けの魔法が仕掛けてあるんだよ、街道と同じさ」
エオジさんが解説してくれた。
へえ、だからテントでも平気なのか。
俺たちは念のために塔の中である。
砦のゴゴゴたちも大きくて立派な体格のものが多い。
そんなのが柵の中を歩き回っているから、魔獣たちが寄って来ないんだろうな。
ゴゴゴは大人しいけど見かけがアレだからね。
「それで、殿下。 何か御用と伺いましたが」
責任者というには少し若い感じ。
濃い茶の髪に黒い瞳、兵士らしい体格の良さ、何となくだけどエオジさんに似てない?。
「コホン」
と、咳ばらいをしたエオジさんが「兄だ」と小声で言った。
あー、エオジさんとこも兄弟多そうだよな。
ブガタリアは一夫多妻だ。
どこに兄弟親戚がいるか分かったもんじゃない。
俺は改めて「エオジさんにはいつもお世話になっております」と挨拶した。
しかしエオジさんの兄弟が、こんなところにいるとは思わなかったなあ。
この人も独身なんだろうか。
母さんは部族長の娘だけど、確か
部族長の妹が普通の家に嫁に行くとは思えないので、やはり経済的に裕福な家柄だろう。
うん、間違いなく一夫多妻だよな。
兵士の兄弟がいるってことは軍関係の家柄かなあ。
「昨日から色々とお騒がせてしまって申し訳ありません」
俺からは、まずはお詫びである。
砦には珍しい、秘書官のような女性がお茶を淹れてくれた。
「実は東の部族との取り引きがうまくいかなかったので」
俺はチラリとエオジさんを見る。
防御結界、いらない?、いる?。
首を横に振られたので必要ないみたいだ。
たぶん、この部屋には元々そういう機能があるのかもしれない。
「ほお、殿下は何をご心配されているのですか?」
俺みたいな子供に取り引きがどうのこうのって関係ないって?。
失礼だな、今は商隊長なんだけど、一応。
「予定より少し長く滞在することになりそうなのですが、大丈夫ですか?」
「それは構いませんよ。 部屋も余っておりますし、食料も必要なら調達して参ります」
「いえ、それには及びません」
俺は魔獣の肉はまだ食えないしね。
商隊の荷の三分の一は食料だったりする。
魔獣の森を通るんだから、どこで何があっても生き残るためだ。
俺のゼフにはシーラコークの店からもらった保存用の魔道具の箱を載せている。
ゴゴゴにも必要だから町では野菜を多めに買ったりするけど、調達用の狩りは必要最低限にしている。
食料には困ってない。
「そうですか、まあそれはそれで」
なんか歯切れ悪いなあ。
「何か、そちらからご質問とかあれば伺いますけど」
殿下と呼ばれる立場の人間が言って良い言葉じゃないけど、今の俺は商人だしね。
顎に手を当てた砦の責任者は俺を窺うように見ている。
エオジさんがピリピリしていないので、俺も平気だ。
ギディが多少イラっとしてるかな。
「ふむ、後でエオジに訊こうと思っておりましたが、殿下から許可をいただければ」
「ええ、何か?」
「あのゴゴゴは素晴らしい!、ぜひ飼育方法を伝授していただきたい!」
はい??。
グロン?、ゼフ?、どっちかな。
この砦に到着して思ったのが、ここのゴゴゴたちの体格がすごく良いってことだ。
街中を移動する荷運び用のゴゴゴたちを基準とすると、砦のゴゴゴは一回り大きい。
どうやらこの人、ゴゴゴ大好きっぽい。
うふふふ、うれしいなあ。
「分かりました、ゴゴゴの育成に関しては王宮の魔獣担当の老師から直接指導を受けましたので」
「おお、あの老師から直接!、ありがたい」
ということで、俺たちはしばらくの間、ゴゴゴ育成談議に没頭した。
ギディだけじゃなくエオジさんにも呆れられたけど、いいよね、どうせ暇だし。
何か部屋の隅で音がしてると思ったら、先ほどの女性秘書官がメモを取っている。
なかなか優秀そうな女性だな。
年齢はたぶん母さんより下、二十歳後半くらいだろう。
日に焼けた肌と黒髪黒目、ブガタリアの女性らしい逞しい働き者の身体付きだ。
決して太ってはいないが出るところは出てるのをゆったりとした軍服で隠している。
ブガタリアの女性はだいたいが露出は控え目だけどね。
俺が気にしたのを察した責任者の男性が、女性に顔を向ける。
「ああ、あれは妻です。 どうしても一緒に働くと言って聞かなくて」
顔を上げた女性がニコリと微笑み、エオジ兄が顔を赤くして照れる。
ほお?。 そういう女性もいるのか。
「いえ、有能そうな方だと思って見ていました。 不躾でしたね、すみません」
俺は笑って秘書官にも挨拶する。
そういえば、西の砦には女性がいなかった。
だから砦では給仕も掃除もすべて兵士が当番制でやるものだと思っていた。
ここには少しだけど女性の兵士の姿がある。
軍服を着ていない女性は地元部族から働きに来ている者たちだろうか。
俺の中で何かが引っかかる。
「女性は地元の方も多いのでしょうね」
むさくるしい男性ばかりの兵士たちの中に、地元の部族の若い女性たち。
「ええ、若い兵士の中には張り切り過ぎてしまう者もいますよ」
エオジ兄は笑っている。
女性の兵士がいるから地元の若い女性たちも安心して働ける、確かにね。
責任者自身が嫁さんを連れて来ているのに、部下に恋愛するなとは言えないよな。
だけど、それは本当に恋愛なんだろうか?。
「どうかされましたか?、殿下」
俺が黙り込んだのでギディが声を掛けて来る。
「エオジさん」
俺は真っ直ぐにエオジ兄の顔を見ながら護衛を呼ぶ。
「どうした?」
出入口まで離れていたエオジさんが俺のすぐ横に立つ。
「ここの国境の出入りの書類を一度調べてください」
「へ?」
エオジ兄が驚く。
ピリッとした空気が流れた。
「知ってますか?。
隣国ヤーガスアはイロエストからの移民が増えてるそうなんです」
そうしてヤーガスアは、武人の国ではなくなりつつある。
イロエストから女性が入り、ヤーガスアの男性たちを骨抜きにしたからだ。
決してそれだけが原因ではないだろうけど。
ブガタリアと同じ血を引く民族だから分かる。
脳筋は女性に弱い。
そして、その女性こそが国の
それが他国の女性だらけになってしまったら、そこはすでに違う国だ。
「この砦にヤーガスアから女性が働きに来ていませんか?」
地元民族ではなく、ヤーガスアからの出稼ぎ労働者。
軍の関係施設でそれは不味い。
「そ、それは」
ガタンと音がして顔を向けると、怖い顔で女性秘書官が立ち上がっていた。
「殿下、聞いてください!」
俺に顔を近づけてくる。
はい、何でも聞きますから、ちょっと待ってえええ。
俺はギディにホーディガさんへの伝言を頼んだ。
「しばらく、この砦に滞在すると伝えて欲しい。
ここでの話の内容はまだ知らせないで、ただ東の部族の出方を待つと伝えて」
おそらくだけど、ホーディガさんもすぐにはここを発つつもりはないと思う。
王都と東の砦は、早いゴゴゴなら片道二日、往復四日で済む。
もう伝令は出ていると思うよ。
そして、そこから俺たちは責任者の部屋で食事を取りながら話を聞く。
どうやら若い女性たちに入れあげる兵士が多いらしい。
「見た目がその、髪の色も瞳の色も違いますから」
国境の部族は他国からの使者や商人が入り易い。
他国の若い女性たち。 若い兵士たちには目新しく、魅力的なものに見えるのだろう。
その中身までは分からないのに。
脳筋だからな。 はあ。
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