第32話 許可というものは
謹慎を言い渡された翌日から、俺は王宮の階段を駆け回っていた。
基本、家から出ちゃいけないんだけど、身体を鍛えるのはブガタリアの民族としては基本中の基本なので何も言われない。
厩舎の世話はじいちゃんがやってくれる。
テルーの巣についてはじいちゃんが家に来てくれて色々相談しながら進めているけど、まだ結論は出ていない。
ごめんよ、待たせて。
あれからテルーは西の崖辺りをいつも通り飛んでいる。
俺は毎日、こっそり北門の見張り台へ行く。
そこから単眼鏡でテルーを確認しながら、向こうから見えるかどうか分からないけど手を振った。
遠くからピィーーーと声が聞こえた気がする。
「何で大鷲は砦まで行ったのやら」
じいちゃんは未だに首を傾げる。
俺に会いに来てくれたのは確かだけど、どうして今さら思い出したのかとか、まだ色々と分からないことが多すぎるんだよな。
まだ夜も明け切らない薄暗く長い階段を駆け上り、駆け降りる。
王都の北の山肌にある王城は三階層に分かれ、長い階段で繋がっていて、ゴゴゴに騎乗して上り下りする人が多い。
俺は小さい頃から身体を鍛えるために、誰もいない時間に自分の足で往復していた。
今は、その隣を黒いゴゴゴが走る。
「グロン、付き合ってくれなくていいんだぞ」
グルグルグルッ
気にするなってか。
王都に戻って来てからは、弟たちの声は聞こえない。
まあ、雰囲気や表情で分かるから問題無いけどね。
王都の住民たちの歓迎ぶりとは反対に、あれから王宮内では俺をまるで腫れ物みたいに扱っている。
今までも無視されたり、平民扱いはあったけど、何だか今は微妙な対応になっていた。
「はあ、やっぱりやり過ぎだったかな」
他国だからって、公主一族に第二王子として名乗っちゃったし。
やっぱり調子に乗り過ぎたのかな。
反省だああ。
ドドドドド
グロンと一緒に
「お前、何やったんだ」
朝食を食べていたらエオジさんが顔を出した。
あ、パンは取らないで、俺の食料!。
「何って、いつも通りだけど」
「はあ?、魔法の申請来てるって聞いたぞ」
「え?」
魔法の申請って、魔法を使う許可の申請だよね。
普通は十歳になった子供が指導してくれる魔術師と共に訓練して、魔術師がその子供の力を認めると王宮内にある役所みたいなところに申請される。
これが通ると普段の生活で魔法を使って良いということになる。
つまり一人前として認められるわけだ。
俺は首を横に振る。
「確かに謹慎のお蔭で魔法書は全部終わったけど、俺は何にも言ってない」
デッタロ先生が何かしてるのかな。
ふうんと言いながら、エオジさんが今度は俺の皿からハムを奪う。
止めて!、俺、腹減ってるんだってば。
「それよりさ」
俺は不機嫌な顔でエオジさんに訊いてみる。
「俺の謹慎って、いつまでなの?」
あれから五日は経ってる。
エオジさんは、奥にいる母さんを横目で見ながら、ため息を吐いた。
「コリル、お前に修行の話が来てる」
「へっ?」
この国ではある程度の年齢になると修行として他国を回る習慣がある。
男子限定だけど。
だいたいは二十歳の祝いを過ぎてからだ。
「それと俺の謹慎と何の関係があるのさ」
エオジさんが母さんに聞こえないように俺に顔を寄せてきた。
「イロエストとシーラコークの両国がお前を招待したいと言って来てる。
陛下はまだ十歳にもなってないお前を出すわけにはいかないと断ってる状態だ」
俺が色々やらかしたせいで、年齢に関係なく招待出来ると向こうは判断したらしい。
「今、またお前が色々やらかすと、その言い訳も通用しなくなる。
あの大鷲なんかそうだ。
他の国にバレてみろ。 お前は下手すると王太子より上の扱いになるぞ」
ヴェルバート兄はまだグリフォンに乗って飛んでいない。
その上、俺の魔法の申請が出てるから、エオジさんが確認に来たわけだ。
俺の背中を冷たいものが流れる。
食事の手を止めて考える。
魔法の申請に関しては俺じゃないから、どうしようもない。
デッタロ先生に確認だ。
他国へ修行に行くのは父王の言う通り、俺の年齢的にまだ早いと思う。
だけど、大鷲のテルーのことは今すぐにでも何とかしたい。
魔獣担当のじいちゃんが、きっと何とかしてくれるとは思うけど、娘のことだもの、パパの俺が少しでも手をかけたい。
「じいちゃんは何か言ってる?」
俺は厩舎にも行けないので、じいちゃんが忙しいと会えないんだ。
その時、母さんが食堂に戻って来たので話は途切れた。
「謹慎がいつまで続くのかは訊いて来てやる。
もうしばらく大人しくしてろ」
エオジさんは俺が残したスープを飲み干し、母さんに睨まれて慌てて出て行った。
朝食が終わると勉強の時間なので自分の部屋へ行く。
俺の部屋は二階で、窓から厩舎やゴゴゴたちの運動場が見渡せた。
弟たちは時々、勝手に厩舎を抜け出して、俺の部屋の屋根や壁に張り付いていて、驚かせるので母さんには不評だ。
「せめて厩舎にだけは入れるようにしてもらいたかったわ」
うん、俺もそう思うよ。
街の学校で教師をしているデッタロ先生が、いつも午前中に家に来てくれる。
魔法書が終わったので、俺がシーラコークから持ち帰った他国語の本を読めるようになりたいとお願いしていた。
「おはよう、コリル」
「おはようございます、先生」
いつも時間ピッタリなのも、デッタロ先生が脳筋ぽくないところだね。
見かけは父王より背も高いし、筋肉も服の下に隠してるけど結構たくましい。
噂では、若い頃は父王と王位継承を争っていたとか?。
先生が国王だったら、この国は武寄りじゃなく、魔法寄りになってたのかなあ。
「コリル、勉強に集中しなさい。 君は本当に落ち着きがないね」
「あ、すみません」
怒られちゃった、ショボン。
勉強の合間の休憩時間。
俺は先生に申請のことを聞いてみた。
「ふむ、コリルの耳に入ったのなら黙っている必要はないね」
二人で母さんが入れてくれたお茶を飲む。
母さんは俺たちのお茶を用意したら、すぐに王宮内の仕事場に戻って行った。
「すぐに許可は下りるだろうと思って申請をだしたんだが。
何か問題があるのか、まだみたいだね」
はい、俺がやらかしたせいです、ごめんなさい。
「じゃあ、先生はもう俺は魔法を使っても大丈夫だと思ってるんですね?」
デッタロ先生はお茶のカップを置いて、俺の顔を見た。
「君のお
あ、しまった。
そういえば、公女と会った時、危険を感じて咄嗟に使ったな。
「私は叱るつもりはないよ」
俺の顔色が悪くなったのに気づいて、先生はそう言って笑った。
「コリルはあれだけ高位の魔術書を理解して、ちゃんと魔法が使える。
だから魔法を使う許可を、卒業の祝いとすることにしたんだ」
『物』ではなく『許可』という魔法を使える環境を用意してくれたのか。
「ありがとうございます、先生」
でも今はタイミングがちょっと悪かったみたい。
「そう、それでね。
あの魔術書だけど、コリルはもう終わったから必要ないね」
俺は頷く。
「実は、ヴェルバート殿下も勉強したいとおっしゃって、私が教えることになった」
は?、兄様はもう終わったんじゃ……?。
俺の疑問は顔に出たらしい。
「イロエストの教育担当は本当にデタラメだったようで。
コリルには難しいことを要求しておいて、ヴェルバート殿下には簡単な指導しかしていなかったんだよ」
試験に通るだけの魔法しか教えていなかったらしい。
何だかヴェルバート兄がかわいそうになってきた。
「コリルが他国に行ってる間も王太子殿下の勉強をみてたけど、思ったより優秀だね」
すぐに俺を追い越しそうだと聞いて、俺は心から安心した。
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