第31話 孫というものは(別視点)


 ブガタリアの豪商の一人マッカスは、孫のコリルバートのことを考えていた。


今まであまり構ってやれなかったが、今回の商隊の旅でとても愉快な奴だと知ってしまった。


もっと早く気づいてやれば良かったなと思う。


 マッカスの娘で、国王の側妃であるカリマ。


王族の血があまりにもブガタリアから離れることを嫌う部族の意向として差し出した娘である。


その息子はあまり筋肉も頭も優秀とはいえないと報告を受けていた。


「当たり前だ、まだ幼い子供なのだぞ」


マッカスはそんな言い訳をして、孫をちゃんと見ていなかったことを反省した。




 マッカスが娘のいる王宮にあまり足を運ばなかったのには理由がある。


娘カリマの母親が数年前に病で亡くなったからだ。


このブガタリアは一夫多妻が普通で、富豪であるマッカス自身も何人かの女性の世話を頼まれて妻にした。


しかし、自らが頼んで妻にしたのはカリマの母だけだった。


マッカスはその妻の死に耐えられず、仕事に逃げ、母親に良く似た娘に会うのを避けていたのである。


 ようやく悲しみを乗り越えて娘に会いに来てみれば、孫は娘と、そして愛した妻に非常に似ていた。


艶のある黒髪に丸く潤んだ黒い瞳、いつまでも子供のように笑い、小柄で体力があり、豪胆だった妻に。




 マッカスは国に戻ってすぐにガザンドールにシーラコーク公主国での報告を行った。


主にコリルバートの話である。


 着いた初日の外相の歓迎会で毒を回避してみせた。


外相の娘をゴゴゴに乗せているところを、その兄に見つかる。


その外相の娘と会うのを禁じられると、翌日には図書館でこっそり逢引。


外相のお詫びの食事会で、公女に会ったのは予想外のこと。


しかも、食事をした店からお礼の食材を大量にもらって来た。


父親であるガザンドールは訳が分からないと頭を抱えている。




 マッカス自身はコリルバートには確かに少々の問題はあったが、取るに足らないと考えている。


しかし、どうやらシーラコーク公主一族から抗議が来たらしい。


あの白い髪の公女は「恥をかかされた」とコリルバートに対し憤慨しているという。


「正式なものではないが、外交上、コリルバートには何某なにがしかの罰は必要になる」


その目で見ていたマッカスが抗議しても、ガザンドールの意志は変わらなかった。


(やはりこの男は器が小さいな)


マッカスは心の中でガザンドールの評価を下げた。


 しかし、あの孫の言動は予想出来ないものである。


初めての旅で僅かな日程にも関わらず、コリルバートのお蔭でブガタリアが得たものは多い。


これまでは田舎者だと下に見られがちであったが、コリルバートの噂を聞いた者たちは、ブガタリアの王子の賢明さを知り一目置くようになったのだ。


本当に今回の取引は普段より、かなり優位に行われたのである。




 コリルバートが一足遅れでブガタリア王宮に到着し、ガザンドールが謹慎を言い渡した後、マッカスは王宮の一室で待たされていた。


「外相の娘に、大鷲か」


クククッとマッカスが笑っていると、エオジを連れたガザンドールとカリマ、おまけに正妃ヴェズリアまでが部屋に入って来た。


向かいの長椅子に国王と正妃が座り、護衛のエオジはマッカスの椅子の後ろに立つ。


侍女であるカリマがお茶を用意し、終わるとマッカスの隣に座った。




 大きく息を吐いてガザンドールが話し始める。


「今回はコリルバートが大変ご迷惑をお掛けした」


マッカスは片眉を上げてガザンドールを見る。


「何のことかな?。


わしはコリルに助けられはしたが迷惑など掛けられた覚えなどない」


怒気を含んだ声に、隣のカリマが父親の膝に手を置く。


「あの子は初めての旅でしたから、何が正しく、何が間違っているか、分かっていなかったと思います。


見かけがあのように幼いですし、生意気に見えますもの。


随行の皆様には、きっと助けていただくことがたくさんあったでしょう」


「ああ、それは仕方ないと最初から承知していること。


コリルを連れて行くと決めたのは、わしだからな」


娘の言葉に少し気分を和らげる。




 ガザンドールはこっそり息を吐いた。


王都の最大勢力の部族長であるマッカスは、現王の自分より威厳がある。


どうも苦手ではあるが、亡くなった先王とは友人でもあり、ガザンドールを叱ることが出来る数少ない重鎮の一人だ。


商人として年中、国を跨いで商隊で移動しているため、なかなか会うことが出来ない。


「コリルはどうも無茶をし過ぎる。


どこか我々と違う常識を持っている気がするのだ」


ガザンドールは、マッカスにもコリルバートの監視を頼みたかった。


「ブワッハッハ、常識外れか、大いに結構だ。


わしはコリルが古いブガタリアの常識を壊してくれるなら応援したいぞ」


ニヤリと口元を歪めて国王を睨みつける。




「王宮で手に余るなら早いところ、わしの商隊にもらいたい。


すぐに一人前の商人にしてみせる」


「いや、マッカス殿、それはまだ待ってくれ」


コリルバートはまだ九歳だ。 ガザンドールが慌てる。


「あら、でもそれは良い案かもしれませんね」


カリマが同意した。


「そうね、コリルバートならすでに王宮での勉強は終わったでしょうし」


ヴェズリアがカリマと顔を見合わせて、良い案だと頷いた。


 コリルバートには、兄のヴェルバートのような王太子教育がない。


将来は平民になりたいなどと言う子供だが、他国ではそんなものは言い訳にもならないと知ったはずである。




 しかし、ガザンドールにはコリルバートが商人になれば、他国で好き放題にやらかす未来しか見えなかった。


「シーラコークでのコリルの話を聞いただろう!。


あの子は問題を起こすんだぞ」


他国なら大人しくしているかと思って送り出したが、逆にもっと大きな問題を引き起こして戻って来た。


父親としては心配で仕方がない。


 マッカスが再び、ムッとした顔になる。


「まるでわしの孫が悪いような言い方だな、ガザンドール。


先の報告でわしは言ったはずだ。


あの子には一切、責任は無かった。


全ては相手が引き起こし、コリルは巻き添えになっただけだと」


そう言うと、マッカスは立ち上がった。


「コリルバートは見事な大鷲の魔獣を手懐けた。


金髪の小僧はグリフォンに乗れるようになったのかね」


それを言われるとガザンドールは何も言えなくなる。


 フンッと鼻息荒く、マッカスは部屋を出て行った。


エオジは「祖父じじ馬鹿ですかね」と、肩をすくめた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 王宮の魔獣担当のポズ老師は、西の国境の砦から戻って来た。


ブガタリアの魔獣飼育の研究者。


魔獣に関する知識では並ぶ者がいないとされる。


老師という敬称はこの国では最高峰を意味するのである。


「いかがでしたか?、大鷲は」


弟子の一人が厩舎の仕事をしながら、老師に声を掛けた。


「ああ、ありゃあ、もう大丈夫じゃ」


「へ?」




 ポズ老師は、厩舎の中にある自分の部屋に入った。


そこは仕事部屋であり、研究室であり、寝室でもある。


とても厩舎内には見えないほどの文献と、実験道具が並び、部屋の奥には小さな空間が仕切られ、寝台と僅かな家具が置いてあった。


「さて、コリルと約束したからの。


あの大鷲の巣を考えてやらなきゃな」


北の森の地図を取り出し、大鷲の生態の本を探す。


「本当にあいつがこの厩舎に遊びにきてから忙しいのお」


ポズ老師は、知らずに顔を綻ばせる。




 三歳のコリルバートがゴゴゴに触ろうとしているのを見て、真っ青になった。


五歳のコリルバートは国王に自分専用の厩舎を欲しがった。


七歳になったコリルバートはグリフォンの前に飛び出して大怪我を負った。


「王子にしとくのはもったいないのお」


老師はいつか自分も大鷲に乗せてもらえないかと期待しながら、ニンマリと微笑んだ。


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