第30話 愛情というものは


 俺は陽が昇るのを待てなかった。


二つの壁のブガタリア側を駆け上り、広がる森を見回す。


大鷲はおそらく夜は移動しない。


普通の鳥と同じなら鳥目だし。


でもあの大鷲は魔力がある魔獣で、詳しい生態はまだ不明だけど。


 俺は僅かな光で明るくなり始めた空を見上げる。


単眼鏡を取り出して、もう一度、隈なく森の上を見回す。


すると、森の中に一本だけ、突き抜けたように飛び出した木があった。


そして、その木の上に鳥の姿が見える。




「雛さん?、ホントに?」


遠くてハッキリとした大きさは分からないが、羽根の色は分かる。


明るい茶色の頭頂部から、段々と下に向かうほど色が濃く灰色に近くなる。


お腹の辺りは白い羽根があって、大きな翼の先端部分にも白い羽根が並んでいた。


 俺の雛さんの最大の特徴は「首元に赤い羽根がある」だ。


普通の大鷲には無い色。 

 

俺は単眼鏡を覗き込んだまま、涙が出て止まらなかった。


「雛さんだ」


間違いない、見間違えたりしない。




 単眼鏡越しに目が合った気がした。


ピィーーー


遠く、森全体に響くような鳥の声。


そして、その鳥はバサリと大きな翼を広げ、滑空するように木から下へと離れる。


バサバサと羽を動かすと、今度は高く、空へと舞い上がった。


「なんて力強くて、きれいなんだ」


夢中で単眼鏡で鳥を追っていたら、誰かに肩を掴まれた。


「見えたのか?、あれを」


俺が泣いているのを見てハンカチを渡し、じいちゃんが空を見上げる。


それと同時くらいに見張りの声が響いた。





「鳥の魔獣だあ、こっちに向かって来るぞー!」


えっ、待って。


皆、何やってるの?。


迎撃の用意なんていらないよ。


だってあれは俺の。


 すぐそこまで来た雛さんは、父王のグリフォンを一回り小さくしたくらいの大きさがあった。


でかっ。


「コリル!、早く下に降りろ!」


砦の内部が騒がしくなり、魔法や飛び道具を準備し始めた。


じいちゃんが俺の服を引っ張る。


俺は笑って首を横に振った。




 そして、雛さんに向かって精一杯、手を伸ばす。


「ねえ、雛さん。 俺のこと、思い出してくれたの?」


可愛い灰色の毛玉だった、小さな雛さん。


こんなに大きくなって。




【パーパ】


え?。


【パーパー】


雛さん。


そうだ、俺、雛さんに「パパだよ」って教えてた。


「うん、パパだよ。 ごめんね、ちょっと出かけてたんだ。


でも今日、帰って来たよ」


【パーパ】


目の前に大きくなった雛さんの顔があった。


単眼鏡越しだけど。




「危ない!、離れるんだ、コリル!」


俺はハッとした。


ここにいたら雛さんが攻撃されちゃう!。


「雛さん!」


気づいたら俺は壁を蹴って、空へと飛び出していた。


「コリルゥー!」


エオジさんの声が聞こえた気がした。




 パサッパサッパサッ


羽の音がした。


俺は暖かい羽毛に包まれている。


ポワンと魔力で包まれているのを感じて、目を開けて周りを見回した。


「俺、飛んでるのか」


ピューィ


パサッパサッ


景色が旋回する。


乗せてくれている鳥の首元に赤い羽根。


俺の雛さんだ。


「ありがとう、帰って来てくれたんだね」


首元の羽毛に顔を突っ込んで泣いた。




 砦の壁の上にはたくさんの警備兵や商隊の人たちが顔を出している。


強張った顔ばかりが並んでいた。


俺は雛さんに指示して、砦から少し離れたところに着地させる。


「おーい、俺は無事だよー」


雛さんから降りて手を振ると、ザワザワとしていた砦から何人かが出て来た。


「コリル、このバカ!」


エオジさんに真っ先に殴られた。


軽い子供の身体が吹っ飛ぶ。


「ごめんなさい」


だけど俺は痛みなんて全然感じていなかった。


雛さんが俺を受け止めてくれたから。


ゆっくりそのまま、俺と雛さんは歩いて砦の中に入れてもらった。




「すげえなあ、こりゃあ」


雛さんを見ながら、じいさんが口をポカンと開けている。


弟たちも近寄って来て雛さんに挨拶しているみたいだ。


横に長いゼフに比べて、全体に丸い大鷲の雛さん。


ん-、良い勝負だ。


「おい、どうすんだよ、これ?」


エオジさんが引きつった顔で弟と雛さんを見てる。


「どうって?」


「はあ?、お前、これを王宮に連れて帰るつもりか!?」


あー、入れる場所がないかー。


「じゃあ、北の森に放し飼いでいいかな」


ボソッと呟いたら、エオジさんとじいさんが二人して頭を抱えた。


「コリル、それ絶対問題になるぞ」


そうかなー?。




 おそらくブガタリア国内で大鷲の魔獣はきっと脅威として噂になっているだろうと、伝令が先に走って行った。


祖父じい様は大きな雛さんを見上げて、豪快に笑っている。


「さすが我が孫コリルだ。 このような魔獣まで手懐てなずけるとは」


うむ、俺はやっぱりこの祖父じい様の孫だなって思う。


多少のことには全然動じないで、いつでも尻拭いはしてやるぞって顔で俺を見守ってくれる。


ありがたい存在だ。




 祖父じい様と商隊には、魔獣担当のじいちゃんを連れて先に出発してもらう。


俺とエオジさんは雛さんを連れて、ゆっくり帰ることにした。


 商隊を見送って俺たちは砦にしばらくお世話になる。


「お前さ、雛さん雛さん言ってるけど、これ、もう雛じゃねえからな」


砦の皆と食事を摂りながらエオジさんが不機嫌そうに横目で俺を見る。


ごめんね、せっかく王都が目の前まで来て足止めで。


名前かあ。


「女の子なんだよねえ」


ゴゴゴが弟たちだから、雛さんは俺の娘ってことだな。


娘と聞いてエオジさんが食事を盛大に噴き出した。


あ、汚い。




「テルー」


俺の頭にどこかのアニメの画像が浮かんだ。


あれも確か少年と大きな魔獣?、になる女の子の話だった気がする。


「テルー、でいいか?」


俺は外に出て砦の広場で蹲っている雛さんに声を掛ける。


キュルン


何でツンツンが返事するのさ。


ゴフゴフゴフ


お前、デカイ仲間が出来てうれしいんだろう。


グルグル


グロンはあんまり興味なさげだな。


っていうか、雛さんを食べ損なったことを思い出して不機嫌になったんじゃね?。


ピィーピィー


俺に顔を寄せてくるテルーを撫でる。


娘って可愛いなあ。




 三日後、祖父じい様たちが王宮に到着したころを見計らって、俺たちは出発する。


「いいかい、テルー。 いつもの西の崖の下で待っていて。


その後で、俺のいる北の森の近くに目印を作ってお前の巣にしよう」


じいちゃんと相談して、グリフォンの邪魔にならないギリギリの線を探すことになった。


【ワカッタ】


ピィーーー


大きな鳴き声を残して高く高く空を上っていく。


ブガタリアの人たちに見つからないよう、こっそり帰るんだよ。


俺は点になっていくテルーに手を振った。




「さあ、俺たちも出発しよう」


エオジさんと、グロンに乗った俺とツンツン、ゼフも一緒に移動を開始する。


ゼフに載せていた木箱は、ほとんどが俺宛の荷物とゴゴゴたちの食料だったので特に問題はなし。


二日後に王都へと帰還した。

 


 

 俺が王都に入ると何故か大歓迎された。


道の両端に住民が並んで手を振っている。


「おかえりなさいー、コリルさまー」


ん?、なにこれ。

 

一応、手だけは振っとくか。


「きゃー」


は?。


訳が分からないまま、俺は王宮の南正門に到着した。


 門番に、そのまま王宮のある最上段に向かうように言われて頷く。


早く母さんに会いたいしな。


そう思うと、グロンの足が早まるのを感じる。


 段を上がったすぐの広場に、何故か父王と祖父じい様、それにヴェルバート兄までいる。


嫌な予感しかしない。


 俺はグロンから降りて正式な礼を取り、帰国の挨拶をした。


「ただいま戻りました」


「……」


え、父王、何か言ってよ。




「コリルバート、長旅ご苦労だった」


やっと声が聞こえた。


だけど、次の言葉に俺は衝撃を受けた。


「ブガタリア第二王子コリルバート、お前に謹慎処分を言い渡す。


これから当分の間、外出を禁ずる」


な、なんで!?。


祖父じい様の顔が歪んでいる。


俺はシーラコーク国でやらかしたことを数えながら、「あー」とため息を吐いた。


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