第5話 いざ、決戦へ

 ・・・・・・と、いうわけなんだ。ちょっと長ったらしく話してしまったけど、理解してもらえただろうか。要するに。僕は田中花子という人間にうまいように操られ、今日という日を迎えたのだ。ここまでくると怪異とも呼べそうだ。


「やあ、新庄くん。」


 薄暗いステージ袖に、田中がいつもと変わらない様子で近づいてくる。


「そんなに緊張してなさそうだね。君にしては上出来上出来。」


「どこ目線で話してるんだ。っていうか、そっちこそ全然緊張していないみたいじゃないか。部活存続の危機だっていうのに。」


 この二日間で、僕らはだいぶ親交を深めたと思う。いや、最初からそこまで馬が合わないでもなかった……と思う。戸惑いはしたものの、決して彼女のことが嫌いと言うわけでもなかった。


 しかし、親交を深めたことによって思わぬ代償を払うこととなる。


 クラスメイトから、冷やかしや嫉妬、妙なものを見るような視線が送られるようになった。


 理由は簡単。僕が家庭科部に入部したから。そしてもう一つが、田中が男女問わず誰からも愛される存在だったからだ。


 家庭科部に男が入部したらそりゃ、注目を集めるだろうということは大体予想していた。誤算だったのは、今や変な噂が学年中に知れ渡っていることだ。なんと、僕が田中に一目ぼれをして無理やり言い寄っているというデマが流れているのだ。そのデマのせいで、田中に行為を抱いていた男ども、普段から仲良くしていた女子、ありもしない噂に好奇心でいっぱいの者たちから様々な視線を浴び続けている。


 ただ、不思議なことにその噂について詳しく聞いてこようとする人はいなかった。そこまで踏み込む勇気はないのかもしれない。僕だって、傍観者側に立っていたら同じだ。


 本当に、噂と言うのは怖いものだ。最初はおたまじゃくしサイズのささいな噂だったのに、徐々に成長して蛙となって飛び回り、とんでもないものになってしまっている。もうこうなってしまえば手に負えない。


 しかしこの噂、田中は知っているのだろうか。あれだけ顔が広ければ、どこから田中の耳に入ってもおかしくはない。


 ……いや、入っていないことを願う。


「部員のことなら大丈夫だって!」


 何を勘違いしたのか、田中はその底抜けに明るい声をさらに明るくして僕を勇気づける。別に僕はそこまで部員に関しては心配していない。最悪、一人くらいなら田中がどこかから引っ張ってくるのでは———


 ごほん、失礼。その見事な説得で、まだ名も知らぬ新入生の心をつかんでくれるだろう、と思っている。


「その自信はどこから来るのさ。」


 親指をぐっと突き出す彼女に、ため息をつきながら尋ねた。


「‥‥‥‥勘。」


「‥‥‥‥」


「ダイジョーブだって。私が口にしたことは大体その通りになるんだから。」


 自信満々に言い切った彼女を見ながらふと、この憎めない性格が周囲の人間を引き付けるのだと思った。ここまではっきりと言い切られるとなんだか清々しい気分になってくる。


「美術部の皆さん、ありがとうございました。続いては、家庭科部の発表です。よろしくお願いします。」


「そんじゃ、いっちょ行きますか。」


 大きな拍手の中に、彼女は歩いていく。僕もその後を追って歩き出す。薄暗かったステージ袖から出た僕には、外から差し込む光がとてもまぶしく感じられる。


「えー、これから家庭科部の発表を始めます。と、その前に今日は私のアシスタント君に私が話している間、このボウルの中の生クリームを泡立ててもらいます。家庭科部員の彼ならきっとできるはず!」


 なったのは三日前だけど。


「はい、じゃあまずは家庭科部の活動内容から。活動は週3回で———」


 田中が部活の紹介を始めると同時に僕はボウルの中の生クリームを泡立て始めた。練習はこの二日間みっちりやった。まだ不安は残るけれど、大体のコツはつかんでいるから何とかなるはずだ。


 今回かき混ぜているのは250cc。一生懸命やれば一分ほどで終わる。発表の時間を考えれば多少余裕がある。


「私たちは主に裁縫をメインに活動しており、調理は一月に一回———」


 田中の言葉の横で泡だて器とボウルが奏でる軽快なリズムに視線が集まっているのを感じる。みんな、僕のことをどう思ってみているのだろうか。


 ———いや、もうそんなのどうだっていい。今はとにかく、手を動かし続けるんだ。


「2年生の3学期から3年生の夏、卒部にかけて私たちはキルトフェスティバルに出品するための作品を制作します。現在、3年生4人で進めています。」


 田中はいったん言葉を切って「ふう」と息を吐き出すと、また深く吸い上げる。


「20年ほど前の家庭科部の先輩たちは、そこで賞を受賞しました。素晴らしい快挙です。しかし、私たちは賞を取ることを目標とはしていません。」


 体育館全体がギョッとした。もちろん僕もだ。そんなの聞いていない。


「当時の先輩たちは賞を取ることよりも、卒業しても再開できることを望んで、その熱い思いをキルトに込めました。だから、私たちもそんな思いを抱いていたい。また会いたいと思えるような絆を築いていきたいと、考えています。」


 この言葉は、きっとこの場にいるほとんどの人に「きれいごと」としてとらえられているかもしれない。僕だって「きれいごと」だと思っている。


 でも、それでいいのだ。それが田中花子という人間だ。


 僕の持っているボウルの中身もだいぶ仕上がってきた。これならもういいだろう。大丈夫だと田中に目配せすると、彼女も小さくうなずいた。


「さーて、そろそろ生クリームの方も頃合いのようです。じゃあ新庄くん、お願いします!」


 僕はあらかじめ用意されていた書画カメラというもの(どうやら手元を拡大してスクリーンに映し出してくれる機械のようだ)にうまい具合にボウルの中身を見せる。そして泡だて器をボウルから上げた。ツノが、立っているのがわかる。


 よし、成功だ!!


 隣にいる田中も嬉しそうに顔をほころばせている。


「見てください!見事にツノが立っています!さすが家庭科部唯一の男子!やるときにはしっかりやる男です!!」


 なんだか褒められているような、いないような。


 体育館のあちこちからざわめきに似た笑い声が聞こえてきた。僕は急に恥ずかしいやら、緊張するやらで赤面して俯いた。


「ぜひ、興味があれば見学に来てください。これで家庭科部の発表を終わります。ありがとうございました!」


 何はともあれ、僕らの部活動発表および、部の存続をかけた決戦は閉幕した。





※作者より

 今回、生クリーム250㏄を1分~2分で泡立てることができるという設定になっていますが、私が実践したわけではなく、ネット上で調べた結果を使っております。そのあたり、ご了承ください。


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