第20話 8月24日、ジョージ・グリーンの痛み(続)
「本当ね。ジョージはトムの死については触れたくないのね」
と、私が言った。
「自殺となれば、尚更なのは分かるのですが…」
と、メリルが呟いた。
「トムのことだけじゃないわ。施設を出た時に全部捨てちゃってる時点で、それまでの過去を全部捨てたのよ、ジョージは」
と、黒猫が言った。
「まるで、私ですね、故郷をあとにした時の。やっぱり似た者同士が夫婦になったんだと思います」
と、メリルが言った。
部屋に戻って来たジョージが、ありました、とトムの写真を見せてくれた。
トムの5、6歳くらいだろうか、切れ長の目が笑っていた。そして、学生服を着た写真。袖が長くてぶかぶかなところを見ると、入学したての13歳くらいだろうか。そして、急に大人びた青年期のトムの写真があった。確か、16歳か17歳くらいの写真だ、とジョージが教えてくれた。
「可愛い。これは?」
と、私は、ひと際色褪せた写真を手に取った。
三輪車に乗って笑っている小さな男の子。その横に立っている、もうひとりの小さな男の子が写っていた。
「それは、お母さんが大事に肌身離さず持っていた写真です」
と、ジョージが言った。
写真の裏には、トムとジョージの名前が記されていた。
「私、それを見た時、ああ、この人はやっぱり“お母さん”なんだって思いました。離れていても、忘れてはいなかったんだって」
と、メリルは言った。
メリルはそれまで、ジョージの母親を内心許せないでいた。メリル自身、故郷を出てから、女手一つで二人の子供を育ててきただけに、同じような境遇でありながら、正直、子供を捨てることが出来る母親の気が知れないと思っていた。同性ゆえの厳しさから出た感情かも知れません、とメリルは言った。
「当のジョージからは、母親に対する恨み言ひとつ聞いたことはないのですけれど」
と、メリルは付け加えた。
「ジョージ、あなたはどうなの?お母さんのことをどう思っているの?」
と、私が訊いた。
ジョージは、少し首をひねって言った。
「父がみんなから煙たがられる人間だったので、お母さんも苦労して、それで別れたんだろうと…」
「そう。じゃ、お母さんのことは恨んではいない?」
と、私は訊いた。
「はい。親戚からは、父が私たちをグリーン家の跡取りだからといって離さなかった、と聞いたことがあります。だからお母さんは、私たちと無理やり引き離されたんだと思っています」
と、ジョージは言った。
「そう。じゃ、お兄さん、いえ、トムはどう思っていたのかしら?」
と、私は訊いた。
「兄は、そうは思っていなかったと思います。どちらかというと、お母さんを恨んでいたかも知れません」
と、ジョージは答えた。
「じゃ、お父さんはどんな方だったのかしら?」
と、私は訊いた。
「父はグリーン家の跡取り息子として甘やかされて育ったから、あんな人間になったって親戚が言っていました」
と、ジョージが答えた。
「そう。ジョージは、お父さんをどう思っていたの?」
と、私は訊いた。
「私は父から、別れた母親にお前は似ているから見ているだけで腹が立つ、と言われ続けてきたので…。だから、父のことは嫌いでした。どうせ自分は父に嫌われているからと…」
と、ジョージは答えた。
「じゃ、トムは、お父さんのことをどう思っていたのかしら?」
「兄は私とちがって、父に可愛がられていた…と思います」
と、ジョージは少し考えるように言った。
「そう。じゃ、トムはお父さんのことを好きだった?」
と、私は訊いた。
「兄は父に可愛がられているのに、父が嫌いだと言っていました。私は兄に、可愛がられているくせに何故嫌うんだ、って訊いたことがあります」
「それで?」
と、私は訊いた。
「兄は、何も答えませんでした」
と、ジョージは言った。
ジョージは少し疲れているようだった。
私は、質問を変えることにした。
「ジョージ、もう少し二人のことを聞かせてね」
と、前置きをして続けた。
「養護施設は、どんなところだったの?」
「施設の中は、よくある子供の世界でした。上級生が、下級生を力でねじ伏せるような…。私もよくいじめられました」
と、ジョージが空っぽの笑みを浮かべた。
「トムもいじめられていたの?」
「兄は、私ほどは、いじめられていなかったと思います」
と、ジョージは言った。
「どうして?」
「私は、小さい頃からケンカも弱くてよく泣いたから……私は面白がられて、からかいやすかったんだと思います。だけど、兄はケンカはそんなに弱くはなかったと思います」
と、ジョージは言った。
「じゃ、弟のジョージがいじめられている時、トムはどうだったの?」
と、私は訊いてみた。
「兄は…わかりません」
と、ジョージは言った。
「それは、ジョージがいじめられていることをトムは知らなかったってこと?」
と、私は訊いた。
「……知っていたと思います」
と、ジョージは言った。
「知っていたのね。その時、トムはどうしていたの?」
「上級生と一緒に見ていた……と思います」
と、ジョージは答えた。
黒猫が、煙草に手をやった。カチッとライターの音がして、火が点いたのを確かめた。
「ジョージ、辛いことばかりをきいてごめんなさいね。今日は、ここまでにしましょう」
と、私は言った。
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