VS暴水鬼その4 この戦いに幕引きを


 暴水鬼と炎の巨人ゴーレムによって繰り広げていた乱打戦、その壮絶な戦いはいつの間にか単純な力が物を言う取っ組み合いへと移行していた。

 手と手を絡ませ合い、互いに相手を屈服させようと渾身の力を振り絞る。


「こん……のぉおおおおお――!!!」 


『――グォオオオオオオオ!!!!』


 戦況はおよそ四対六。

 ガス欠が近くやや追い込まれ気味の巨人。

 力の差に気付き勢いづく暴水鬼。

 二体の位置は最初の位置よりフランネルの方へ。

 僅かずつ、しかし確実に迫ってきていた。


 このままでは押しきられる。

 今集中を切らしてしまえば限界寸前の巨人が砕け散ってしまうだろう。

 そうはさせるものかとその場で踏ん張り、必死に力を送り続けるフランネル。

 汗を流しながらどうにかこの状況を逆転させる手立てはないものかと思考を巡らせていると、横の方から徐々に近づいてくる二つの足音が聞こえてくる。


「フランネル殿!」


「――オウガイさん!」


 鴎垓の呼び掛けに向く視線。

 彼女の瞳にフィーゴと鴎垓が駆け寄る様が映る。

 助かった。

 これで不利な組み合いから脱して体勢を立て直すことができる、そう考えた彼女の言葉は声に乗る前にひた走る鴎垓の叫びがそれを遮った。


「すまん、もう暫くそのままで頼む!」


「はぁああ!?」


 何言っちゃってんのこの人!?

 あまりの内容に言おうとしていた言葉がどこかへ飛んでいき。

 代わりに淑女らしからぬ叫びが響く。


「これを見てよくそんなこと言えますわね!

 わたくし今大分追い詰められているのですけど!」


「すまない! だが必要なことなんだ!」


「フィーゴさんまで!? 一体何のことですの!?」


 そして鴎垓だけではなくフィーゴまで。

 二人して意味の分からないことを口走って何が何だか。

 この状況を見て何をしようというのか。

 しかし――


「――奴を倒す手立てが見つかったんじゃ!」


「――なんですって!?」


 ――鴎垓が次に叫んだその内容は、額に青筋立ちそうになっていた彼女を別の意味で驚かせるものだった。

 一体いつの間にそんなことが分かったというのか。

 だがそれと自分のこれにどう関係が―― 


「奴をぶっ殺すためのとびっきりの手段じゃ!

 だがそのためにはお主に奴を抑えていてもらう必要がある!

 だから頼む、もう少し頑張ってくれ!」


「――っ」


 分かったのはそれだけ。

 しかし彼女にとってはそれで十分伝わった。

 とにかくこの状況を巻き返せばいい。

 そうすれば逆転の目がある――自分が何をすればいいか理解したフランネルの瞳にギラリと好戦的な輝きが満ちる。


「そういうことなら――」


 刹那――残る力を振り絞り。

 巨人、猛炎吹き上げ。


「――任してもらってよろしくてよ!」


『――グォオ!?』


 盛り返す――!

 再び拮抗する二体。

 しかしそれは。

 彼女の力が底をつくまでのほんの数秒。

 あとどれだけ持つか分からぬ。

 儚い隆盛りゅうせい




 ――だが。




「よし! あっちはあれでいい!

 このままやるぞフィーゴ殿!」


「分かった!」


 この二人にはそれだけあれば、十分どころ十二分……!

 まずは鴎垓。

 方向確認、その場で飛び上がり。

 

「『殴盾シールドバッシュ』――!!!」


 次にフィーゴがすかさずその下に入り込み。

 全身の筋肉を総動員させた渾身の重撃。

 それを盾に、そして鴎垓に。

 伝え。

 即席発射台

 鴎垓を打ち上げる!


「くっ……!」


 凄まじい風圧と重力。

 衝撃に体の至るところから悲鳴を挙がり、大剣を持つ両腕は諸共に引き千切れようかと言わんばかり。

 だがここは我慢の一念。

 この一瞬は逃せない。


「もう……むりですわ……!」


 迫る巨人の限界。

 所々に入った罅が更に大きく。

 主人の顔に苦悶が浮かぶ。


「今度のは――」


 しかしその苦労甲斐はあり。

 疾走駆け寄るフィーゴ。

 彼女を越え。

 巨人の背後。

 構えて。


「――一味違うぞ!」


 『盾壁シールドウォール』――聳え光の防壁が巨人の背中を急き立てる!

 崩れる拮抗!

 巨人圧倒!

 敵を地面に押し付ける!


「大人しく――なさいなっ!!」

 

 折れぬ膝を無理矢理に。

 力任せに屈服させ。

 遂に止まる暴水鬼!

 そこに差す一つの影。

 打ち上げられし鴎垓の姿が! 


「届けよ!」


 防壁頂上。

 ギリギリで着弾。

 縁を足場に。

 落下の勢いをそのままに回転跳ね飛び。

 巨人の頭を越え落ちる、その先へ。


「こぉこぉだぁあああああああ!!!!!」


 大剣ここぞと翻し。

 重力、腕力、回転力。

 加算に加算を重ねに重ね。

 狙うは一点――一本白磁角!


「 ぶ ち 折 れ ろ ぉ お お お お お お ! ! ! ! ! ! 」


 その狙い。

 気付きしかし。

 腕、使えず。

 体、動かせず。

 口、食い縛り解けず。

 首、辛うじて。

 されど暴水鬼、遅きに失する。




『――ォ、オオオ……?』




 最後の一撃。

 防げず。

 バキリともゴキリとも取れぬ怪音響かせ。

 額より伸びしその白磁の角。

 跡形もなく粉々に。

 瞬間ビクリと体を痙攣させ。

 その抵抗が止む。


「おおおっ――うわっちあっつう!」


「文句はなし!!」


 連続する無茶の反動か姿勢が定まらぬ鴎垓を空中で拾いあげたフランネル。

 腕の拘束を解いた巨人の手に収まる鴎垓はあまりの熱さに叫び、しかしそんなことはお構い無しに呆然自失となった暴水鬼から彼らは急いで距離を取る。

 巨人の手の中から敵を見る鴎垓。

 膝から崩れ落ちた姿勢のまま体の色を失い徐々に灰に近くなっていき、そして――!!!


「くっ――!」




―― ” ド ガ ァ ア ア ア ア ア ン ! ! ! ! !” ――





 一瞬の静寂、暴水鬼その巨体の内より光溢れ――その次の瞬間、鼓膜を破るかという爆音。

 同時に目を焼かんばかりの極光が空間を埋め尽くした。

 光から逃れんと瞑った目、爆発の衝撃に身を竦める三人。

 暫くの発光の後、音の静まりに再び開けてみればそこには……。

 


「……粉微塵、か」



 暴水鬼。

 その悪しき存在は既になく。

 地面に残されし大きな窪み。

 その痕跡だけが奴のいたことを物語るのみ。

 鴎垓が想定していた通り、要の角を砕かれた暴水鬼は有り余る力の制御を失い。

 最後にはその力によって五体全てが塵と化し。

 あの凄まじい悪鬼は、彼らの前から消え去ったのであった。 




「……終わったんですのね」


「ああ、奴は倒れた……私たちの手によって。

 勝ったのだ、私たちは……!」


 戦いが終わったことを確信ししみじみと語るフランネル。

 あれほどの敵と戦い、生き残れたことにほっと安心する。

 フィーゴもまた、この難局を乗り切った達成感に声に高揚を隠せない。

 あとは。


「残るは……か」


 巨人から解放された鴎垓の声に。

 集まるその視線の先。

 空間に鎮座する結晶――【墜界ネスト】の核。

 勝利の余韻を味わうにはまだ早く。

 その中に囚われし少女の救出がまだ、残っていた。


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