腐れ剣客はちょっとだけ本気を出した


 そもさん。

 まず皆様は剣客とは何であるか知っておいでだろうか?

 

 

 始めに言っておくが職業ではない。

 武士や浪士浪人などがそう名乗ることもあるが、それらはあくまで武士や浪人なのであり、決して剣客それ自体が何かの役職というわけではないのである。

 

 ならば”剣客”とは何か。

 然るにそれは

 


  

 ――”ひたするに剣の術に長ずるもの”――

 

 


 辞書には剣術を修行する者、または剣の達人、もしくは単純に剣士のこととある。

 

 

 さて、それを踏まえてこの鴎垓という男。

 自ら腐れ剣客などと名乗る男のこれまで活躍を振り返ってみるとだ。

 

 ・投石でなぶり殺し

 ・素手の格闘で撲殺

 ・短剣で不意打ち

 

 という感じで全くもって剣客らしからぬ戦闘しかしていない。

 まあそもそも武器そのものがなかったのだから仕方がない。


 ――そんな男が、だ。


 異国のものとはいえ紛いなりにもを持ったならば……どうなるか?

 説破せっぱ、答えはこうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ」

 

 袈裟斬りに胴。

 肋骨諸々をスパン――!

 

「ほっ」

 

 斬り上げてシュパッ――!!

 脇より肩、首を飛ばす。

 

「はぁあ!」

 

 蜻蛉の構えより振り下ろしザパァア――!!!

 唐竹割り、左右両断。

 

 

 

 戦闘が始まりもうそろそろ五分といったところか。

 その間に倒されたゴブリンの数、今やられたのも合わせおよそ二十体。

 それに対し、鴎垓の被弾数――ゼロ。

 誂えられた衣服に微塵も汚れを残さぬ立ち振舞いは戦場の中において一際に際立つ姿を浮かばせていた。

 

「剣法影打――『白狼はくろう天狗てんぐ

 急拵えで練りは甘いが、ふむ、この程度の相手なら十分通用するようじゃのう」

 

 フィーゴに貸し出された長剣の刃に視線を這わせ、剣芯などに異常がないかしげしげとそれを掲げる鴎垓に大振りな一撃が横合いから迫るも、

 

「――『毛皮流し』」

 

 ――横に寝かした剣腹によってあらぬ方へと受け流される。


 それを行った襲撃者はたたらを踏んで体勢を崩し、その間に首を絶たれてそいつも死体の仲間入りを果たした。

 

「ふむ、出てきたか」

 

 鴎垓が出会った集団にはこれまでとは違い、大きさでいえば普通の大人くらいの身の丈をしたゴブリンの上位種――ホブゴブリンが何体か含まれていたのである。

 引き連れた手下が次々にやられていくのを見て重い腰を上げた連中は顔を憎悪に歪ませ鴎垓を睨みつけてくる。

 その手には先程やられた奴と同じような太い棍棒が握られており、一撃でも当たれば戦況を逆転させるだけの威力を秘めていた。

 

「ええぞ、斬り甲斐のある奴は大歓迎じゃ」

 

 しかし今回は相手が悪い。

 これがここに来たばかりであれば話は違ったが、一番持たせてはいけないものを与えられた剣客を前にして、この連中では役不足としか言い様がない。

 

「ちぃとはもてよ、こちとらまだまだ体を動かし足らぬでな。

 慣れぬとはいえ剣は剣、使いこなせねば剣客の名が泣こうぞ」


 キチリと剣を構え直し、不敵な笑みで敵を迎える鴎垓。 

 

「さぁて、依頼主も見とるでな。

 少し大袈裟に、やってみるかぁあ!!」

 

 そう宣言するが早いかまるで霞むような足捌きで敵の大将たちへと接近しあえて攻撃の中へと身を晒す。

 ホブたちもわざわざ死にに来た愚か者を歓迎するべく、荒々しい暴力で迎え撃つ。

 研鑽された技と、圧倒的な力が真正面からぶつかり合う。

 どちらが優位かなど、ことここに至っては論ずる必要もないことであった。

 

 

 

 

 そしてその戦いぶりを少し遠くから見ている者たちは、鴎垓の常識とは言いがたいやり方に思い思いに考えを巡らしている。

 

 

 レットは貶していた相手の予想外過ぎる実力に歯軋りし。

 ディジーやミーリックは無謀な突撃に肝を冷やし。

 フランネル一行は躍動する剣士の動きに対応している商品の出来映えに惚れ惚れし。

 そしてフィーゴは教え子を救ったという話が誇張でもなんでもなかったことを改めて認識した。

 

 

 

 ただその中で一番に衝撃を受けているのはおそらく、鴎垓の戦いを一番近くで見てきたレベッカだろう。

 

「あれは、まさか……」

 

「気付いたかね、レベッカ君」

 

 信じられないという思いからつい口から溢れた言葉が隣にいたフィーゴにも届き、言葉の意図を見抜いた彼は確認するように彼女へと問う。

 

「はい、教官。

 オウガイのあの動き、あれは

 

 

 

「――か、それもこの短時間で」

 

 

 

 レベッカの返答に、フィーゴもそう結論着けた。

 

 鴎垓の動きには見るものが見れば分かるような特徴的な技法――例えば腕の振りや剣の角度であったり、踏み込む足の運用であったりと――がこれでもかと含まれている。

 それは灯士を目指し始めた頃から日夜修練を重ね、体に覚えこませてきたレベッカが好んで扱う『操剣法』の特徴である。

 

 

 

 『操剣法』――それは【墜神】を相手取るにあたりもっとも歴史が深くポピュラーな戦闘術。

 剣術の基礎が詰め込まれたこれは長年の研鑽によって習得が比較的容易でありながら、突き詰めればどのような状況にも対応できる万能性を持つ。

 だがその本質は長剣の重さを活かした攻撃にこそある。

 フィーゴはこれに盾を加えた守勢重視の型を扱うが、その基本は変わらない。

 

 しかしそれをはっきりと見せたのはさっきの集団戦の時だけ、しかも二人はレットのフォローで鴎垓たちからは一番遠くにいたのだ。子細な動きなどほぼ見えなかったはず。

 にも関わらず鴎垓はレベッカの動きをほぼ完璧に真似、一部にいたっては彼女を越えた精度で技を使って見せているのだ。

 

 特に相手の攻撃を剣の腹で受け流すあの防御術――『操剣法・盾』に関しては本来両手で行うところを片手で難なく、しかも始めからそうであったかのように攻撃の軌道を変えてみせた。

 それも最小限の手首の動きだけでだ。

 

「あいつ、一体いつの間に……」

 

 それとも始めから使えたのか。

 そう言っている間にも鴎垓はまた一体ホブゴブリンを陥落させ、息つく暇もなく次の獲物へと飛びかかっていく。

 そうして振るわれる剣技は敵を切り刻むたびに精度を増し、動きの中にあった隙がどんどんとなくなっていく。

 

 

 攻撃を受ける回数が減り。

 巨棍棒を避ける間隔が短くなる。

 

 剣速がたえず上昇し。

 敵に与える傷の数も比例して増える。

 

 

 戦力が減り続ける敵に対し勢いが微塵も衰えない鴎垓。

 数匹のホブゴブリン率いられた、ともすれば先の五人が戦った戦力をも越えるものであったはずの群れ。

 しかし集団による数の暴力も、種族の違いによる身体的な脅威も。

 本来にスタイルへと戻った鴎垓の前には通用しない。

 この異世界における初戦闘。

 

 

 

 ――その最初の被害者となり、幾分かの後に全ての敵が滅されるのだった。


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