腐れ剣客と洞窟再び


 

 

「――おりゃあぁあああ!!!」

 

 大声をあげながら一人突撃する赤髪の少年。

 使う獲物はレベッカが使っていたものと同じ長剣だが、力任せに振り回すだけで技も何もない。

 敵のゴブリンを追いかけてどんどんと仲間から孤立していくのを後ろからレベッカがフォローしてどうにか囲まれるようなことにはなっていないが、本人はそれを理解してはいまい。

 

 

「――こ、こっちこないでぇ!!!」

 

 その後方で弓矢を構える茶髪の少女。

 怯えの叫びは本心からだろう、狙いを付けなくてはならないはずが目をつむって適当に矢を放っている。時折赤髪やレベッカの方へと飛んでいったりするが如何せん怯えによる引き絞りの甘さが原因でへにょりと地面に落ちている。

 肝心の敵への命中率もお察しだ。

 

 

「――えい! やぁあ!! とうぉお!!!」

 

 そしてその二人の中間あたりで槍を握るもう一人の少年。

 三人の中で一番背が高く体格もまともそうだが、動きの方を見る限りその実力は他二人とあまり遜色ないようだ。

 威勢よく声を発し勇敢に槍を振ってはいるものの、それは敵の前方の空間を横切っているだけ。

 あれでは敵を倒すとか以前の問題だ。

 

 

 見ている方からすればため息すら吐きたくなるようなお粗末具合。

 それでも彼らがあの数と戦いになっているのは単にレベッカの献身的な手助けと、とある男の活躍によるものであった。

 

 

 

 

 

 

 

「――ふっ!」

 

 言うなれば熟練。

 まるで滑るように群れの前に移動し、すぐさま攻撃に転身。要したは一呼吸――その間に倒したゴブリンの数、なんと五匹。

 恐るべき速さと正確さによる剣撃で赤髪の背後から迫っていた敵を倒し、そのまま前線へと陣取る。

 全身を金属製の鎧で固め、唯一露出した頭を前に向けながら戦闘を続ける。

 

「リット! 前に出すぎるな!! 一旦下がれ!!

 レベッカはあまりリットの動きを意識し過ぎるな、防御が疎かになっているぞ!!」

「うるせぇ! 俺に指図するな!!」

「すみません! フィーゴ教官!!」

 

 左腕に取り付けた円形の盾を時に防御に攻撃にと巧みに使い分けながら、右の剣で確実にゴブリンの数を減らしていくその男。

 的確な判断と素早い行動で三人の足手まといを抱えていてもなお余裕がある。

 

「ディジーはいい加減適当に矢を放つのを止めろ! やるならしっかりと狙え!!

 ミーリックお前は今まで何をやってたんだ! 一旦落ち着いて基礎を思い出せ!!」

 

 更には各自へと指示を飛ばし、個人プレーに走りがちな集団を纏める司令塔の役割をしっかりと果たしている。

 それもこれもこの男――フィーゴのがなければ成り立っていなかっただろう。

 そんな彼の活躍によってあれほどいたゴブリンの群れはやすりに掛けられるかのような様相でその数を減らしていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅむ、あれが『灯気フレア』――というやつの力か。

 何とも面妖なものよのぉ、元いたところでは考えられんような動きじゃわい」

 

 そんな五人の様子を少し遠くから見学している男がいた。

 そいつはつい最近自分が異世界に来ちゃったんだと認めたばかりの、現状レベッカのおまけにしてここにいる誰よりも立場の低い一般人。

 無職以上雑用未満の男。

 ご存じ、腐れ剣客の鴎垓である。

 

「はぁ~あ……しかし、つまらんのう」

 

 現状彼に命じられているのはここで五人の戦闘を見ていることだけ。

 勝手な戦闘は許可されていない。

 彼の立場上仕方ないこととはいえ、これは流石に退屈だ。

 そう思いながら憮然と佇んでいる彼の後ろに近付いてくる気配が一つ。

 

 

 

「――あら、何とも暇そうですこと。

 こちらは仕事が進まずじまいで困っているというのに、羨ましいですわ~」

 

 

 

 カツカツと音を鳴らしながら歩み寄ってくるその人物。

 からかうかのような間延びした口調、レベッカ以上に若さを感じさせる声の主の方へ鴎垓はチラと視線を向ける。

 

「まあ?

 ワタクシどもの商品を実際に使ってもらうのですから?

 このくらいの労力はわけないのですけどぉお?

 これじゃあいつになったら検証が始められるのか分かったものではありませんわね~」

 

 レベッカとは毛色の違う、蜂蜜に似た金髪。

 それを竜巻を思わせる形に仕立て上げて頭の横に一房生やした奇抜な髪型。

 一目で金持ちと分かるような高価な装いに身を包み。

 どこか愛嬌のある顔をした少女が不満タラタラな感じで管を巻く姿がそこにはあった。

 ただまあ言葉ではこんなことを言っているが実際のところは一人ぽつねんとしている鴎垓を見かねて話しかけたのだ。

 

 ただ素直にそう伝えるのは気恥ずかしいのでわざとこんな言葉遣いをしているのである。

 彼女の後ろに控えている従者たちもそのことを分かっているのか、常の無表情が若干緩んで微笑ましげである。

 そんな小さな商人の心遣いに報いるべくそちらのほうへと向き直る鴎垓。

 

「おー、フランネル殿か。

 いやーほんに済まんな、あれが終わるまでは待っとれと言われとる。

 身柄の保証をしてもろとる以上逆らうわけにもいかん。

 それにそろそろあちらも方が付く、それまでこの服の試しをするのはもう少し辛抱してはくれまいか?」

 

 悪戯猫のような瞳に見つめられながら殊勝な態度で対応する鴎垓。

 それに鼻をならしながらツンとそっぽを向くフランネル。

 そしてそんな二人の様子を見守る従者たち。

 殺伐とした向こうとは違い、こっちは何とも和やかな雰囲気に包まれていた。

 

 そんな彼の格好は二人の会話から分かる通り、いつの間にやら大きく様変わりを果たしていた。

 

 

  

 今彼が着ているのは所謂西洋風な普段着の上下セット。

 例えるなら”村人B”といったところだろうか。

 シンプルな作りのそれは防御力という面ではあまり頼りにならなそうなものだが、木綿に似た肌触りと体の曲げ伸ばしが容易な伸縮性があり、すこぶる着心地がよい。

 素材にこだわったというこれはレベッカたちが着ているような鎧系統のものに馴染みのない鴎垓にとってまさにおあつらえ向けな代物であった。

 

 そんな試作品であまり数のないという貴重なものをぽんと貸し出してくれるのだから感謝もひとしおというものだ。

 

「ふん、だったらレベッカさんに感謝することですわ。

 本来灯士トーチでないものには【堕界ネスト】に立ち入ることは禁止されているのです、それでもあなたが同行を許可されたのは彼女の進言があったからですわ、そのことをきちんと胸に刻んでおくように」

 

 

 ――しかし、いくら講習とはいえ初心者に毛が生えたような方たちと一緒に居なくてはいけないとは、ギルドも少々勇み足ではないかしら~――

 

 懐から取り出したコンパクトで化粧の具合を確かめながらそんなことを言うフランネル。

 それに反論もせず、ただ苦笑してお茶を濁すだけの鴎垓。

 それからもぐだぐだ二人が会話している間にも戦闘は続き、ゴブリン退治は佳境へと向かっていくのであった。

 

 

 

 

 

 ――さて。

  一度洞窟から抜け出すことに成功したはずの鴎垓。

 彼が何故またも洞窟の中へと舞い戻り、今更ゴブリン退治の見学を行っているかと言えば。

 

 

 それは数時間前――鴎垓が自分が異世界に来たことを悟り、その事実に呆然自失となっていた昨夜のこと。

 洞窟から出てきたレベッカたちの姿を見つけ、遠くから大声をあげて駆け寄ってくる人物との出会いが切っ掛けであった。

 

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