殺人事件を起こした、元有名小説家の贖罪 ~第六章~

第六章


 翌日、藤田は昨日の陰惨な気持ちが和らいで、穏やかな心持ちで目を覚ました。 


 いつものように、女将、お幸と3人で朝食を取る。


 今日は朝食後、3人で野菜の収穫をするために、畑に行くことになっている。



 畑は宿のほど近くにあった。


 山の中の斜面を利用し、棚田のようにして野菜を育てている。


「藤田さん! こっちですよ!」


 お幸がこちらに気付き、手を振る。


 彼女だけ先に行って、野菜の手入れをしていたのだ。



 畑には夏物の野菜が実り、褐色の土に彩りを添えていた。


「どれも、きれいに実っていますね」


「ええ。お幸が毎日、丁寧に世話をしていますから。

あの子の努力の賜物ですよ」


 女将が、柔らかな表情で話す。


 あれからは気を遣われているのか、2人は過去を尋ねるようなことはしなくなった。


 簡単に、自分の過去について話すわけにはいかない。


 そう思う一方で、藤田はお幸の生い立ちが気になり始めていた。


 お幸の家について、知らないことを女将に尋ねてみる。


「そう言えば、お幸さんの御家族は、どのような方達なんですか?

あのような素晴らしい女性に育ったのですから、円満な御家庭

なのでしょう?」


「それが……

お幸の両親は共に、もう亡くなってるんです……

あの子は身寄りがないんですよ……」


「え……そうなんですか……

ちなみに……」


「ああ……いきさつですか……

母親はお幸がまだ5歳の時に流行り病で、

父親は3年前に辻斬りに遭って、そのまま……」


「そうですか……」



 お幸からは、そんな過去がある様子は微塵も感じられなかった。


 まだ16歳の娘が、両親が恋しくないはずがない。


 おそらく、客には気付かれないよう、悲しい記憶を胸に秘めて日々 

 笑顔で振舞ふるまっているのだろう。


 藤田は、辛い境遇でも明るさを絶やさない、彼女の健気さに胸を打たれた。



 お幸の方に目を向けると、額に汗を浮かべながら、熱心に野菜を収穫している。


 茄子や胡瓜きゅうりなど、実った野菜を一つ一つ丁寧に籠に入れていた。


 藤田は傍に行って、収穫を手伝う。


「いいんですよ、無理に手伝って頂かなくても。私がやりますから」


「いえいえ、私も手伝います。近頃、体を動かしていないので、なまってますから」


「そうですか。じゃあ、お願いしますね」


 藤田はお幸に借りたはさみで、青々とした胡瓜を手早く、取り始める。


 すると……


「あ! それは、だめです! まだ収穫には早いですよ!」


 時すでに遅く、胡瓜には鋏が入り、つるから離れた後だった。


「そうだったのですか……申し訳ない」


 頭を下げる藤田に、お幸は少し悪戯っぽく笑いながら、耳元で呟く。


「いいですよ。でも、その胡瓜は藤田さんに食べてもらいますからね」


 その仕草に自然と表情が緩む。こんなに自然に笑みがこぼれたのは 

 いつぶりだろうか。


 女将の方を見ると、畑を見回りながら時々、こちらを微笑ましげに見つめていた。


 お幸の悲しい身の上を聞き、少しでも彼女の力になってやろうと思ったばかりなのに、お幸はその明るさで、藤田が長らく忘れていた表情を取り戻させてくれた。

 

 自分は、彼女のためにまだ何も出来ていないのに……

 彼女には、貰ってばかりだ。


 藤田は、いつか必ずお幸の力になることを誓いつつ、穏やかなひと時を、共に過ごすのであった。




<次章へ続く>

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