殺人事件を起こした、元有名小説家の贖罪 ~第二章~

第二章


 大部屋に入ると、すでに食事は用意されていた。


 おひつに入った白米が、もくもくと白い湯気を立てている。


 今現在この宿には、藤田以外の客は泊まっていない。いわば、彼の貸し切り状態である。



「おはようございます!」


 明るく元気な声で、若い娘が藤田に挨拶する。


 彼女の名は、おこう。この山奥の静かな宿屋の看板娘だ。かなりの器量よしで人当たりも良いため、ここに泊まる男は必ずと言っていいほど、彼女に惚れて帰るのだという。


 藤田は素っ気なく、会釈をして返す。



 そうして3人が揃うと、皆で手を合わせて


「頂きます!」


 お幸の明るい声を合図とするように、それぞれが自分の食事に箸をつける。


 ここでは、女将、お幸、そして藤田と必ず3人揃ってから食事をとる。


 今日の朝食は、近くの渓流で取れた魚の塩焼き、玉子焼き、味噌汁とかなり質素なものだ。しかし味はとても良い。まろやかで優しい味付けで、女将の人柄を反映しているかのようだ。


「女将さん、今日もいつも通り、美味しいです!」


 お幸が屈託のない笑みで、女将の料理を褒め称える。毎食、お幸は必ず女将の料理を褒める。もちろん、女将の料理が美味しいことには何の反論もないのだが、それにしても毎回のようにそれを口に出すお幸のことを、藤田は若干疎ましく思っていた。



 早々と食事を済ませ、自分の部屋に戻ろうとする藤田。それを、お幸が呼び止める。


「藤田さん。今日は一緒に山菜採りにでも出かけませんか?」


「いや、遠慮しておきます」


「でも藤田さん、うちの宿に泊まり始めてからずっと、自分の部屋にいるじゃないですか。たまには外に出て、気分転換しませんか?」


「……分かりました。今から支度します」


「本当ですか! よかった! 私もすぐに支度して待ってますね!」 


 お幸は、いつものように屈託のない笑顔を見せる。


 お幸が藤田を外に誘うのは、もうこれで8度目だ。毎朝のように、お幸は何かと理由を付けて、藤田のことを外に連れ出そうとする。それをいつも断っていたのだが、あまりにもしつこいため一度誘いを受けて、外に出ればもう誘うことはないだろうと思い、今回は渋々承諾したのであった。




<次章へ続く>

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