7.冒険者ギルド前
『モォー』
道具屋を出ると、すぐに仔牛が声をかけてきた。
そんなに長い時間店内に居たわけではないのだが、なにせ道草を食うにも草が無いため待ちくたびれたのだろう。
ショウは留められていた手綱をほどき、仔牛を撫でる。
「おまたせ。次は冒険者ギルドってところに行くぞ。その後は、街を出てお前のご飯にしよう」
『モォー』
仔牛の返事を聞いたショウは手綱を引いて、道を歩き出す。
詳しい場所はウサギの店主からは訊いて無いが、ショウの足取りはしっかりしていた。
一度最初に居た噴水の広場に出て、先ほど目が合ったプレイヤーたちが歩いて行った方向へ歩みを進める。
ここで生活しているシムならつゆ知らず、ゲームとして遊んでいるプレイヤーならば、彼らの行動はパターン化されているはずだ。
冒険に出る前と後にはギルドに立ち寄る、ということは『あのプレイヤーたち』がギルドへ向かっていた可能性は高い。
「まぁ、間違っていても誰か近くにいる人に訊けば良いだろうしな」
『モォー』
幾度となく自分でも街づくりをしてきたショウにとって、街の構造を感じ取るのは慣れている。
人の流れは時間、役割によってある程度は決まっている。
そこから逆算してどういった施設がどの辺りにあるのかというのを考え始めるとそれだけで楽しかった。
ましてやここは他プレイヤーや自我を持ったシムがそれぞれ自由に動いている。
これまで遊んでいたゲームのように俯瞰視点でずっと観察していたいくらいだ、とショウはこの世界を気に入り始めていた。
「ひそひそ――くすくすっ」
「……ん?」
道を歩きながら、いくつかの視線を感じたショウは、歩みを止めずに辺りを見回す。
恐らくシムだろう。
何人かのグループがいくつか、ショウを見ながら小声でなにやら話していた。
正確には、ショウと仔牛を交互に見ながらだった。
「うーむ……(そんなに仔牛が珍しいのか? サラさんはペットはレアだって言ってたし、それで目立ってるとか?)」
『――モォ』
と、短く鳴いたかと思うと、仔牛は立ち止まった。
「お、どうした? ……って、あぁ、ここか」
『冒険者ギルド』と書かれた看板がかかった建物の、両開きのドアの前にショウたちはたどり着く。
ドアは開放されており、中の喧騒がこちらまで聞こえてきている。
とりあえず、このギルドで依頼を受けないといけないようなので、ショウは仔牛を連れて建物の中に入ることにした。
「へぇ、意外と広いんだな。木造のロビー、掲示板、上の階は集会場……というより飲み屋か?」
外まで聞こえていた音はどうやら主に中二階からのようで、一階のロビーではプレイヤーたちが掲示板を眺めたり仲間と相談している姿が見えた。
その近くにギルドの職員だろう、同じ制服を着た女性が何人かカウンターの向こうに座っている。
あそこで依頼を受ければいいのだろうか? と、ショウが見ていると、ひとりの受付嬢と目が合った。
「――っ!?」
彼女はショウ、仔牛と見ると、目を見開いてカウンターから出てきた。
そのまま速足でショウに近づくと――
「ちょちょちょっ! すいません、ダメです!」
見応えのある大きなお山がふたつ、こちらへやってくるにつれて上下に主張を強める様はなかなかの迫力であった。
受付嬢は両手でショウの胸を押さえ、これ以上の進入を塞いだ。
いきなり異性に身体を触られたため、ショウは反射的に両手を上げ、ホールドアップする。
「え!? いったい何――」
「ダメなんです、すいませんすいません」
「ちょ、ちょっと! あ、あの――」
「家畜を連れての入店はご遠慮くださいぃ!」
「か、家畜!?」
『モォー』
「あ、あの、こいつは家畜じゃなくて――」
「すいませんすいません」
グイグイッと力強く押され、抵抗するわけにもいかなかったショウは受付嬢に外へと押し出されてしまう。
ショウが外へ消えると同時にギルドの中から大爆笑の渦が巻き起こった。
恐らく良い酒の肴があったのだろう。
「すいません。家畜は城壁の門で預けていただく決まりでして!」
「ちょ、っと……こちらが悪かったですから、落ち着いてください」
涙目になりながら必死にショウを抑える受付嬢を宥めるため、一旦距離を取ることにした。
「すいません、すいません」
何度も頭を下げる受付嬢を見て、自分はそんなに不味いことをしたのかとショウは焦る。
「あの、えっとですね。この仔牛は家畜じゃなくてペットなんですが……」
「すいませ――えっ?」
「招待キャンペーンでペットの卵が当たりまして。で、パートナーになったのがこいつでして」
『モォー』
「あっ……え?」
「すいません、今日始めたばかりの初心者で、色々と分からないことだらけなんです」
「は――」
「え?」
「はぁーーーっ、そうだったんですか。良かったぁ」
「えっ、何がです?」
「私、てっきり『街の外』から来たシムの方が迷い込んでしまったのかと」
そこが問題なのか? とショウは疑問に思ったが、ひと呼吸置いていくらか落ち着きを取り戻した受付嬢が顔を上げて、彼と向き合う。
「ですが、プレイヤーの方でしたら『ストレージボックス』に収納できるはず……あれ、初期のジョブには無かったかな」
「ストレージボックス? インベントリじゃなくてですか?」
「はい。分かりやすく説明しますとインベントリは携行カバンで、ストレージボックスはアカウント専用の保管庫です」
「な、るほど? ……どう違うんです?」
「インベントリは所持品扱いなので、もし神殿送りになってしまうとランダムで接収、又は強奪もされてしまいます」
神殿送り……そういえばウサギの店主も言っていたな、と思い返す。
「デスペナルティはご存じですか?」
「……ご存じ無いです」
「冒険でHPがゼロになるとリタイアとなり、強制的に神殿へ送られます。そこから再び冒険を始めて頂くのですが――」
つまりゲームオーバーになると神殿にリスポーンする、という訳だ。
「その際、所持金とインベントリからアイテムがランダムに接収されます」
「それは……意外とキツイですね」
「ですので、ストレージボックスを持たないジョブの方々はギルドが管理する倉庫を借りて貴重な品などを保管しています」
「……ペットも預かってくれるんですか?」
『モォーーッ』
「あっ、いや、念のために訊いただけだって」
「ペットはお預かりできません。城壁の門に獣舎がございますのでそこならば……」
「ということは一度、門まで行ってこいつを預けてこなくちゃいけないのか」
「ちなみに――」
仔牛とアイコンタクトしていたショウに、受付嬢が訊く。
「始めたばかりと仰ってましたが、ジョブは何を?」
「えっと、『原型師』と『造形師』です」
ショウの言葉に受付嬢は目を見開き、少しの間身動きをせず固まってしまうのだった。
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