5.エーアシュタット
包んでいた光が徐々に弱まり、匠太の視界は少しずつ回復していく。
初めに飛び込んできた景色は、大きな噴水だった。
どうやら街の広場らしいそこの中心に、匠太は――いや、『ショウ・ラクーン』はその噴水の前に立っていた。
『モォーッ』
仔牛と一緒に。
「……ここがフリーダムバースの世界か」
傍から見ると完全にベコを連れたお上りさんの様相を呈したショウだったが、本人は真面目にこの世界に感動していた。
噴水や建物、広場などの建造物、そこを行き交う、恐らくNPCだろうその人々の動き。
細部までも目を見張るクオリティに、ショウは年甲斐もなく静かに興奮していた。
向こうには十数メートルほどの城壁が見え、この街を囲むように広がっていた。
「なるほど。あれが俺と同じプレイヤーかな」
その城壁の方から歩いてきた数人のグループを見て、ショウが呟く。
見るからに住人と一線を画しているのはやはり装備だろう。
皮でできた鎧や腰に携えた剣、魔法使いよろしく黒のローブにワンド、道着に胸当てのいかにもな武術家風などなど。
見るからに強そうとは思えなかったが、それはここがスタート地点。
始まりの街『エーアシュタット』だからだろうとショウは頷いた。
「ちょっと、あの人私たちのことすごく見てるよ」
「あ? ……本当だ」
「初心者じゃない? あんた、声かけてきなさいよ」
「なんで俺が! ていうか、あれ『シム』だろ、絶対」
「なるほど、牛も連れてるしな。おおかた農場から出てきた田舎者だろう」
「言われてみれば防具も装備してないしね、ほっときましょ」
「おう、行こうぜ」
一瞬ショウと目があったグループが、そんな事を言いながら広場を後にする。
「シム……とは?」
ショウの問いにヘルプウインドが開かれ――
『シム――フリーダムバース内でNPCを指す言葉。住人の総称』
「おぉ、なるほど……いやいや、そうじゃないだろ。えっ、防具無いの?」
続いて装備と所持品のインベントリが開かれ――
「って、村人装備一式!?」
戦闘のジョブであれば専用の最下位装備が支給されるのだが、ショウにはそれが無かった。
その代わり、彼が持っていたのは数種類のアイテムのみ。
・白紙のスクロール×10
・木材×10
・鉄のインゴット×5
・端切れ×10
・万能の槌
「個数が書かれているのは素材ってことか。この槌って――」
『万能の槌――原型師が制作した設計図を極上のアイテムとして作成する槌。戦闘能力は無い。サブ装備専用』
「なるほど。つまり俺は、今現在武器も防具も無いってことか……とりあえず、サブに槌を装備しておこう」
該当箇所にアイテムをドラッグすると、ショウの腰に小ぶりの槌が現れた。
戦闘ではまったく役に立たないということだが、装備できるのがこれくらいなのだ。
気分だけでも味わおう、とショウはインベントリを閉じた。
「さて……どうするか」
ショウは仔牛にいつのまにか付けられていた手綱を引いて、噴水に近づくと縁に腰を下ろした。
メニュー画面を開いて色々と見てみる。
「ステータス……高いのか低いのか分からない。スキルは……よく分からない。コミュニティ……あっ」
一通り読み進めていたショウは、そこでこのゲームを始めるきっかけになった友のことを思い出した。
「あいつに連絡できるかな……おっ、これか?」
『ケン・ナガレ』という名前がフレンド欄にポツンと一つ書かれている。
なにもしてないのに、と思ったがこれがお友達招待キャンペーンの産物だろうとショウは納得した。
誘っておいてゲーム内で連絡できないのでは面倒だからだろう。
名前を押すと複数の項目が現れた。
『メッセージを送る』
その中からショートメッセージが送られる項目を押す。
『言われた通りログインした。今噴水のところにいる。これからどうすれば良い?』
そう打った後、送信ボタンを押して相手にメッセージを送る。
返事がすぐ返ってくるか分からなかったので、ショウはのんびり待つことにした。
ふぅっとひとつ息を吐いて、空を見上げる。
青空に真っ白な雲がゆっくり流れていた。
ここがゲームの中だということを忘れそうなほど、心地よい青空。
活気があって、静かではないがどこか落ち着く街の音に耳を傾ける。
その音を聞きながら、ショウは身体から緊張が抜けていくのを感じた。
『モォー』
鳴いた仔牛を見る。
腹が減ったのか、石畳をモグモグしていた。
隙間なく敷かれているため、もちろん草は無い。
苔でも舐めているのだろうか。
そんなのどかな空気のまま十数分が過ぎた頃。
電話の着信音のような音が鳴り、発信者がケン・ナガレと知らせる画面が現れた。
通話と書かれたボタンを押すと、聞き慣れた声が耳元で喋り出す。
『おぉ、おつかれ! こっちも無事に特典受け取ったぜ、サンキュー!』
「それはなにより。んで、これからどうすれば良いんだ?」
『それはお前次第だ。ここは理想の自分を追い求め続けることができる世界だからな』
「理想の自分ねぇ……えっ、丸投げ?」
『違うって! あーっと、実は今そこから離れたところでクエストやっててな。すぐには合流できそうに無い』
「丸投げじゃねぇか」
『すまん、丸投げだ』
「えぇー……」
『お前がいる最初の街周辺じゃ強いモンスターも出ないし、ソロでも問題ないと思うぜ』
思うぜって……と愚痴りそうになったショウだったが、用事がある友を無理やりにでも呼び出そうとは考えていない。
しょうがない、と肩を竦めながら、ため息をひとつ。
その後もしものために回復薬だけでも買っておいた方が良いということで、ケンから道具屋の場所を教えてもらい通話を終えた。
「とりあえず、道具屋へ行ってから考えるか」
『モォー』
立ち上がったショウは仔牛に繋がれた手綱を引っ張り、街の中へ歩いて行くのだった。
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