Freedom Birth 戦えませんがなんとかなるみたいです

なろといち

戦えませんがプロローグ

プロローグ

 この日、見渡す限りの荒野には珍しく風が吹いていなかった。

 いつもであれば視界を遮るほどの吹きすさぶ細かい砂ぼこりが、今日はまったくと言って良い程無い。

 そのためもあってか、荒野を徒歩で横断している二人の足取りは軽かった。


「ふっふふ~んっふふ~ん♪」


 特に前を歩いていた少女の機嫌は上々で、好きな歌手の歌を鼻歌で披露している。

 外套を羽織り、フードを目深く被っているため表情は見えなかったが、後ろの男は分かっていた。

 上機嫌も上機嫌。

 男が覚えている限り、少なくとも数年はこんな楽しそうな姿を見たことが無い。

 スキップを軽やかに、そして今にも回りだしそうな少女の後を、男は肩を竦めながら付いて行く。


「あまりはしゃぐと転ぶぞ」


「う、うるさいなぁ! はしゃいでなんかないったら!」


 立ち止まった少女は身体は向けず、肩越しに男の言葉に噛付いた。


「それに、子ども扱いはやめて! 『ここ』では私の方がランクは上なんだからね!」


「はいはい、分かったよ。『深紅の戦姫』様」


「その名前もやめて! あんまり好きじゃないんだから」


「えっ、そうなのか? いつも周りから言われて笑顔だったじゃないか」


「それは……だって、可愛くないんだもん」


 歩みを止めて男を待ちながら、少女は足元の石ころを軽く蹴った。


「……まぁ、確かに。『クリムゾン』だもんな」


「どうせだったら『スカーレット』とかの方が良かった」


 うん、その方が全然マシよ、と愚痴る少女に追いついた男も歩みを止める。

 少女が男を確認して、再び歩き出そうとしたとき、世界が揺れた。


 ――ッ!!


「なっ、なんだ!? 地震!?」


「んな訳ないでしょ、『』に災害なんて無いわよ」


 軽くため息を吐いた少女がフードを外す。

 長く、左右に結われた赤髪が現れて、男の目の前で優雅になびいた。

 瞬間――


『キャァアアアッ!』


 耳をつんざく高音の鳴き声を上げながら、地面から『アースイーター』が飛び出る。

 体長十メートル以上、ワーム型の大型エネミー。

 頭と思われる身体の端には人を優に飲み込める程の大口。

 それを前に、男は――


「マジかよっ!」


「こんなに早く見つかるなんてラッキーね。ほら、はやく『あれ』、出して」


「いやいや、そっちは慣れてるかもしれないけど、俺は初見だぞ? ちょっとはリアクションの余韻とか――」


『キャァアアアッ!』


「私は良いけどぉ別に。でもそっちは一撃喰らっただけで教会送りでしょ?」


「分かった、分かったよ! まったく!」


 男が観念した様子で専用の異空間、『ストレージボックス』へ右腕を入れる。

 間髪入れずに引き抜いた彼の手にはレイピアに見える剣が握られていて、すぐにそれを少女に渡した。

 その刀身は細身ではあるのだが、直線ではなく、まるで炎のように波打っている。

 刃の縁が淡く深紅に輝いており、この剣に『火属性』が付与されていることが『慣れた者』であればすぐ気付くだろう。


「フランベルクだ。頼むから試し切りで壊さないでくれよ」


「それ、名前? もっと可愛いのが良い」


「剣の種類だよ。名前は好きに決めて良いから」


「……ふぅん、なかなか良いじゃん」


 男から受け取った剣を一通り眺め、少女は笑顔で頷いた。


「じゃ、少し離れてて」


「言われなくても――」


「――はっ!」


 ――ドンッ!


 男が動き出すよりも先に、少女はフランベルクを横薙ぎに振る。

 その瞬間、剣閃が炎をまとい、モンスターを含む少女の前方に爆炎が巻き起こった。

 衝撃で数メートル身体を飛ばされた男はその光景を見て――


(……いやいや、どっちかって言うとクリムゾンだよ。お前)


 と、身をもって思い知った感想を自分の胸にそっとしまうのだった。

 燃え上がる炎の中、少女はまるで飛んでいるかのように巨体を斬りつける。

 モンスターはもがき、炎の中をのたうち回っていた。


 その光景を体育座りで眺めていた男は、なぜこんなことになったのかを思い返す。

 すべての始まりは、そう――

 このゲーム、『フリーダムバース』を始めたところからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る