まるで悪役令嬢な私を変えてくれたのは、貴方でした

こりんさん@コミカライズ2巻5/9発売

第1話「我儘な私は、まるで物語に出てくる悪役令嬢で」

 私の名前は高柳聖来たかやなぎせいら

 生まれた時から裕福な家庭で育ち、ロシアと日本のハーフのお母さんの遺伝のおかげもあり、どうやら人より恵まれた容姿で生まれた私は小さい頃から周囲に可愛がられて育てられてきました。


 銀髪に白い肌をした私はよくお人形さんに例えられ、父の付き添いで参加する社交パーティーでは、同じく連れてこられてきた同年代の子達に常に取り囲まれておりました。


 確かにそれは、私に対する好意があるからというのは間違いないのでしょう。

 けれど物心がついた頃には、彼らがそうして私の周りに集まる理由はそれだけではないという事を知ってしまいました。


 ――そう、彼らは私への興味以前に、親に言われて私に近付いてきていただけだったのです


 私の父は強い財力と権力を持っており、それに取り入って貰う為に彼らは親に言われた通り私に媚びているだけだったのでした。


 その事実に気が付いた時、まだ幼い頃の私はそれ相応のショックを受けてしまいました。


 それまで私を好んで近付いてきていると思っていた人達が、実はそうではなく高柳という看板を目的としていただけだったなんて、まだ幼い私にはそれなりにショッキングな出来事だったのです。


 そして、全てが作り物だという事を突き付けられた私は、一つの結論を出しました。


 ――だったらもう、他人に期待する事はやめよう


 相手を信じて悲しい思いをさせられるぐらいなら、最初から信じなければいい。

 そう答えにたどり着いた私は、その時から他人に対する興味を完全に失ってしまいました。

 結局全員、私の事なんて誰一人としてちゃんと見てくれてはいないのだという事を知ってしまったから。



 私じゃなくて、皆高柳という看板を見ているだけ。

 だったら私も、そんな張りぼてなあなた達を利用してあげる――。



 こうして私は、もう他人の手に負えないぐらいに捻くれていくのでした――。



 それから間もなくして、私は親同士の同意で勝手にとある男の子の許嫁になりました。

 その男の子も私と同じお金持ちの生まれのようで、純日本風な顔立ちは私から見てもとても整っており、オマケに私のように性格が捻くれてもいないというまだ子供ながらに完璧を絵に描いたようなお相手でした。


 はっきり言って、客観的に見たら良いお相手なのでしょう。

 でも捻くれている私は、当然親が決めたそんな繋がりなんて受け入れられるはずがありませんでした。


 それでも私は、決して許嫁なんていう親同士の勝手な決め事を拒んだりはしません。

 これは別に親に逆らえないとか、そういう特別な理由があったわけでもありません。



 捻くれた私がその上でする事はただ一つ――だったら相手が逃げ出すぐらい好き放題に振舞ってやろう、でした。


 見た目が綺麗で生まれも良い私は、何をしても基本的に許されてしまうのです。


 だから私は、常に好き放題振舞って生きてきました。

 家でも学校でもどこでも、私は我儘の限りを尽くしてきました。


 その結果、許嫁のお相手の男の子――本庄誠ほんじょうまことくんは、我慢の限界に到達したのでしょう。

 いつしか私の事を酷く嫌うようになっていました。


 最初は、そんな我儘な私にも優しく微笑んでくれていた彼も、中学生に上がった頃には段々不快感を表にも出すようになってきて、中学2年生が終わる頃には完全に私と距離を置くようになっていました。


 でも捻くれた私にとっては、それこそが望む結果だったのです。

 そして内心では「ざまぁみろ」と思いながら笑ってもおりました。


 これは別に、本庄くんが悪い訳ではない。

 私はただ、親同士が勝手に決めた許嫁なんて糞食らえと愉快な気持ちになっていたのです。


 それに本庄くんだって、こんな我儘で好き勝手する私なんて面倒なだけでしょう?

 それでも、貴方はそんな親同士のふざけた決めつけを受け入れ、そして家のためこんな私とくっつかないといけない未来があるだなんて、なんと悲惨で可哀そうなことでしょうと、捻くれた私はその歪んだ状況を客観的に楽しんでいたのでした。



 そしてそんなある日、私はついにこの耳でしっかりと聞いてしまう事になる。

 それは放課後、忘れ物をした事に気が付いた私が誰も居ないはずの教室へ戻ったある日のこと。


 普段、隙あらば私の周りに集まってくるそこそこの家の生まれの子達が、教室内に集まって何やら話をしていました。



「今日も高柳きつかったな」

「だな、ああいう女の事を、顔だけって言うんだろうな」

「本当よ、私も家の事があるから近くに居るようにしてるけど、本当勘弁って感じ」

「あはは、りかちゃん正直に言いすぎー」


 なんと彼らは、私の悪口を言って笑い合っていたのです。

 これが所謂、陰口というやつなのだろうと思いました。


 でも正直、自分でも彼らがあのようになるのは当たり前のことだと思っていたので、いざこうして他人から悪く言われてみても特に思うところはありませんでした。

 だって私は、彼らに言われている通りこれまで本当に好き勝手に振舞ってきたのだから。



 ――分かってはいたこと。でも、この場はどうしたものかしらね


 そう思った私は、もう忘れ物のことなんてどうでも良くなっていました。

 なんとなくここにいる事を知られたくないと思った私は、そのまま来た道を戻ろうと後ろを振り返る――するとそこには、何故か許嫁である本庄誠くんの姿がありました。



「――聞いただろ?みんなお前には、もううんざりしてるんだよ」


 そして彼は、苦しいような表情を浮かべながら絞り出すようにそう私に告げてきたのです。

 彼も頭では分かっているのでしょう、そんな事私には言ってはならない事だと。


 それでも彼は、止まらなかった――いや、きっと止められなかったのでしょう。


 これまで我慢してきたものを爆発させるように、それから私の駄目なところを次々に語り出す彼の言葉を、私はただ黙って聞いていました。


 すると、教室内にいた彼らも廊下に私達が居る事に気が付いて集まってきました。

 そして、私がここにいること、そして本庄くんが私に不満を告げるこの状況を前に、最初は戸惑っていた彼らだけど人間集まれば気も強くなるようで、気が付くと彼らも本庄くんに続いて私への不満を全てぶちまけてくるのでした。


 そんな彼らの言葉を、私は全て黙って聞きました。

 でも、不思議と傷つくとかそういった感情は一切湧いて来ず、代わりに私は清々しさすら感じてしまっておりました。


 だってこれは全て、捻くれた自分が招いた当然の結果だから。

 だから、日頃から常に甘やかされるだけだった私は、ようやく人からちゃんと否定される事が出来たことを心のどこかで喜んでいたのかもしれません。


 ――これで私も、お人形から人間になれたのかしら


 そんな事を思いながら、一通り不満を言い終えた様子の彼らを見ながら私は一言だけ告げることにしました。



「――皆さんのお気持ちは分かりました。では、ここで私とあなた達の縁は全て断ちましょう」


 何故だか清々しくなった私は、彼らに向かってニッコリと微笑みながらそう告げました。

 だったらお望み通り、お互い関係を綺麗さっぱり断ってしまいましょうと。


 すると彼らの表情は、見る見るうちに青ざめていくのが分かりました。

 たった今自分がやってしまった事の重大さに気が付き、そして絶望しているのでしょう。


 それもそのはず、私の機嫌を損ねた結果、私の今後の動き次第では彼らの親の会社に多大な悪影響が及んでしまう事にもなり得るのですから。

 だからこそ、そうならないためにも彼らは親の言いつけをしっかり守って、これまでこんな私の相手を我慢して続けてきたというのに――。


 だから私は、そんな哀れで無力な彼らに向かって、もう一言だけ付け加える事にしました。



「あぁ、安心して下さい。この事は親に言ったりはしません。だからあなた達は、安心して私から離れて下さい。それから本庄さん、あなたとは許嫁の関係にありますが、それもこの際解消しましょう。この件は、私からパパに説明しておきます。当然これも、貴方やご家族に不利益が生じないように伝えますので安心して下さい」

「――あっ、い、いや、それはっ!」

「では、ごきげんよう」


 私はそれだけ伝えると、ゆっくりとその場から立ち去った。

 去り際の彼らの顔は、驚きと不安の交じり合ったような絶妙な表情を浮かべており、勝手だけどその顔が見れただけでも今日の――いいえ、これからの人生の収穫とさせて貰いましょう。


 そう思いながら私は、いつもより軽い足取りで家路についたのでした。




 ◇




 それが、中学時代に起きた出来事。

 ちなみに彼らと縁を切ってからの私は、クラスでは所謂ボッチというポジションにまで落ちぶれていました。


 誰も私に関わろうとせず、常にクラスで浮いた存在になってしまったのです。


 私のこの容姿をもってしても、一人でいる私へ付け入ろうとやってくる男の子一人すらいないのだから、これはよっぽどの嫌われようだと自分でもちょっと笑えてきてしまったことをよく覚えています。


 当然私も、彼らと縁は切ったものの、だからといって態度を変えるつもりなんて微塵も無かったので、何かあれば持ち前の我儘は継続させていました。


 そのおかげもあって、本当に私に近付こうとする人なんて一人もいなかったのだから、残りの中学生活はとても快適に過ごせました。





 そして、そんな捻くれた私も今では高校二年生になりました――。



 中学までは所謂お金持ちのための私立中学へ通っていたけれど、高校への進学については私はお父様にお願いして一般の高校へと進学させて貰いました。

 特に深い理由があったわけではないけれど、マンネリ化した学生生活に若干の嫌気を感じていた私は、自分の周りの環境を一度変えてみたかったのです。


 そうして高校へ進学してみると、やはりこの見た目もあって最初は多くの人が私の周りに集まってきました。

 そして、私が裕福な生まれだと知ると更に集まってくる人が増えてきて、あの頃は本当に笑いを堪えるのに必死でした。


 でもやっぱり、結局彼らも中学の頃の同級生達と同じだったのです。


 私のこの性格を知ると、当たり前ですが彼らはすぐに私の元から去って行きました。

 そして、今では彼らは私の陰口を言って笑い合っている事も知っています。


 そんな私は、高校でも早々にボッチになる事に成功すると、そのまま何があるわけでも無く気が付くと高校二年生になっておりました。


 でも、私はこれで良かったのです。

 彼らのような張りぼての相手をするぐらいなら、一人で好きに過ごしている方がよっぽど気楽だと思えたから。



 そして、そんなある日のことです。

 私はたまたま立ち寄った書店で、とある小説を見つけました。



『悪役令嬢として転落するのは嫌だから、必死で運命に抗ってみた』



 何、このタイトル――私はそのタイトルを見て、思わずクスリと笑ってしまいました。


 ――タイトル長いし、それに悪役令嬢って何よそれ、もしかして私みたいな嫌な女のことかしら?


 そんなクセの強い小説が気になった私は、丁度学校で時間を潰す用の読み物が欲しかったのもあって、試しに買って帰る事にしました。


 そして眠る前、やっぱりその小説の事がちょっと気になった私は、少しだけその小説を読んでみる事にしたのですが――読めば読むほどその物語に引き込まれてしまい、気が付いたら最後までその小説を読み終えてしまっていました。



 その小説の内容は、こんなものでした。


 とある上流貴族の一人娘として生まれた女の子は、幼い頃から何でも思い通りになっていた事からとても我儘な性格に育っていたのだが、ある時この世界は前世でやっていたゲームの中の世界である事に気が付き、そしてこのままでは自分は転落する運命にある事を知る。


 だから女の子は、その運命に抗うべく考えを変えるようになった。

 自らの転落を阻止するべく接する人全てに優しくし、それまで我儘の限りを尽くしていた婚約相手の貴族の男の子に対しても優しく接するように努めた。


 すると、本来は女の子を転落させるはずの周りのキャラ達が女の子の事をとても愛するように変化し、結果めでたくハッピーエンドに終わると言う内容のものだった。



 私はこの小説を読んで、成る程なと思いました。


 きっと同じ我儘な私も、このままではこの小説内に出てくるゲームの悪役令嬢ように転落する運命なのだろうと思いました。


 でも別に、私はそれでも構わなかった。

 だって私の場合、全ては自らの意志で選択して導いた結果なのだから――。


 そう、私はいつだって私の意志で行動しているだけ。

 張りぼての関係なんて要らない。だから私は、我儘の限りを尽くして人との距離を置く。


 それがこれまでの私が築き上げてきた、人を信用しないための一貫した生き方なのだから――。



 でも私は、その上でこの小説を読んでみて成る程なと思ったのです。

 それは、私も幸せになりたいとか、恋をしたいとか、そんなポジティブなものではありません。



 ――なにこれ、面白そう



 そう、捻くれた私はこの小説を読んで、もし私が一変して周りに対して急に優しくなったらどうなってしまうのだろうと想像しました。

 きっと皆は驚くだろうし、それは絶対に面白い事になるに違いないと思ってしまったのです。


 我ながら、なんて性格が歪んでいるんだろうと思いました。

 これは創作上の世界でも何でも無く、私のたった一度限りの人生だというのに、私は自分の人生を代償にそんなシミュレーションゲームのような事を楽しもうとしているのだから――。


 でも、私ももうこの我儘な振舞いを続ける事に疲れてきてしまっている事も事実でした。

 最近ではもう我儘に振舞う事すらも億劫で、ただただ誰も私に関わらないでと壁を作るようになっていた程に――。


 だから私は、明日から新しい自分と向き合ってみる事にしました。

 この恵まれた容姿を持つ私が、この小説のように中身まで美しくなった時の周囲の反応を考えるだけで、正直私は楽しみで仕方なかった。





 ◇




 そして次の日、私は学校へ向かう。


 いつもより早起きした私は、一人で家を出ました。

 普段なら家の運転手に学校まで送らせるのだけれど、今日からは必要ないと運転手に断りを入れたのです。


 するとどうでしょう、それだけで家の運転手は酷く驚き、そして戸惑ってしまっていたのです。

 でも、もう私の相手をしなくて済む事が嬉しかったのか、本人は隠しているつもりなのだろうけれどその表情には喜びが滲み出ているのが分かりました。


 ――運転手でもこの調子なのだから、これからの皆の反応が楽しみだわ


 そう私は胸を弾ませながら、自らの足で学校へと向かったのでした――。



 学校へ近づくと、周囲の視線が私へ向いている事に気が付きました。

 いつもは高級車で校門前までやってくる私が、今日は電車に乗り徒歩で通学しているのだから何事だと驚くのも無理は無いでしょう。


 そして、もう一つ面白い事がありました。

 それは、道中電車に乗っていた時に周囲の視線のほとんどが私の方へと向いていたのです。


 私の人間性を知らない人達は、突然電車に乗ってきた私にその視線が釘付けになってしまっていたのです。


 私は久々に向けられるそんな視線が、少しだけ心地よかった。

 黙っていればやっぱりそういう反応になるわよねと、失いかけていた自分の自信を取り戻すと共に、これから起こる事を想像した私は内心でクスクスと笑いながら電車に揺られました。



 そしてついに、教室へとやってきました。


 でも、教室内では絶賛ボッチ中の私に挨拶をしてくる人なんて一人もおらず、私はいつも通り誰とも会話する事無く窓際の一番奥にある自分の席へと向かいました。


 実は同じ教室には、何のご縁か元許嫁である本庄くんの姿もあるのですが、中学の時のあの一件以来彼とは一度も会話をしていません。

 だから当然、彼はもう私の事なんて気にする様子も無く、今日も朝からクラスメイトのお友達と楽しそうに会話をしていました。


 こうして彼は、まるで私のことなんて知らないというように徹底して見知らぬ振りをするので、私もそれに合わせて彼には接触しないようにしています。


 ちなみに、見た目も性格も良い彼は、クラス、いや学年でも中心的な人物の一人として、所謂スクールカーストの頂点にいます。

 そんな彼の元には、以前の私のように常に多くの人が自然と集まっていました。


 だから私は、今日もそんな人集りの光景を横目で見ながら一人席に着くと、こういう空いた時間に読む用に買っておいたはずの本は昨日全て読んでしまった事を思い出し、仕方なくスマホをいじって時間を潰す事にしました。


 すると、私の隣の席へ一人の男の子がやってきたかと思うと、朝から疲れているのかそのままドカッと自分の席に着席しました。

 不幸にもこんな我儘な私の隣の席になってしまった、哀れな男の子が少し遅れて登校してきたのです。



「――はよ」


 でも彼は、そう言ってこんな私に朝の挨拶をしてくれたのです。

 その声は、聞こえるか聞こえないかギリギリの音量ではあったものの、確かに私へ向けて挨拶をしてくれていました。


 彼の名前は、相葉和樹あいばかずきくん。

 特にぱっとしたところは無く、裕福な家庭の生まれなわけでもない本当に平凡な感じの男の子。

 彼は授業中いつも寝ていて、他人には全く興味が無いのか私と同じく一人で居る事が多い、私が言うのもなんだけれどとても変わった男の子という印象でした。


 でもそんな彼が、私に対して朝の挨拶をしてきた事は正直意外でした。

 もしかしたら、彼はいつもこうして私に挨拶をしていてくれたのかもしれない。

 けれど、壁を作っていた昨日までの私には残念ながらそんな挨拶の声は一度たりとも届いてはいなかったようです。



 でも、私は今日から変わる事を心に決めている。

 だからその罪滅ぼしも兼ねて、私は相葉くんに向かって挨拶を返すことにしました。



「――おはようございます、相葉くん」


 私は社交場で身に染みついているとびきりの作り笑いを浮かべながら、相葉くんへ挨拶を返してみた。

 すると、いつも通り登校するなり机で寝だしていた相葉くんは、机に突っ伏しながらも驚いたように顔だけこちらに向けてきました。



「――えっ?」

「いえ、だってさっき、挨拶してくれたでしょう?だから、おはようございます」

「あ、あぁ、うん。おはよう」


 私が再び挨拶をすると、今度は相葉くんも挨拶を返してくれました。



「えっと、高柳さんってそんなキャラだったっけ?」

「キャラ、と申しますと?」

「いや、なんていうか――もっと高飛車な感じ?」

「――えっと、それ本人に言います?」

「いやだって、わざとやってたでしょ?」

「――え?」

「見てれば分かるよ、高柳さんがどうして自分からわざわざ嫌われるような事をするのか、ずっと不思議だったんだ」


 相葉くんのその言葉を聞いて、思わず私ははっとしてしまいました。

 なんと相葉くんは、私がわざと嫌われるように振舞っていた事に気付いていたのです。


 こんな事を言われたのは、初めてでした。

 だから不覚にも私は、そんな相葉くんに対して少しだけ興味が湧いてしまったのです。


 この人の目には、一体私はどう映っているんだろう――。


 そんな事が気になってしまった私は、これは当初の目的からも外れないし好都合だと、それからも相葉くんにちょっとずつ干渉するようになっていきました。


 でも干渉すると言っても、至って普通の会話をするだけです。


「さっきの授業で聞き逃した事があるから、ノート貸してください」


「相葉くんは部活入ってるんですか?」


「そのお弁当、お野菜ゼロですね……」


「あ、相葉くん肩にホコリついてますよ」


 私はこうして、何かあれば積極的に相葉くんへ話しかけるようになっていきました。

 そして、そんな私の的にされてしまった可哀そうな相葉くんはというと、同じくクラスでは一人な事もあってか、他に用事も無いようで私のそんな言葉に対してもちゃんと全てに返事をしてくれたことが私は嬉しかった。


「ノート?字汚くてもいいならどうぞ」


「帰宅部ってのに所属してるよ」


「何言ってんだ?フライドポテトがあるだろ。ジャガイモは野菜だぞ?」


「ん?あぁ、ありがと」


 そんな相葉くんとの会話は、本当に全てが自然でした。

 高柳という看板、そして私の容姿すらも気にする素振りを見せない相葉くんとの会話は、私の乾いた心をどんどんと潤わせてくれました。


 ――こんな人、初めて


 そして気が付くともう、何も無かった学校生活において、私の頭の中の興味は相葉くん一色に染まってしまっているのでした――。





 あっという間に下校の時間がやってきました。


 相葉くんは気怠そうに一回伸びをすると、鞄を持って立ち上がる。

 そして私の方を向いて、「それじゃ、また明日」と一言残して帰って行きました。


 ――また明日、か


 私は何気ないその一言が、嬉しかった。

 また明日も相葉くんとお話しが出来ると思うと、これまでのただ気怠いだけだった学校生活も少しだけ楽しみになっていた。


 もしかして私って、実は結構チョロいのでは?なんて心の中で笑いながら、私も席を立って帰る事にしました。

 教室の扉へ向かって歩く間、やっぱりこんな私に対して声をかけてくるクラスメイトなんて一人もおりません。

 ですが、今日は一日相葉くんと普通に会話をする私を見ていたのでしょう、クラスの皆はそんな私に対して驚いたような何とも言えない表情を向けてきているのでした。


 ――そしてその視線の中には、元許嫁である本庄くんも含まれていました。





 ◇




 次の日から、私は相葉くんとよく話すようになっていました。

 最初は私から話しかける一方だったのですが、徐々に相葉くんの方からも話しかけてくれるようになっていたのが、私は純粋に嬉しかった。


 まさかこの私が、人から話しかけられて嬉しさを覚える日が来るなんて思いもしませんでした。

 でも、それだけ私にとって相葉くんという存在は、新鮮で、それでいて今では安心できる存在にもなっていました。


 そんな日々が暫く続いた頃、ついに周囲の様子も変わっていきました。


 これまで我儘の限りを尽くしてきた高飛車な私が、大人しくなって普通に教室内で笑っているのです。

 そんな良い意味で豹変してしまった私に対して、当初の思惑通りクラスの皆はとても驚き、そして戸惑いながらも興味を持っているようでした。



 ――でも、もう正直そんな事はどうでもいいかな


 私の中では、そんな周囲の反応なんてもうどうでも良くなっていました。

 だって、そんな張りぼて達の反応を見て楽しむ事よりも、今の私にとってはこうして相葉くんとお話しする時間の方がよっぽど価値があるのだから――。



 だから強欲な私は、現状に飽き足らずもう一歩踏み出してみる事にしました。



「――あの、相葉くん。良かったら、途中まで一緒に帰りませんか?」


 もっと相葉くんの事を知りたいと思った私は、勇気を出して一緒に帰ろうと誘ってみました。

 これまでの人生では、周囲から一方的に誘われることばかりだったから、人を誘うというのがこんなにも勇気のいる事だとは知りませんでした。


 ――人にお願いをするだけで、こんなにも頬が熱くなっていくのを感じてしまうなんて


 もし断られたらどうしようなんて、これまでの人生で感じた事ないような不安まで湧き上がってきてしまう――。



「ん?あぁ、いいよ。じゃあ帰ろうか」


 でも相葉くんは、そんな私の思いを知ってか知らずか、二つ返事で受け入れてくれました。

 その結果私は、そんな相葉くんのおかげでまた一つ学ぶことが出来たのです。


 ――人に受け入れられる事って、こんなにも嬉しいことだったんだ


 そう感じた私は、自然と笑みが零れてしまう。

 相葉くんと一緒に帰れる事が、まさかこんなにも嬉しいだなんて思わなかった――。





「――ちょっと、待てよ」



 しかし、そんな私達に対して声をかけてくる人物がいました。



 そしてその声は、私も良く知っている人の声でした。


 振り返るとそこには、元許嫁である本庄誠くんが立っておりました――。


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