第42話 割り箸の使い方を覚えたエルちゃん
◆エルちゃん視点
「――――――!?」
「なっ!? あ、あいつはもしや! 小さな黒い魔物!?」
大変です! お姉さんが怯える程の危険指定ランク、推定A級の魔物が出現しました! くそ、これから美味しいご飯だと言うのに!
「ふっ、また僕の前に現れるとは……身の程を知らない魔物だね。そんな小さな身体で僕に勝てるとでも? 伝説の杖があればお前何て、イチコロなんだぞ!? あっ……」
僕とした事が、伝説の杖を2階の部屋に忘れた……今から急いで取りに戻ればお姉さんの命は恐らく無いだろう……大好きなお姉さんを守る為に、僕は命を懸けて守る! ここは危険だけど、素手でやっつけるしかないな。
「何の因果か、お前とはこうしてまた出会う運命なんだね。こないだは仕留め損ねたけど、今日こそは!」
とりあえずお姉さんからこいつを引き離さねば……でも、こいつさっきから僕の方をずっと見てないか? やはり、こないだの仕返しと言う訳か。よろしい! 将来有望な冒険者の僕が直々に相手をしてやろう!
「――――――!?」
「お姉さん……危ないので下がってください。あんな小さな見た目でも僕には分かります。内側から溢れ出る悍ましい程の魔力……ゴリラウダーやバトックウルフとは比べ物になりません」
気付けば僕は冷や汗をかいていました。心臓がドクドクと心拍数が上がっているのが、自分でも分かります。
「ごくり……あいつは恐らく毒や麻痺属性を持っている……あの2本の触覚……危険だ」
お姉さんが恐怖の余り、僕を見ながら口を押さえて、身体をプルプルと震えさせて怯えております。今すぐにでも頭を撫で撫でしてあげたい所ですが、状況は緊迫しております。相手がいつ先制攻撃を仕掛けて来るか分からない状態だ。
「カサカサ……」
「っ!? 来たな! ふんっ!」
僕は黒い魔物の空飛ぶ突進攻撃を紙一重で交わして、お姉さんから遠ざける為に別の部屋へと走りました。
「いや、待てよ? こいつ僕のお昼ご飯を狙っているのか!?」
背後から、黒い魔物が飛んで追い掛けて来ております。僕はお昼ご飯を死守しながら何とか逃げ延びておりました。
「はわっ!? これは僕のお昼ご飯だぞ! お前なんかにあげないからね!」
僕が走っていたその時。僕の相棒のブライアンがピンチに駆け付けて来てくれたのだ。
「にゃ〜ん!?」
「おお! ブライアン! 助かった……この家にやばい魔物が入り込んだんだ。ここは力を合わせて共に戦おうでは無いか!」
「にゃ?」
お、ブライアンが現れた途端に黒い魔物の動きが止まりました。流石精霊猫のブライアン! 人睨みで相手が怯んでおります!
「行け! ブライアン! 黒い魔物にひっかく攻撃だ!」
「にゃおおっ!」
ブライアンが攻撃をしようとした瞬間、横から黒い魔物の同族がもう一体現れたのだ!
「黒い魔物が2体だと……!? ぐぬぬっ……」
でも何やら相手の様子が少し変です。もう一体の小さな黒い魔物が、両手を広げて何やら仲間を庇っております。
「カサカサ……」
「ブライアン待った!」
僕はブライアンの尻尾を掴んで、襲うのを辞めるように言いました。何だかこいつら、切なそうな目で僕のお昼ご飯を見ているのです。
「……兄弟なのか?」
心無しか2体の黒い魔物が、コクコクと頷いているように見えます。もしかしたら、お腹を空かせているだけなのかもしれません。下の子に美味しいご飯を食べさせたいが為に僕を襲ったと言うことなのか?
「……」
何だか黒い魔物達が可哀想に思えて来ました。僕も飢餓の苦しみは痛い程分かる。ご飯が食べれないのは物凄く辛い事なのだ。
「えいっ!」
僕は自分の手にしてた弁当の蓋を開けて、いくつかおかずを床に置いて黒い魔物の兄弟に分けてあげることにしました。僕の戦意はすっかりと無くなり、今では何だかこいつらが可愛く思えて来ました。
「カサカサ……」
「次は無いんだからね! お姉さんが来る前に早く行くんだ。食べ物を残したら許さないぞ! メッだからね!」
心無しか黒い魔物の目がキラキラと輝いているように見えました。何だか拍子抜けです。でも、黒い魔物は嬉しそうに食べ物を持って何処かに消えてしまいました。これで良かったのかどうかは分からないけど、どうやら黒い魔物と僕は分かり合えたのかもしれません。同じ空腹の辛さを知るもの同士なのだ。
「――――――!? ――――――!!」
「あ! お姉しゃん!?」
僕はお姉さんに抱かれて再び部屋へと戻るのでした。
◆
「エルちゃん!? 急に弁当持って走り出したから、お姉ちゃんビックリしちゃったよ〜どうやら、もうゴキブリは居ないようね……ふぅ……良かった」
「――――――!!」
「あ! エルちゃん、さてはお弁当つまみ食いでちゅか? もう〜食いしん坊さんでちゅね♪」
エルちゃんは廊下でお弁当の蓋を開けて、つまみ食いしていたようです。まだ電子レンジでチンしてないのに……不味くないのかな?
「エルちゃん? ご飯は逃げないから、ちゃんと温め終わるまで待とうね」
「んぅ?」
ぐはっ……!? 出ました、エルちゃんの渾身の上目遣い! 私の理性が一気に吹き飛びそうです! 恐るべし小悪魔エルちゃん……無意識な所がまたタチが悪い。私に襲って下さいと言ってるようなものですよ!
「エルちゃん♡ あっちでお姉ちゃんと一緒にお弁当温めようね〜」
「お、お姉ちゃん……顔が変態不審者さんみたいだけど大丈夫?」
「あ、葵ちゃん!? いつの間に!?」
私がニヤニヤしてたら、丁度葵ちゃんが2階から降りて来たようです。私は変態不審者では無く、健全な百合が好きなごく普通の女性なのに。
「まあ、お姉ちゃんが変態なのはいつもの事だし。それはさて置き、お昼ご飯食べよ〜♪」
「そうだね〜よし、弁当今度こそ温めようか♪」
私はエルちゃんを抱っこしながら、葵ちゃんと共に台所へと向かいました。何気に変態だという言葉を否定するのを忘れてしまいましたが、もう良いです。むしろ変態だと言い張れば、葵ちゃんやエルちゃんを襲っても何の問題も無いかもしれないので、変態になる事は良い事なのかもしれません。
◆
「先にエルちゃんのハンバーグ弁当から温めようか。エルちゃん、電子レンジの中にその手に持っているお弁当を入れてみて」
「――――――んぅ?」
「うんうん♪ よく出来ました♪ じゃあ次は、扉を閉めてボタンを押そう!」
エルちゃんが不安そうな顔で、電子レンジにお弁当を入れました。エルちゃんは電子レンジの事をどうやら知らない見たいですね。まだエルちゃんは幼いから、分からない物だらけなのかもしれません。
「エルちゃん♡ 葵ちゃん♡ ディフフ……」
楓お姉ちゃんは私とエルちゃんをスマホでパシャパシャと撮っています。何だか凄く幸せそうな表情を浮かべていますね。お姉ちゃんは三度の飯より、可愛い女の子と百合が好きなので仕方ありません。
・・・数分後・・・
「エルちゃん〜出来たよ! 熱いから私が運ぶね♪」
「―――!?」
うふふ……エルちゃんが驚いてる。さっきまで冷たかったのが、今は熱々だからね〜エルちゃんから見たら不思議なのでしょうね♪
「エルちゃんこれ使えるかなぁ? 割り箸……お箸だよ♪」
「んぅ? ……おはち?」
「うんうん♪ 上手に言えたね〜これはお箸だよ」
「おはちぃ! おはちぃ!」
眩しい……エルちゃんが尊すぎて眩しいです! この心の奥底から湧き出てくる愛でてあげたいこの感情。今日は私がエルちゃんにご飯食べさせてあげようかな♪
◆エルちゃん視点
「ふむふむ……」
これはご飯を食べる時に使用する物……【おはち】と言う二つの棒です。でも、僕がこないだ使った物とは違うぞ? 1つしか無い……しかも、これ絶対お値段お高いやつだ……こんな綺麗な材木で出来た棒は見た事が無い。この形状……一流の職人が作ったに違いありません。
「――――――♪」
「はわっ!?」
僕がおはちを眺めていたら、後ろからお姉さんに抱っこされて机の方へと強制的に連行されてしまいました。お姉さん達と暮らすようになってから、自分で歩く機会が減っている様な気がします。僕は自分で歩けますよとアピールしても、頭を撫で撫でされるか抱っこされるかの二択何だもん。
「お、お姉さん……何で椅子が4つもあるのに僕はお姉さんの上なのでしょうか?」
「――――――?」
別に嫌と言う訳では無いのですが、流石に食事は椅子に座ってゆっくり食べたい……でも、ただでご飯が食べられるんだ。それにお姉さんが喜んでくれるなら、良いのかもしれません。
「――――――♪」
「あ、なるほど。このおはちはそうやって真っ二つに割れば良いんですね!」
お姉さんがおはちを真っ二つに割って、僕にこうするんだよとやり方を教えてくれました。僕も早速真似をするのですが、ここで問題が発生しました。
「ぐぬぬっ……!? な、何だこれは!? 固い!?」
お姉さんの力は恐るべし……そんな華奢な身体で何処から力が湧いてくるのだ!?
「はっ!? もしかして、このおはちは魔力とかLvがある一定以上じゃないと割れない仕組みなのか!?」
「――――――?」
僕は気づいてしまった……このおはちは特殊なもので出来ているに違いない。どうしたものか……ふむ……
「あっ! そうだ! おはちがもう1つあれば二つになるじゃん! やはり僕は天才なのかもしれん……」
机の上におはちがいくつかあったので、僕はもう1つおはちを取りました。お姉さん達も目を見開いて驚いております。僕みたいな天才にかかればこんなもんです!
「えっへん!」
「――――――!?」
「――――――!!」
何だか2人のお姉さんの視線が暖かいような……まあ、それは置いといて……これでようやくご馳走にありつけるぞ! 僕はこの見たことの無いお肉に年甲斐も無く興奮してしまいました。
「じゅるり……」
「――――――♪」
「みゃあっ!? お、お姉さん!? お口くらい一人で拭けますから大丈夫ですよ!」
僕はお姉さんにお口を綺麗に拭かれました。
「ファッ!? お姉さん達の食べ物見た事ないやつだ……」
僕の目の前に座っている、ボブカットヘアーのお姉さんも細長い物が沢山入った温かい食べ物を食べております。そして、僕を抱いているお姉さんの食べ物も細長い物が沢山入っております。なんて言う食べ物なんだろう……でも、凄くいい匂いがします。
「――――――♪」
「お姉さん……大丈夫です。流石にご飯は自分で食べれますので大丈夫です!」
「…………。」
え? お姉さん何で、そんな悲しそうな顔をするのですか?
「――――――。」
「――――――!!」
僕は一体どうすれば良いのだろうか……2人のお姉さんがおはちで、僕の口元に食べ物を持って来るのです。これはどちらを選べば良いのかな? お姉さん達がソワソワしてる……
「僕は食べ物は残さない主義なのだ。なら、お望み通り全部食べますよ!」
気の所為だろうか……何か僕餌付けされてない? どうなんだろ……もしかしたら、貴族社会ではこうやって食べさせるのが普通なのかな? 僕は今まで一人だったから分からない。
「――――――?」
「――――――。」
「はわっ!? た、食べますから! そんな泣きそうな顔をしないで下さい!」
お姉さん達が泣きそうな顔をしているので、僕は差し出された食べ物をパクパクと食べました。
「ふぁっ!? 何だこの食べ物は!? お肉とは違うけど、スープやタレがまた絶妙に絡み合って美味しい……」
「――――――♪」
余りの美味しさに全身鳥肌が立ちました。イナズマが全身に駆け巡るような衝撃です。この家に来てからは、毎日がご馳走です! 語彙力を失うほど美味しいのです! もう僕は、スラムの生活には戻れる自信がありません。今思えば、僕は今までゴミを食べてたような物です。まともな食事と言えば、期限が切れの裏路地に捨てられている食べ物や残飯くらいでした。
「次はこの美味しそうなお肉を……じゅるり」
「――――――!?」
「――――――♪」
うっ……お姉さん達が僕を暖かい目でじっーと見ています。僕なんか見てそんなに面白いのかな? お姉さん達がさっきから興奮しています。普段は優しいお姉さんですが、この状態の時は何をしでかすか分かりません。
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