第3話 エルちゃん

 

「・・・・・・・!」

「えっ? それは何でしょうか……」


 美人なお姉さんが何やら僕にパンをくれるそうです。でも僕の経験上タダより怖い言葉は無いと知っている。今までそれでどれ程痛い目を見た事か……


(くんくん……何だ!? このパン凄いモチモチしていて甘い匂いがするぞ! パンなんて、固くてスープに浸さないと食べれない物だと思っていたけど、これは別格だ!)


 僕はパンの匂いを嗅いだ後にお姉さんの方をじっーと見つめた。お姉さんは穏やかで優しそうな表情を浮かべています。


「このパン本当に食べても良いのですか? はっ!? もしかしてこれを僕に無理矢理食べさせて、借金奴隷にするのでは!? 僕は知ってるぞ! 優しそうに接して来て、後から人を地獄に突き落とす人達を!」


 だが今の僕には、お腹が減りすぎていて目の前のパンを我慢するのは到底無理だった。僕は意を決して、美味しそうなパンを一口パクりと食べた。


(なっ!? 何だこれはっ!? え、待って。こんな食べ物がこの世に存在するのか!? 食べたらフワフワで、モチモチとした食感に、中に入っている謎の甘いクリームがとてつもなく美味しい! もう語彙力失いかけてるけど、僕はこんなに美味しい物は人生で食べたことが無いぞ! これは、革命だ……)


 気付けば僕は無心にパンを食べてしまっていた。そしてその様子をもう1人のお姉さんが笑みを浮かべながらこちらを見ていました。


「ぬっ!? もうこのパンは僕が口つけちゃったもんね! 今更この極上のパンを返してと言っても返さないんだからね!」


 僕は食べ掛けのパンを必死に死守するべく大事に抱え込んでいたら、お姉さんは何故か肩をプルプルと震わせながら、口を手に当てて悶えていました。


(このパンは恐らく、金貨1枚の価値はあるのでは無いか……そんなパンを僕にタダでくれるなんて、このお姉さん達は貴族の中でも格上なのかもしれない……ぼ、僕はそんな凄い人達からパンを貰ってしまった。これから奴隷のように働く事になるのかな……もぐもぐ……)


 パンを食べた後に、物凄く後悔したのと恐怖心が僕を襲いました。自分はこれからどうなってしまうのだろう……仮に追放されたとしても、場所が何処なのかも分からない。


「・・・・・・・?」

「何て言ってるんだろう……」


 お姉さんはこちらを見て手招きしていました。


「こ、これはこちらに来いと言ってるのかな? でもお姉さんの顔が少し怖いよぉ」


 お姉さんは少し鼻息を荒らげながら、どうやら僕にこちらへ来るようにと言っているようだ。僕はこれから何をさせられるのだろうか……内心恐怖心と不安で押し潰されそうだ。


 僕は少し考えた後、意を決して美人なお姉さんの元へと歩み寄りました。



 ◆



「天使ちゃん~お風呂の準備出来たからこちらにおいで~♪」

「―――――――――?」

「っ!? よしよし良い子でちゅね~あ、私の名前は楓って言うんだよ! 天使ちゃん宜しくね♪」

「―――、、、。」


 天使ちゃんは、クリームパンを完食した後私が手招きをしたら何と! 自分から歩み寄ってくれたのです! こちらにトコトコと来て、背が低いからか私を上目遣いで見上げる形となります。そのぱちぱちとした大きな目でこちらを見つめる天使ちゃん……控えめに言って可愛いです! この子は私をその可愛さで、悶え殺しにしようとしているのでしょうか。言葉は分からないけど、天使ちゃんの声は鈴の音がなるように美しく、とても言葉では言い表せません。聞いていて癒されるのです!


「ん〜でも天使ちゃん言うのもなぁ。よし! お姉ちゃんが名前を付けて上げる!」

「――――――??」

「天使ちゃんは耳が長くて、金髪で髪の毛が長い。異世界物語の小説で出てくるエルフに似ているわね……そうだ! エルフだから、! シンプルだけど、女の子にぴったりの良い名前だね! 家族に迎えるとしたら、名前は一ノ瀬 愛瑠える! 我ながら良い名前だね! 今日から貴方の名前は、エルちゃんよ!」


 私は不安そうな表情を浮かべているエルちゃんの頭を優しく撫で撫でした後、抱っこしてその場を立ちました。


「エルちゃん軽いね、ちゃんとご飯食べてるのかな?」

「――――――!?」

「あ、エルちゃん暴れないで! 危ないから! 」


 どうやら、エルちゃんはまだまだ私達を警戒している様子です。大人から暴力を受けていたのですから、それは警戒してしまうのは仕方の無いことだと思います。でも私は、エルちゃんに色々と教えたい。世の中悪い大人ばかりじゃないんだよって。そして美味しい食べ物やエルちゃんの見た事無い物を沢山見て学んで、人生を豊かにして欲しい。そこはこれから私や葵で色々と教えて行こう。


「さてと、まずはお風呂に入って汚れを落としちゃいましょうね~エルちゃん♪ お姉ちゃんとお風呂一緒に入りますよ~♪」

「――――――!? ーーーー!!」


 私は暴れるエルちゃんをしっかりと抱きしめて、鼻歌を歌いながら浴室へと向かいました。エルちゃんは可愛い女の子だから、常に綺麗で可愛い格好をして欲しいですね♪



 ◆



「な、何だここは!? ヒィッ!? 見た事の無い物ばかりだ……」

「・・・・・・・♪」


 僕は今、お姉さんに抱っこされながらとある一室にやって来ました。部屋の中は未知の物が沢山ありますが、その中でも僕は壁についている謎に反射している石版? のような物に目を奪われました。そしてその壁についている石版を覗いて見ると……


「ふぁっ!? 鏡の中にもう1人のお姉ちゃんが居る! それにこの小さくて可愛い女の子は……ん?」


 僕は謎の石版に向かって手を振ってみたり、腕を上げたり下げたりすると向こうも同じ動作で動いたのです。


「これ、もしかして僕なのか? え、嘘……完全に女の子になってる……」

「――――――??」

「ん? え? お姉さん、待って!? 服脱がさないでぇっ!?」


 僕は地面に降ろされた直後、お姉さんは入口の扉を塞ぐように立って、僕の服を脱がし始めたのです!


「きゃあっ!? ぼ、僕を脱がしてどうするつもりですか!?」

「・・・・・・・♪」

「えっ!? 何でお姉さんも脱ぐのですか!? はわわっ!?」


 何と僕の服を脱がした後に、お姉さんまで服を脱いだのです。僕は慌てて目に手を当てて、お姉さんの身体を見ないように顔を逸らしました。


「一瞬見えちゃったけど、お姉さんの胸大きかった。やばい、とてつもない罪悪感が……」


 僕は今は女の子になってしまったが、精神は男だ。お姉さんの裸に凄く興味はある。あんな大きな胸に顔を埋めたり、揉んだりしてみたいなと言う欲はある。だが、ここで、僕の貧相な罪悪感に寄り僕の脳内では、2つの意見に別れていた。そんなこんなで悩んでいたら、お姉さんに再び抱っこされて奥のスライド式の壁を開けて中に入ってしまいます。


「凄い、この大きな箱の中に水が沢山……え!? これお湯じゃないか!? こんなに沢山……」

「――――――。」


 僕は色々な物に興味を惹かれて、辺りをキョロキョロと見渡して居たら、何故かお姉さんはクスクスと笑っていました。僕は急に恥ずかしくなり、身体をもじもじとして顔を赤くしてしまいました。


「何と!? この壁に掛けられている物からお湯が出たぞ!? 魔道具なのか!? こんな便利な物がこの世に存在するとは……やはり、このお姉さんは只者では無いな」

「―――?」

「え? お姉さんの膝の上に来いと!? い、いやそれは不味いですよ! 僕は男で……あれ? 僕今は女の子か。でも良いのかな?」


 お姉さんは手招きして、膝の上においでと言っている様だ。僕は後ろ髪を引かれる思いでお姉さんの膝の上に座る事にしました。



 ◆



「さてと♪ エルちゃん~綺麗にしましょうね~♪」

「!?」

「あ、こら! 暴れちゃ駄目ですよ? 危ないから」


 エルちゃんはシャワーとシャンプーやリンスに興味津々です。エルちゃんは初めて見る物のようなリアクションをして目を輝かせていました。


「エルちゃんの髪の毛は綺麗だね~金髪ロングヘアー羨ましいなぁ。私が髪染めてもこんな綺麗な髪にはならないと思うよ」


 そしてしばらくしてから、エルちゃんは落ち着いたのか私の膝の上で大人しくしております。借りて来た猫のように大人しいです♪ そして温かいシャワーをゆっくりとかけてあげるとエルちゃんは気持ち良さそうに目を細めて、私の身体に全てを委ねるかのようにしてもたれかかって来ました。


「あらあら、さっきまで暴れていたのに今度はそんな無防備にな姿になっちゃって」

「――――――」

「うふふっ……エルちゃんの笑顔が私見たいなぁ~よし!」


 私はシャワーを止めて、エルちゃんの身体にこしょぐり攻撃を仕掛けて見ました!するとエルちゃんは……


「―――!? ―!! ―――――――――!!!!」

「エルちゃんはここがダメなのかなぁ? こちょこちょ♪」


 私はエルちゃんが笑って悶えてる姿に、すっかりとハマってしまい少し調子に乗ってしまいました。


「ごめんね、エルちゃんが可愛いくて……お姉ちゃんつい意地悪したくなっちゃった♪」

「――――――。」


 私の膝の上でエルちゃんは疲れてしまったのか、満身創痍な感じでした。しばらくしてから私の方に身体を向けて、何か少し怒っている雰囲気でした。


「怒っているエルちゃんも可愛い~♡ むぎゅっ!!」

「―――!?」


 私はエルちゃんを優しく抱きしめて、頭をよしよしと撫でて上げました。そしてしばらくすると……


「ぐすんっ……ふぇええんん!!」

「えっ!? どうしたのエルちゃん!? もしかして、お姉ちゃん意地悪しすぎちゃったかな? ごめんね」


 私はエルちゃんにごめんねと謝ったのですが、どうやらその事では無いようです。何と、エルちゃんは自分から私の身体を強く抱きしめて来たのです!


(もしかして、エルちゃんは寂しかったのかな? 暴力ばかり受けて、愛情を知らずに育ったのかもしれないわね)


 私はエルちゃんが泣き止むまで、優しく抱きしめて上げました。それでエルちゃんの寂しさが埋まると言うなら、私は何時でも抱きしめて上げますよ♪


「エルちゃん、これからは私達に沢山甘えても良いんだよ~私がエルちゃんのお姉ちゃんになってあげるからね! これからは一緒に美味しいご飯食べて、遊んだり出掛けたりして、夜は一緒に3人で寝よう!」

「―――??」

「うふふっ……そんな不安そうな顔しなくて大丈夫だから、ここにはエルちゃんに危害加えるような人は居ないんだから。お姉ちゃん達がエルちゃんに沢山の愛情を注いであげるから! 今日から私達は三姉妹よ♪」


 言葉は通じなくても問題はありません。こうして少しずつお互いの事を知り、時間を掛けて絆を紡いで行けば良いのですから。


「そうだ! エルちゃん、今日は葵ちゃんも入れて3人で川の字になって、寝んねしよっか♪ エルちゃん! これから覚悟してね! エルちゃんに寂しいと言う暇も与えないんだからね!」


 そうして一ノ瀬家は、この日新たな家族を迎えることになった。

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