Spring Trigger

D.J.Soramin

プロローグ

 桜が舞い散る、校庭の一角。


 スマホを操作していた手を止め、何気なく視線を上げてみた。


「きれいな、桜」


 人気のない道に春の太陽が降り注ぐ並木道。散ってゆく花弁が光を反射し、舞う。


 私はここが好き。退屈なとき、落ち込んだとき、いつもあたしを紛らわせてくれるこの場所。見たくない現実から目をそらさせてくれる、この場所。


 前髪が少し目に触れて目を閉じてしまったけれど、さらさらと花がこすれあう音は耳に聞こえてきて、暖かい風が肌に当たり、懐かしい桜のにおいが鼻孔をくすぐる。


「さて、と。もう行かなくちゃ」


 ぼおっと目の前の景色を眺めているのもいいけど、そろそろ時間になっちゃう。


「――――!」


 ゆっくり立ち上がりスカートの汚れを払ったその時。頭上から不意に、女の子の悲鳴が落ちてきた。


目を向けると、


「ぱ、ぱんつ⁈」


 スカートから降りる可愛らしい両脚と、純白のぱんつ。


 いったいなに……?


「たすけてーっ! 下ろしてーっ!」


 分からないけど、木から降ろしてもらいたいらしい。


 ひとまずあたしは木に登り、ぱんつの主へと移った。


「どうしたの?」


「うおっ! びっくりした」


 ぱんつの主は口を四角く空け、目を大きく見開く。可愛らしく驚いたそれは髪を短めに切り揃えた女の子で、柔らかそうな頬を赤く染めながら、涙目のまま私を向いた。


「なんであなたはこんなところにいるの?」


「いやー、この子助けようとしたんだけどね。あたしも降りられなくなっちゃった」


 なにそれ。


 私は彼女の手元で鳴いた子猫を見やりながら、ため息をついた。


「ここから飛び降りなさい。そこまで高さはないから大丈夫よ」


「えっ! 無理」


 騒ぎ出す彼女。このままだと遅かれ早かれ落っこちてしまう。


しょうがないなあ。


「じゃ、しっかり掴んでて」


 私は彼女の体を抱きしめると、思いっきり飛び降りた。


「ひゃああぁっ!」


 その小さな体を抱きしめながら、衝撃の瞬間に備える。


 三、二、一。


「っ……」


 まともに足から落ちたため、声にならない叫びが上がった。


「ぐひゃっ」


 私が抱きしめた女の子も、同じように声を上げた。


「にゃう!」


 それを聞いた猫も同じような悲鳴を上げた。


「……無事?」


 やっとの思いで引いた痛みを悟られないよう注意しながら問いかけてみた。


「痛ったいけど、あたしは平気。この子も怪我はないみたい」


 安堵の表情を浮かべる女の子をよそに、あくびをした子猫は腕の中から飛び出した。


「あ、待って!」


 女の子も飛び出し、子猫を追いかけて行った。


「……騒がしい子だったな」


 いまだ痛みの残る足をさすりながら、地面に腰を下ろした。


 そういえば、名前聞いてなかったな。


「――ぱんつの子、でいいか」


 まさか、退屈しのぎで来た場所で、変な子に合うとは思わなかった。


 でも、すっごくかわいい子だったな。

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