ユグトレイル

 とはいえ、町の外壁近くにヴォルカニオンがいること自体は安全性の面では……まあマイナスな気もするがアイアースはさておいた。そういうのはミレイヌが悩めばいい話だ。


「ゴブリンどもが泡吹いたぞー!」

「施療士の連中は何処だ!?」

「……おい、町の中見るな。ゴブリンどもが気絶してるみてーだぞ」

「我はゴブリンどもが我を恐れているのは気持ちが良いぞ」

「その台詞をキコリに聞かせられるんだろうな……」

「チッ」


 仕方なさそうにフレインの町から視線を外すヴォルカニオンだが、正直ここまでキコリの名前が「効く」のはアイアースとしては意外でもあった。基本的にヴォルカニオンとは言葉では絶対に言うことを聞かない印象があったのに、だ。


(何やったんだろうなあ、アイツはよ……ま、たいしたことではないんだろうが)


 流石にヴォルカニオンとぶつかり合ったとはアイアースは思わない。そういうので勝っても負けても、ヴォルカニオンは相手を「敵」以外のカテゴリーに入れることはない。戦った結果友情が芽生えるなんてことは、ないのだ。

 そしてヴォルカニオンは出会えばすぐに戦いに移行するドラゴンであるからこそ、ヴォルカニオンのキコリに対する態度は……「裏のない正直で親切なシャルシャーン」くらいには珍しいものだとアイアースは思う。


「おいアイアース」

「なんだよ」

「気付いているか知らんが、ユグトレイルの奴の匂いがするぞ」

「は? マジかアイツ。来たってことは……変身してきたのか?」

「いや、これは……」


 ヴォルカニオンが言いかけたのと同時に「うわー!」という悲鳴が響く。その理由は……アイアースにもヴォルカニオンにも一目瞭然だ。

 この地震の如き地響き。そして……天を突く威容。


「なんだあのでかすぎる木は!」

「まさか世界樹か!?」

「なんでそんなものが歩いて……!」


 そう、それはユグトレイルだ。巨大な木の根を足にして、ズシンズシンと歩いてくる巨大すぎる木。歩く度に引き起こす揺れは、それでもかなり抑えられている方だ。

 ユグトレイルはフレインの町から少し離れた場所まで来ると、そこに根を埋め始める。


「定住でもする気なのかアイツ……しねえんなら、誰が根っこの穴埋めると思ってんだろな……」

「そんな些事に気付くとは、貴様も町での生活に馴染んでいるようだな」

「結構楽しいぜ。お前もそんなクソデカな身体でいたら体験できねえぞ?」

「フン」


 アイアースの冗談に、ヴォルカニオンはつまらなそうに鼻を鳴らす。


「それを楽しむのは、元々そういう素養があってこそだ」

「お前にはねえってか?」

「ない」

「そうかい」


 もしかすると試そうと思ったこと自体はあったのか、その検討すらしなかったのか。どうであるかは分からないが、。やはりどうでもいいことで。アイアースは、ユグトレイルの元へと向かうべく飛行を開始した。

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