幸福が足りない

 あやうく世界を巻き込んだ大騒動になるところだった魔王事件から数週間が経過した。

 フレインの町もしばらくは微妙な空気が漂っていたが、それも少しずつ解消されていっていた。

 それというのも、キコリ自身が元に戻るのを望んでいたからに他ならない。

 罪悪感がどうとか、そういう余計なことで今の関係が崩れるのが嫌だったのだ。

 だからこそ「いつも通り」になったのだが……1つだけ「いつも通り」ではなくなったこともある。


「都市防衛隊特別顧問、ねえ……」


 町長であるミレイヌから渡された黄金のバッジを見ながら、キコリは椅子に背を深く預ける。

 流石に「従属」のようなものには現時点では対抗手段がないが、今後のことも考えれば防衛力の強化は必須だ。

「従属」への対抗手段についても考えていかなければならないのは勿論だが、それはそれとしては破壊に特化した第2の魔王が現れないとも限らない。

 ミレイヌからしてみれば、そこに丁度キコリとアイアースがいるのはまさに天啓だといってもいい。

 ただアイアースに何かを頼むのは少しばかり不安がある……アイアースのイメージは未だ乱暴者で固定だがさておいて……キコリに頼むのが無難であるというミレイヌの判断は正しいと言わざるを得ない。

 勿論、キコリを縛り付けようとすればそれでアイアースがキレる危険性もあるので、「特別顧問」などという権限はあるが義務はない役職をキコリに与えたという事情もある。


「なによ、嫌なの?」

「いや。今までの人生で何か地位みたいなのを得たことがないからな。正直よく分からない」

「あー……確かにそうね」


 冒険者をしてはいたが、アレは定職とは言えないし冒険者としてのランクも権力者ですらない誰かのちょっとしたさじ加減で奪われる程度のものでしかなかった。そんなものを地位と言ってよいかは微妙だろう。


「人間として生きたくて冒険者になって、人間やめたら色んなものが転がり込んでくる。皮肉なもんだな」

「……一応言うけど、それはアンタが必死に生きた結果よ。幸運か不運かで言うと、アンタは目茶目茶不幸なほうだからね? まだまだ幸福が足りてないわ」

「幸福が足りない、か」


 専用のカップに蜂蜜水を入れていたオルフェは、キコリのそんな言葉に振り向く。


「ん? 何よ」

「たぶんだけどさ。幸せっていうのがこの金貨だとして」


 言いながらキコリは取り出した金貨を机に置く。


「俺は、これだけでいいんだよ。両手から溢れるような幸せは、俺には大きすぎるんだ」

「うっさいバーカ。幸せに埋もれて死ね」

「どういう罵倒だよ」

「フン。不幸に慣れてるからそんな寝言言うのよ。そんなに暇ならアンタの職場の建築現場でも見てきなさいよ」

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