変わらない「平和」な日常

 結論から言おう。

 アリアの身体は世界樹の葉を粉々にしたものを飲ませることで完治した。

 アリア曰く「今まで身体の中に溜まっていたものが全て流れていく感覚」とのことだが……ともかく、アリアの身体は冒険者をやっていた頃同様の健康な身体を取り戻したのだ。


「あー! 健康な身体って気持ちいいですね!」

「いや、それは同意なんですが……」


 防衛都市の中にある修練場で、キコリは疲れた様子で額の汗を拭う。

 少し離れた場所ではオルフェが呆れたような顔で見ているが、今は丁度アリアとキコリでの模擬戦を兼ねた修練中なのである。


「アリアさん……凄く強くないです? 俺も結構強くなったはずなんですが……」

「んー。確かにキコリも結構強くなってますけど。私、結構なまってますよ?」

「げっ」


 キコリの肉体はすでにドラゴンであり、力も人間として不自然な程ではないが上がっている。

 対するアリアは人間そのものであるのに、キコリは……かなり力負けしているのだ。

 更に言えば、体力も凄い。キコリは少し疲れているのに、アリアは僅かに汗をかいているだけだ。


「んー……あー、そういうこと」

「え? なんだよオルフェ」


 やがて、アリアを見ていたオルフェが納得したように声をあげる。

 オルフェ自身、ちょっと納得いかなくてアリアをずっと観察していたのだ。


「バーサーカーなのよ、そいつ」

「いや、俺もだけど」

「うん、そうじゃなくて。体内で魔力が流れながら絡みついてんのよ。たぶんだけど、身体能力が2倍以上になってんじゃない?」

 筋肉が倍になってるみたいなもんね、とオルフェは付け加える。要は真正面から暴れて叩き壊すのに非常に最適な身体である……らしい。


「えー……? 治してよかったの? そのままの方が平和だったんじゃないの?」

「あはは、昔から力加減は得意な方でしたし。治って幸せですよ?」

「そうかしら……折角檻に入れてた猛獣が解き放たれたような恐ろしさを感じるわ……」


 そんなやり合いをしているオルフェとアリアを見ながら、キコリは修練場の地面に座りこむ。

 ……まあ、キコリとしてはアリアが治ってよかったと思っている。

 これでアリアが魔法を使って倒れることはないのだ、それで無茶をされては困るが……まあ、アリアなら大丈夫だろうとは思っている。問題があるとすれば、それは。


「それにしてもキコリが本当に世界樹の葉を持ち帰ってくるなんて。私は黙ってますけど、たぶんすぐに知れ渡りますよ? 私を治せるのはそのくらいしかなかったですから」

「あー……オルフェの魔法ってことじゃダメですかね」

「それはそれで余計な騒ぎになりそうですし、世界樹の葉ってことにしといたほうが無難ですよ」


 無難とは、とキコリは溜息をついてしまう。

 どの道、然程時間をおかずにドラゴン探しの旅に出るつもりではあるが、それまでもつだろうか?


「ま、いいんじゃないの? 他の人間じゃ無理でしょ」

「……かもな」


 ヴォルカニオンとユグトレイル。2人のドラゴンを相手に出来る者がどれほどいるものか。

 まあ、そう考えるとこの防衛都市ニールゲンもかなり薄氷の上にあると言わざるを得ないのだが。

 2人とも何もしなければニールゲンを滅ぼすようなことはしないだろう。

 

「ま、今までと何も変わらないか」


 そう、何も変わらない。いや、変わらないように見え続けている。

 もしかすると、何処かで何か致命的な何かが進んでいるかもしれないし、そんな危機の種など何処にもないかもしれない。

 しかし、そういったものをあるいは……平和と、呼ぶのだろう。

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