異界言語
「ほう! これはこれは……」
「ご存じなんですか?」
「異界言語ですな」
異界言語。その言葉に、キコリだけでなくオルフェもピクリと反応する。
「異界……ですか」
「はい。意味としては此処とは違う世界の言語、ということになりますが」
「そんな世界がある、という確信が?」
「フフッ、いえいえ。順番にご説明しましょう」
そう笑うと、イドレッドはノートの文字を指し示す。
「実を言うと、過去にも幾つか事例があるのです。確実に何かの言語でありながら、現存するどの言語とも法則の違う……まさに異界の言語としか思えないようなものが」
そのうちの1つがこれです、とイドレッドは文字をなぞっていく。
「私が知っているだけでも4パターン。どれも法則性を持ち、だというのに未だに解読できていない言語群です。これはその中の1つに酷似していますが……まさか新しいものが見つかるとは、思いもしませんでした」
「ていうか、言語じゃなくて文字でしょ? 誰かがそれを喋ったわけでもなし」
「ええ、ええ。オルフェ殿の仰る通りです」
イドレッドはオルフェにあっさりと認めながらも、ノートを捲っていく。
「ですが……これらが文字であるならば、当然対応した発音もあるわけです」
「まあ、そうね」
「ならば、それは私達の知らない『言語』であるということです。そう考えると、浪漫があるでしょう?」
「全然分かんない」
「おや、ふふふ」
肩をすくめるイドレッドだが、キコリは真剣に先程のイドレッドの言葉を反芻していた。
異世界の記憶は、もうキコリの中にはない。それ故に言語についても当然理解できないが……そうなると、確かめる事があった。
「他の異界言語は、どんな場所から見つかったんですか?」
「色々です。死んだ妻がよく分からない文字を書きなぐった日記を所持していた、悪魔ではないか……とかね」
「悪魔……」
キコリは自分が生まれ故郷を出た理由を思い出してしまう。
悪魔。キコリもまた悪魔憑きと呼ばれ、故郷を出ざるを得なかった。
結果として今は人間をやめているのだから、なんとも人生とは分からないものだ。
「ちなみにですが『天才』や『英雄』と呼ばれる方々の一部も、そうしたものを遺すことがあります」
天才。キコリも天才と呼ばれた人物に関する本を読んで転生者と確信したのだ。
何故かまでは覚えていないにせよ、そうすると「異界言語」が何であるかは想像できる。
しかし、それを此処で言えるはずもない。
「面白いと思いませんか? 生まれた時代も国も種族も何もかもが違う人々が、同じ法則を持つ言語を操る……共通語を自分の言語としていながら、です」
言うわけにはいかない。面白いと言いながら、目がギラギラしている。
余程「異界言語」を解読したいのだろう。その手掛かりだなどと思われては、たまったものではない。
だから、キコリは残念そうな表情を形作る。
「確かに浪漫はありますが……何が書いてあるかは純粋に興味があったので、少し残念です」
「いや、それは本当に……お役に立てずに。折角頼ってくださったというのに、私ときたらこんな話など。いやはや……」
「いえ、結構面白かったです。それで、これなんですが」
「もし宜しければ、お預かりしても? あるいは異界言語の謎を解くカギになるかもしれません」
「ええ、どうぞ」
期待はしていない。
いないが……そういう謂れのつくものであれば早めに手放した方がいい。
どのみち、相手の正体に検討はついたのだ。
だからこそキコリはもう、ノートの内容にはほとんど興味を持ってはいなかった。
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