やってみる価値はある、よな
とにかく、その鎧は今は買えないが……とにかく明日、ということだろう。
それまでは今の鎧を使うことになるだろう。
まあ、それでも問題はないとキコリは思う。
今日はもう、冒険に行くつもりはないのだから。
「じゃあ、予約済ってことでいいか?」
「はい、お金が入り次第買います」
「よし、良く言った」
ミルグにバン、と肩を叩かれたキコリはそのままクーンと店を出る。
気付けばもう夕方で、余程奥に行っている冒険者でなければ戻ってくる時刻だ。
「さて、と。僕も宿に戻ろうかな」
「ああ。また明日」
「また明日ね、キコリ」
その姿を見送ると、キコリは自分の掌をじっと見る。
今日の戦いは、僅かではあるが前世の知識を使った。
今まで何の役にも立たなかったそれが初めて役に立ったと思ったが……結局のところ、それによる戦果は理解されない可能性が高い。
自分だけが分かっている知識など意味がない。
だが、それを他者に説明して理解して貰えるほど賢くはない。
それが出来れば、悪魔憑きなどとは言われなかっただろうから。
今回の事も、無闇に戦果を主張するのは良くない結果を招くことはすでに教えてもらった。
マジックアックスを手に入れたことで攻撃力の上昇も成功した。
魔法に関しては……考える必要はあるが、またアリアの家の本を読みこんでみる必要もあるだろう。
あの鎧。ミルグ武具店で見たあの鎧があれば、実力以上の魔法も撃てる。
ならば、使用できる魔法の幅も増えるはずだ。
ブレイクの威力も上がるだろうが、ブレイクではない「分かりやすい魔法」だって実用レベルで使えるかもしれない。
「……やってみる価値はある、よな」
そうと決まれば、アリアの家に帰るだけ、だが。
ふと、キコリは空を見上げ「それ」に思い至る。
今日はキコリが食事を作るチャンスではないかと、そんな事を思ったのだ。
普段はアリアが楽しそうに作っているので手伝いに留まっているのだが、先に帰って作っているというのも……なんというか、お礼になるのではないだろうか?
そこまで考えると、キコリの足は自然と食品市場へと向く。
この時間は生鮮食材の類は多少の値下げもしてくれているから、キコリの財布にも優しい。
「料理か……何作ろうかな」
焼き物に炒め物、スープにパン。
流石にパンは買わざるをえないが、それ以外なら前世の知識に頼らずともそれなりに作れる。
というか、ぶっちゃけた話でいえば前世に存在した料理のレシピの幾つかは過去の転生者と思わしき連中が再現していたりする。
まあ、彼等は魔力とか才能とか……色々恵まれていたというのもあるようなのだが。
キコリは自分が実は生きるのが下手なのではないか、と思わざるを得ない。
そんな後ろ向きなことを考えている間にも食品市場に到着し、キコリは並んでいる食材を見て回る。
「……シチューにしよう。野菜と鶏肉を買って……」
「キーコリッ!」
「うわあっ!?」
背後に気付かぬうちに迫ってきていたアリアに抱きしめられ、思わずそんな声をあげてしまう。
「あ、アリアさん!?」
「聞こえましたよ、シチューですって? 私に作ってくれるつもりだったんですね!」
「いやその、普段のお礼的な……」
「そういうところがキコリの良いところですよねー」
グリグリと頬を押し付けてくるアリアと、逃れられないキコリに周囲の視線が集まるが……アリアは気にした様子もない。
「じゃあ、一緒に食材選びましょうか!」
「そうですね……」
どうやらサプライズは失敗したらしいが……アリアが上機嫌なので、キコリは何も言わずに手を引っ張られ市場を歩くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます