言いませんでしたっけ

 残りの防具も売り、報酬を二分割してクーンと別れる。

 明日も会うという約束になんだかくすぐったい感触を覚えながら、キコリは空を見上げる。

 まだ日が暮れるまでには時間がある。

 具体的に言うと、アリアの勤務時間が終わるのはまだ先なのだ。


「……なんだろう。いや、流されてる俺がアレなんだけど……」


 すでにアリアと暮らすことに抵抗が無くなりつつある。

 好きか嫌いかで言えば、好きだ。

 嫌われたくないと思っている。

 今の人生で初めて暖かくしてくれた人だからだ。


(学ぶんだ。隠すだけじゃない。学んで、昔の記憶なんか出てこないくらいに新しい知識で埋めるんだ)


 あの村では、それは出来なかった。

 文字なんて読む必要もなかったし、そもそも誰も文字に関わる生活をしていなかった。

 神殿には聖典らしきものはあったが、それも神官が大事に保管しているものだ。

 読む機会などあるはずもない。

 いや、あるいはそれも言い訳だろうか。あの村を出ていく。それだけを考えていたから、他の何もかもに目がいかなかったのだろうか?

 グルグルと巡る自己嫌悪は、突然頬をつついた指の感触で霧散する。


「なーにしてるんですか、キコリ」

「……アリアさん。え?」


 此処は冒険者ギルドの前でもないし、ミルグ武具店の近くでもない。

 どうしてアリアがこんなところにいるのだろう?


「お買い物して帰ろうと思ったら、キコリが黄昏てるんですもの。何かありました?」

「……いえ、何も。あ、いえ」

「ん?」

「仲間が出来ました」

「女の子ですか?」

「男です。猫獣人の……クーンっていう名前の」

「あー、その子なら知ってます。確かイレーヌが目をかけてたような」


 なるほどなるほど、と頷くとアリアはキコリに手を差し出す。


「まあ、そのお話も後で聞かせてください。買い物して帰りましょ」


 差し出された手。僅かに躊躇いながらもその手を取ると、アリアはぎゅっと握りしめてくる。

 そのまま引っ張られるように、キコリは歩き出す。

 伝わる暖かさも、上機嫌に笑うアリアの姿も……その全てが、キコリの中の「何か」を埋めてくれる。

 だからこそ、同時に不安になってしまう。これを失う可能性がある事に。


「アリアさん」

「んー?」

「どうして、俺にこんなに良くしてくれるんですか?」

「言いませんでしたっけ?」


 キコリの問いにアリアは足を止め、首を傾げる。


「ちょっと好みだからツバつけとこうかなーって」

「いや、それは冗談って」

「んふふー、そうですね」


 暮れ始める空の下で、アリアは笑う。


「結構好きですよ? キコリのこと」


 それも冗談なのだろうか。

 分からない。キコリには、分からない。

 けど……アリアは「冗談です」とは言わなくて。

 手を繋いだまま、キコリとアリアは買い物へと向かうのだった。

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