おっ、自信たっぷりですね
学ぶ、ということを今回の人生ではしてこなかった。
学ぶ機会がなかったからだ。家に本などあるはずもないし、神殿にはあるかもしれなかったが、近づきがたい場所だった。
もし行ったとしても、流石に神官も小汚い子供に本を触らせたかどうか。
……いや、それは言い訳だ。けれど今、キコリは文字を学習していた。
少しずつ、けれど確実に文字が読めるようになっていく。
たぶん今なら、自分の文字だって書けるかもしれない。実際どうであるかはさておいて、そんな小さな万能感に満ちてすらいた。
「キコリ」
「……」
「おーい、キーコーリー?」
自分に圧し掛かる感触を感じてキコリは「うわっ!?」と声をあげて。何かにゴツンと頭をぶつける。
「いったああ……こら、キコリ。乙女の顎に頭突きとか!」
「うわ、すみません!」
振り返ったそこには湯上りのアリアがいて、キコリは思わず後ずさってしまう。
「ふふん、まあいいです。どうやら勉強に熱中してたみたいですし?」
「あ、えっと、はい。とても楽しいです」
「ほうほう、それは良い事ですね。ならテストしてもいいですか?」
「はい」
キコリは迷わずそう答える。もし難しい言葉を設問にされたら無理だが、簡単な言葉なら今は読める。何しろ、本の題名だって今のキコリは読めるのだ。
「おっ、自信たっぷりですね? では……冒険者ギルドで最初に貰ったチラシ、持ってます?」
「え? ええっと……」
キコリは荷物袋から折りたたんだ紙を取り出すと、それを広げる。
冒険者登録の初日に受付嬢から貰ったニベ草の採集依頼の紙。
それを見てキコリは「えっ」と驚く。
「読めますか? それ」
「は、はい。ええっと……」
ニベ草の採集依頼。傷薬に使えるニベ草の採集を依頼します。
1株につき100イエン。
ただし、もしこの紙を読めるのであれば別の依頼を紹介します。
読めた貴方は、この内容を流布しないように願います。
冒険者には最低限の学も必要ということです。
担当受付:イレーヌ
「ど、どういうことですかこれ……?」
「つまりですねー。冒険者とはいえニールゲンの住人なわけです。それは分かりますね?」
「はい」
「けど、力ばっかりで頭が空っぽな連中が集まっても治安に問題が出ちゃうわけです」
「それは、まあ」
理解はできる。割れ窓理論、というものを聞いたことがある。
治安の悪さは伝染するとか、そういった感じのものだったはずだ。
「当然頭の良い馬鹿とか、ちょっと知恵の回るチンピラみたいなのもいるわけですが……それでも『文字を読める』っていうのは最低限のラインとして設定するには便利なわけです」
「じゃあ、受付の人が名前を教えてくれないのは」
「あ、別に文字が読めなくても人格も実力もある人は居ますからね。そういう人には普通に名前教えたりしますよ、彼女達」
「ええ……」
「だってそういう人達って、自然と文字の必要性に早々と気付いて覚えますからね。そういう意味では死にかけキコリがどう見えるかっていうと……」
「将来性がない、と」
「そういうわけですね。でも私はキコリに期待してますからね?」
「……ありがとうございます」
すっかり落ち込むキコリを「元気出してー」とアリアが抱きしめるが……キコリはしばらく、落ち込んだままだった。
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