ふざけた名前名乗りやがって

 防衛都市ニールゲンで冒険者として活動を行うには、衛兵に渡された木札を持って冒険者ギルドに行く必要があるらしい。

 大体の道は教わったので、キコリは然程の苦労もなく冒険者ギルドへと辿り着き、その建物を見上げる。

 三階建ての石造り。とても立派で頑丈そうな建物には看板がかかっているが、残念な事にキコリには読めない。文字を習っていないので仕方がない。


「立派な建物だなあ……」

「ん? なんだガキ。まさか冒険者志願か?」


 背後から男に声をかけられ、キコリはビクッと飛びあがりそうになる。


「武器は……なんだ、この斧。まあ、使えないこたぁねえだろうがよ」

「えっと」

「おう。俺はガンツだ。ガキ、冒険者志願か?」

「はい。初めまして、俺はキコリです」

「ハハッ、初めましてときたか! そんなご丁寧な挨拶、久々に聞いたぜ!」


 やってしまった、とキコリは思う。

 キコリにとっては普通に喋っているつもりでも、周囲には奇異に映ることがある。

 知っていたはずなのに、やってしまった。


「ま、礼儀を尽くすってのは悪い事じゃねえ。やられて悪い気分になる奴はそうはいねえからな」


 なんだか良い人っぽい。キコリはそう思う。

 筋骨隆々の身体に金属製の胸部鎧をまとい、腕にも足にも部分鎧をつけている。

 背負った盾も頑丈そうで、腰に差した剣も使い込んだ風だ。

 恐らくベテラン冒険者というやつなのだろう。


「で、だ。冒険者はやめとけ。死ぬだけだぜ」


 しかし、ガンツが言ったのは……そんな、キコリの死を確信したかのような言葉だった。


「でも、俺は」

「でもじゃねえよ。命の取り合いナメてんのか。てめえみたいなガキが1人で来てんだ、それなりの事情があんのは理解するがな。ゴブリンの前に新鮮な餌を放り込む気はねえんだよ」


 それとも、とガンツはキコリの顔を覗き込む。


「それともてめえ……ゴブリンなめてんのか。簡単に倒せると勘違いでもしてんのか? 出来ねえぞ。大の大人が漏らして逃げるような相手なんだ」


 脅すように言った後、ガンツはキコリの肩をポンと叩く。


「まあ、冒険者になるって言って木札貰ってきたんだろ? 俺も口利いてやるから2、3日ギルドで雑用でもして、それから別の仕事探すんだな」


 バンバンと肩を叩くガンツに、キコリは思わず「はい」と答えてしまいそうになる。

 なるが……他の仕事? 雑用、接客、配達。どんな仕事でも会話しているうちにまた「前世」混じりの事を言ってボロが出るかもしれない。

 あの何の役にも立たない、足を引っ張るしかしない記憶が、また「悪魔憑き」と言われる原因になるかもしれない。

 そんな事になるくらいなら。


「ん? どうした?」

「すみません、ガンツさん」

 

 他人とは、可能な限り関わりたくない。

 せめて、自分の常識や思考がこの防衛都市の住人としてのものに塗り替わるまでは。


「それでも、俺……冒険者になりたいです」


 言い放ったその言葉に、ガンツは何度か表情を変えて。

 やがて、大きな溜息をつく。


「追い詰められた目ぇしてやがる。まだガキが、どんな人生送ってやがんだか」

「心配してくれたのに、すみません。でも、俺は」

「ああ、いい。いい! 止めてコッソリ行かれても寝覚めが悪ぃだけだ! ほれ、行くぞガキ!」

「ガキって、俺は」

「キコリだってか? ふざけた名前名乗りやがって。ま、此処はどうせそんな奴ばっかりだがな!」


 ガンツにがっしりと捕まえられながら、キコリは冒険者ギルドの中へと入っていく。

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