東〇東上線のJK地縛霊

Cockatiels

第1話 東〇東上線のJK地縛霊

「——まもなく、4番線に急行池袋行きが10両編成でまいります。安全のため黄色い線の内側へ下がってお待ちください」


 電車の到着を知らせるメロディーとともにアナウンスが流れた。 


 パンツスーツのキャリア風なお姉さん、肩にフケを積もらせたオッサン(雪山からの生還者かよ)、ラケットを担いで真っ黒に日焼けした学生達——


 ホームで電車を待つ人々は、アナウンスに反応を示すことなく、みな一様にスマホに目を落しながら無言でこうべを垂れて突っ立っている。


(昔、ゾンビ映画でこんなシーンを見たことあるぜ・・・・・・。)さして好みでないスプラッター映画を思い出してしまった。


 秋山 穂香ほのかは、電車の到着を知らせるの上に腰掛け、足をブラブラと垂らしながら、無言でこうべを垂れ続ける人々を不満げに見下ろしている。


 どこの学校の制服だか分からないが、ベージュのブレザーでスカートの丈はずいぶんと短い。下から見上げるとパンツが丸見えだ。


 白いぶかぶかの長い靴下を履いた小麦色の足が垂れ下がっている。


 このぶかぶかな靴下は、かってルーズソックスと呼ばれ平成初期に全盛を謳歌したが、さして機能的でもないため、いつしか絶滅していた過去の遺物である。


 そして、彼女の電光掲示板の上に腰掛けるという奇行を注意する駅員もなければ、「危ないよ」と優しく声をかけてくれる大人もいない。


 というより、彼女の姿は誰にもえてない。——だって彼女は、この駅の地縛霊なのだから。


 穂香ほのかが見下ろす人々の群れは、無言ながらも少しづつ線路側に圧力を強めてゆく。

 

 ——どうやら、電車内のイスを巡る生々しい戦いは、すでにホームから始まっているようだ。


 ——うん? あれは・・・・・・。


 穂香ほのかは、強まってゆく圧力のその先にランドセルの男の子が一人紛れていることに気づいた。


 ランドセルの男の子も、他の乗客と同様にスマホに視線を落したままだ。


 んっ? ・・・・・・何っ⁈ 今時の小学生ってスマホ持ってんの? それって学校に持ち込んで良い訳? どうして⁈


 あたしの学校は、ピッチ(PHS:簡易型携帯電話)も持ち込み禁止だったよ⁈


 穂香ほのかは、現在の小学生のスマホ事情に驚愕すると同時に、緩い校則に守られている彼らに対し、嫉妬とも羨望とも言える複雑な感情が芽生えるのを感じた。


 こりゃ「キィーッ!」って言いながら、ハンカチを噛む奴の気持ちが解るぜ。

 あたしなら絶対やってるね!


 穂香ほのかがハンカチを持っていないことと、彼女の読んできた漫画が相当古いことが暴露された。


 構内に電車が入ってきたようだ。ホーム全体の空気が気圧の変化でフワッと攪拌かくはんされる。


 それが合図であるかのように、人の波はさらに線路側へ圧力を強め、いつしかランドセルの男の子の身体は、黄色い点字ブロックを大きく踏み越える位置まで押し出されていた。

 それなのに、男の子はイヤホンをつけたままスマホ画面に引き込まれたままである。

 いや、むしろ食い入るように眺めているその姿は、さながら電車に向けて頭を差し出しているようにさえ見える。


 電車はもう目前だ。


「ったく、もう! お前っ! しばらくスマホ禁止!!」


 そう叫ぶと、穂香ほのかは電光掲示板から飛び降り、一目散に男の子の方へ駆け出した。


 ホームに群がる人々の身体を文字どおりすり抜けながら駆け寄り、あっという間に男の子の背後までたどり着き、無我夢中で、男の子を背後から両手でギュッと抱きしめ思いっきり引っ張る。


「うっ!うわぁ!」


 突然、背後から何者かに身体を引っ張られ男の子は声を上げながら尻もちをついた。驚いた大人たちが慌てて男の子を点字ブロックの内側まで引き戻す。


 その騒動にすぐに駅員が駆けつけ、瞬く間に人だかりの輪ができた。


 ——男の子は無事のようだ。


 それをぼんやり眺める穂香ほのか


「助かったの。——良かったじゃん・・・・・・」他人事のように呟いた。


 無我夢中だった——。とは言え、まったく状況を捉えてなかったわけではない。


(あれっ・・・・・・⁈ あたし、今、スゴイことできたんじゃね?)今しがた自分が起こした奇跡を頭の中で何度も思い起こしてしまい、周囲の景色が頭に入らない。


「あたし・・・・・・。さわることが・・・・・・できちゃった・・・・・・かも」


 地縛霊となり実体のない自分が、ことができた。——穂香ほのかは大きな瞳をさらに見開き、自分の両手をマジマジと眺めた。


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