架空ルポルタージュ 異世界大学探検部

金澤流都

1 エトク平原 失われた「クー語」のゆくえ

1-1 メルク村のグーグー・ジ・ク

 のどかな田舎道を、我々中央学府探検部の一行はトカゲ車で進んでいた。トカゲ車というのは、神都イズラ周辺やエトク平原でよく使われる交通手段で、俗にオオトカゲとよばれる生き物が引っ張る四輪ないし八輪の車だ。乗合のものなら子供の小遣い程度の料金で結構な距離を進める。探検部一行が乗っているのも神都イズラからエトク平原の小さな村・メルクに向かう、大規模な乗合トカゲ車で、八輪のものだ。左手に神大陸山脈の雄大な景色を眺めつつ、どこまでものんびりと広がる田畑のなかを進んでいく。


 実を言うと俺はいま移動しているエトク平原の出身である。故郷はルユトク村という、半農半漁の貧しい村だ。ルユトク村から中央学府に入学したのは俺が初めてで、そもそも高等学校に進めたのも俺が初めて。まあそのことについてはあとでゆっくり説明するとして、俺はよく見慣れた、米を保管するための高床式倉庫――古い言葉で「グー」と呼ばれる――や、北の干潟で獲れる小魚を肥料として田畑にすきこむ様子なんかを眺めていた。


「……風景になんの変化もないわね」


 探検部の先輩のシルベーヌ先輩が退屈している。エトク平原はどこまで行っても同じ風景の土地だ。都会の人間にはつまらないかもしれない。


「しかしここの作物はよく実っておるの」


 同じく先輩であるサザンカ先輩がそう言って田畑をキラキラ目で見ていた。このひとはとんでもない悪食なので、もしかしたら生米でも食べるかもしれない。


「まあ――メルクには鳥が先回りしてるはずだし、なんかもてなしてもらえるんじゃね?」


 と、先輩その3であるクオーツ先輩がぼやく。メルクに到着するのはきょうの夕方。ひたすらがたごととエトク平原の変化のない景色が続く。


 俺たち中央学府探検部は、神大陸山脈の周りをぐるりと一周するルートで、遥か南の果てにあるエポリカ火山を目指していた。エポリカ火山には、「死なずの鳥」という生き物がいて、死なずの鳥の生き血を飲めば永遠に生きるという伝説がある……と、シルベーヌ先輩が言っていた。俺は正直眉唾だと思ったのだが、探検部一同は「おもしろそうじゃね」みたいなノリで、エポリカ火山を目指すことになったのであった。


 しかし中央学府に入学すべくトカゲ車で移動したときも思ったのだが、本当にエトク平原は風景に変化がない。春先なら神大陸山脈の「農鳥」や「種まく人」なんかが見えると思うのだが、いまは夏だ。ほどよく暖かい気候で、そこいらじゅうを流れる用水路で小さな子供が水遊びをしている。泳いでいる小魚を捕まえたり、カエルを追いかけたり。


「車夫殿。これはいつになったらメルク村に着くのじゃあ?」と、サザンカ先輩。


「じきにですね」車夫はさっきからずっとこればっかりである。


「儂は腹が減ったぁ。何か食うてよいか」サザンカ先輩は俺の横にあるどでかい荷物を見る。


「駄目ですよ。メルクにはあと少しで着くんですから。メルクについたらおいしいものが待ってるんですから。食糧が減ったら死なずの鳥までたどり着けませんよ」


「死なずの鳥……うむぅ……」サザンカ先輩は黙ってしまった。サザンカ先輩、見た目はまるっきし子供なのだが、驚愕の三十八年生である。三十八年前といえば中央学府が開設された年だ。一期生が教職員にも研究者にもならず一学生をやっているというのはどういうことなのだろうか。そもそもなんで最低でも五十六歳になる人が、こうして子供のなりをしているのか。


 そんなことはともかく、次第に景色にグーの姿が増えてきた。メルク村が近い。


「はいメルクだよー」車夫はそう言うと、乗っている面々から小銭程度の運賃を受け取った。乗客はぞろぞろとトカゲ車を降りる。向かって真正面に、次第に太陽が沈みつつあった。


 俺はすごい荷物をどっこいしょと背負い、車を降りた。本当にすごい荷物だ。食糧や現地人と交渉するための砂糖や酒など、とにかく荷物が多い。エポリカ火山まで少なく見積もって二か月以上の大冒険である、仕方がない。


 グーのたくさん並ぶメルクの村に踏み入れると、人々は村の広場で煮炊きして、食事の支度をしていた。エトク平原では家というのは寝たり雨をしのいだりする場所で、ふつう広場で村中のひとが集まって食事をする。俺の故郷ルユトクもそんな塩梅だった。


 そもそもエトク平原というところは、シェタク川流域に広がる大穀倉地帯で、年中穏やかな気候が続く。冬でも川で水浴びができる温暖で水源の豊富な土地だ。


 さて、メルクの村についたわけで、これから村長に挨拶しなくてはならない。普通に神都語で話しかけても通じるだろうが、シルベーヌ先輩の判断で、最低限の礼儀として古くから伝わるクー語の、目上の人への挨拶である「アロ・イーン」で挨拶したほうがよかろう、ということになった。村長は誰かと村の子供に訊ねると、あっさり教えてもらえた。


 村長は、まだそれほど歳のいっていない有角人の男性だった。


俺たちが揃って「アロ・イーン」と挨拶すると、

「きょうびそんな古い挨拶、なかなか聞かないよ」と、ハハハと笑われてしまった。

「えっ、クー語ってそんなに廃れてるんですか」と、シルベーヌ先輩。


「そうだね、もう上手くクー語を喋ることができるのは年寄りばっかりだね。いまはみんな神都の言葉を使うし、使いたがる。もうエトク平原でしか通じないクー語は古いんだよ」


 シルベーヌ先輩はあからさまにショックを受けていた。シルベーヌ先輩は五種類の言語を自由に操れると豪語する人で、クー語の語彙もそうとうあるようだったので、もう話す人が少ないというのに非常に驚いたようだ。


「あの、中央学府から鳥を飛ばしたと思うのですが、連絡は来ていますか」


「ああ、これかな? 都会の人は字がきれいだね」


 村長は探検部の頭脳であるアルナ先輩が書いた手紙を取り出した。これこれこういう連中がいきますからどうぞよしなに。そういう内容である。


「中央学府の学生さんが調べものに来ると思って、干潟から大きな魚を捕まえてきてある。それをリュクで煮た料理を用意させた」


「りゅく?」サザンカ先輩はどんなものか想像している顔である。


「酸っぱい果物のことね。単語としては残ってるのね、クー語」と、シルベーヌ先輩。


 え、リュクで煮た魚ってすごいご馳走ではないか。ルユトクでは新年の祝いか祝言か葬式でもないと食べられないやつだった。でもメルクの人に田舎扱いされるのは嫌だったので黙っていた。


「なにをモニョっておる。甘酸っぱく煮た魚というのがどんな味か、期待しかないじゃろ」


「甘酸っぱい魚……想像がつかない。おいしーの、それ? ええ……」


 クオーツ先輩の心配をよそに、焼き物のシンプルな器に盛られた魚が我々探検部の面々に出された。エトク平原では当たり前の箸も渡される。


「え、ちょ、どうやって使うの? 棒が二本あるだけじゃない」シルベーヌ先輩はよく分からない顔をしている。俺が使い方を説明する。


「シルベーヌ先輩ってエトク平原の出じゃないんですか。エトク平原だと有角人は敬われますよ」


「生まれも育ちも神都よ。それにべつに敬われたくて生きてるわけじゃないわ」


「いっただっきまーす!」俺とシルベーヌ先輩の会話を中断し、サザンカ先輩がムシャムシャとリュクで煮た魚を食べ始めた。すごいご馳走だということを理解していない食べ方だ。しかし箸の持ち方は完璧である。


「ハハハ、学生さんは食べっぷりが気持ちいいね。さあ、食べてください。ここでは来客が一番に箸をつけると決まってる。学生さんたちが食べてくれないと我々は食べられない」


 村長は笑って言い、俺たちにリュクで煮た魚を勧めた。シルベーヌ先輩もどうにか箸で魚を分解してモグモグし、クオーツ先輩も食べ始めた。俺も食べる。うまい。


 酸っぱい果実であるリュクは、村に一本は木が生えていて、酸っぱいうちに収穫する。採り忘れて熟れたものは子供がおやつに食べる。そのルールはメルクの村も変わらないようだ。


 食べていると酒が出てきた。どうやらこれは宴会――古い言葉でグーグー・ジ・クという――のようだ。酒はリュクを醸造したものと米を醸造したものが両方出てきて、村長は米の酒をリュクの酒で割ると甘酸っぱくておいしいのだと言った。


 俺は正味のところ未成年なのだが、まあ出された酒を飲まないのはマナー違反である。少しだけ飲んだ。米の酒は非常に貴重なものなので、あまりガブガブ飲んではいけない。おいしく少しずつ飲み、それからまた魚を食べる。


「すんごい酒盛りだのー」サザンカ先輩はそう言い、完璧に酔っぱらった顔をしている。頭のてっぺんについているキツネ耳をぱたぱたさせて、体温を下げている。

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