第3話 私の婚約者

 彼も私に気付き、私が居るのを意外そうに目を丸くしていた。


「目覚めていたのか……」


 シリウスの言葉から私の目覚めを知らなかったようだ。しかしそれが何だというのだ。頬が引き攣りながら、皮肉を言ってやらねば気が済まない。


「目覚めなかった方がよろしかったですか?」


 どうしても責めるように口から出てしまう。

 逆上するかと思ったシリウスは私の予想とは違い、ただ顔を歪ませ悲しそうに目を伏せた。


「そんなことは言っていない……ただ毒で生死の境を彷徨っていたから心配していたんだ」


 今の言葉が一番に私の怒りを燃え上がらせた。


「貴方達が私に毒を飲ませたんでしょうが!」


 奥歯を噛み締め、それを解き放つように腹の底から怨嗟のこもった声が出た。それが私の限界だった。フラッと体から力が失われて地面が近付く。


「おい! しっかりしろ!」

 誰かに抱かれた感触があるが、それを気にすることが出来ないほどの頭痛が襲う。

 意識を失った後、目覚めた時にはベッドの上に居た。休んだことで頭痛が引いていた。


 ……変な時間に起きたわね。


 熱も若干引いたが、夜はすでに暗くなっておりお腹が空いてきた。ランプに火を灯す。


「カナリア様、お目覚めになったのですね」

 ビクッと体が震えた。誰もいないと思っていたが、暗い部屋の中でエマは起きていてくれたようだ。

「どうして、寝な、かったの……?」


 こんな遅い時間に私を待つなんて不自然だった。しかし彼女はヘラヘラと笑っている。


「だってカナリア様が一人だと寂しがると思いまして」


 何を言っている。私は皇太子の妻となるべく教育され、寂しいなどという言葉からは無縁だった。

 それなのに私はどうして、どうして──。


「カナリア様、涙が……」

「うるさいっ! 泣いてなんか、泣いてなんかっ……」


 ポタポタと出てくる涙が止まらない。私は強く生きていかなければならない。

 そうしないとこの国では満足に食事の時間すら安心できないのだ。エマは部屋を出ていき、しばらくすると銀の皿を持って帰ってきた。


「毒味もしたので、大丈夫ですよ」

 私は椅子に座り、目の前の普通のスープに喉が鳴る。たかがスープなのに、それをスプーンで口に入れるだけで温かくなる。体が食事を求めており、出されたパンにも齧り付く。するとエマの細い体にも目がいった。


「あなた、ここで食事は摂ったの?」

「えっ……流石にカナリア様が摂られる前に──」

「何をバカなこと言っているの! 早く自分の分も持って来なさい!」

「は、はい!」


 エマはすぐに自分の分も持ってきた。真面目な性格だから連れてきたが、想像以上に手の掛かる子のようだ。だけど、この子だけは信じられる気がする。

 私は余った料理を彼女へ下げ渡した。


「もういいから、あとは食べなさい」

「でも少ししか摂られていませんが?」

「いいの。まだ病み上がりで食べられないだけ。貴女には明日からも頑張ってもらわないといけないから、しっかり健康でいなさい」

「カナリア様……」


 当たり前のことを言ったつもりが想像以上に感激されている。

 どうしてここまで尽くしてくれるのか分からないが、彼女だけは私の良心を支えてくれる。


「でもよく倒れた私を運べたわね」

「実は私ではなく、シリウス王子がお運びしてくださったのですよ」



 そういえばあの時に廊下ですれ違ったことを思い出す。少なくとも弱っている女に追い打ちはかけないようだ。何を考えているのかまだ分からないが、今は体力を回復させることの方が大事なため、またベッドで横になるのだった。

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