第34話 お小遣いが増えてお父さんは幸せになる

 東京の外資系ホテルで行った投資家向け説明会は思ったよりも大きなニュースになっていたらしく、マスコミの取材は規制したにも関わらず経済系のTVニュースでも取り上げられていた。


 ちらりと遠目でプレゼンしている自分の姿も映っていたが、ニュースのお目当ては有名な大物投資家が来日していたことらしくて時間にすると1:9で投資家の方を取り上げていたのが哀しい。


 実際に手を動かしている人よりお金を持っている人に注目が集まる。

 これこそ資本主義、という感じだ。


 ちなみに東京での誘拐未遂事件はいっさい報道がなかった。

 そういうものらしい。


 紙媒体でもニュースの特集が組まれた。


 経済新聞こそ小さな記事扱いだったものの、ビジネス誌には「地方発のユニコーン企業」として数ページにわたって特集された。


 とはいえ担当は広報が行ったらしく、喋った覚えのない綺麗ごと1000%増しの「企業理念」や「起業の動機」がフィクションとして独り歩きしていた。


 誰だこの志に燃える完璧超人は。


「そうか…社長は地球環境の汚染が許せなくて起業したのか…知らなかった」


 この五味大樹という青年社長すごいな。知り合いになりたい。


「優秀なライターを雇いましたから」


 石田が肩をすくめてみせた。

 東京で多くの外人と話してきたせいか、動作まで何となく外人っぽくなっている。


「それで、東京での話を報告したいんですが…」


「聞こうか」


「まず投資の申し込みは743件。その内訳ですが…」


 そこから小一時間続いた石田の報告をざっくりまとめると、純粋に投資をしようとしている投資会社、事業とのシナジーを考えている事業会社、資金調達のアドバイザリーに立候補している証券会社やコンサルティング会社、それらの事業の組み合わせに分けられるそうだ。


「いちおう地元地方銀行からも融資の申し出がありましたが、金額も条件も話になりませんでしたので…」


「どんな条件だったの?」


 好奇心で聞いてみた。

 地元企業に地元銀行がどのぐらい頑張ってくれたのか、には興味がわいたので。


 昔、リサイクル業をしてた頃は世話になったしね。

 あんまり貸してくれなかったけど。


「融資枠は100億円。利率は8%で。現預金を担保に。担当者が腹を切るつもりで持ってきた提案なのだそうですが…」


「そりゃ話にならんね」


 担当者が頑張ったのは認めるけれど、海外勢との投資合戦になるとデューディリジェンスがまともにできない地方銀行には荷が重い。


「ファンドの投資額は1000億円スタートという感じですからね…」


 資本主義はお金持ちに手厚いゲームなので人情の入る余地は少ない。

 グローバルなファンドともなると運用資産額は数兆円規模、と言うことも珍しくないわけで。

 可哀そうだけど、貧乏な地方陳銀行ではゲームへの参加資格がない。


「グローバルなファンドからすると、当社の事業は錬金術そのものなわけですよ。かなり強引な投資の申し出もありました」


「へえ。強引と言うと?」


「全株を買収したいとか、3分の1以上で役員を送り込みたいとか」


「ずいぶん敵対的な提案だね」


 もう少し牙を隠して10分の1株ぐらいを押さえて徐々に経営への発言権を高めていくとか、そういう絡め手で来ると思ってた。


「その代わりにと言っては何ですが、ものすごい金額を積んで来てます。札束でひっぱたく戦略ですね」


「すごい金額と言うとどれくらい?」


「メジャーリーグの球団でいうと、ヤンキースは買えませんが、その他の球団オーナーにはなれるぐらい。日本の球団なら全部買えます」


「すごすぎてよく分からんね」


「そのぐらい本気、ということです。今後は世界中でグリーン税制やカーボンプライシングが進んでいくと予測されていますから、廃棄物をゼロにしてしまう当社の事業は彼らからすると垂涎の的なわけです」


 グリーン税制、カーボンプライシングとは、要するに環境に良い方法で事業を行えば税制上の優遇を受けられますよ、逆に事業活動で二酸化炭素を大量放出するなど環境に悪いことをすると税金が重くなりますよ、という仕組みである。


 欧州やアメリカを中心に企業への監視の目は厳しくなっているし、それが緩くなることはない。

 そのために多くの企業が環境関連技術開発への投資に鎬を削っている、という事情がある。

 その投資額は全ての企業を足すと数兆円とも数十兆円とも言われている、らしい。


 ところが、当社の存在はそれらの投資を全て無にするだけのインパクトがある。


「なにしろ当社と取引するだけで、ぴかぴかのグリーン企業になれますからね。途上国で汚染を垂れ流していた悪評轟く環境汚染企業も、当社と取引をするだけで優等生のグリーン企業に早変わりです。なんの投資も要りません」


「それは魅力的だね」


 環境汚染企業にSSRカードMCTBH社を使用!環境汚染のデバフカードは効力を失いグリーン企業にランクアップ!ができるわけだ。

 そんなカードがあったら俺も欲しい。


 まあ大気汚染対策は頑張ってもらわないとだけれど、廃液についてはドラム缶に詰めて持ってきてくれれば汚染ゼロで処理できる。


「おまけにグリーン税制で受けられる税制上の優遇措置、廃棄物処理費用の低減による営業利益率改善も見込めます。例えば全社で10%、後者で10%の営業利益率改善があれば、営業利益率が20%改善されるわけです。元の営業利益率が10%程度の企業であれば、利益の額は3倍になります」


「そりゃすごいね」


 お給料30万円で月のお小遣いが3万円のお父さんに例えたら、月のお小遣いが9万円になるわけだ。すごい!


「いや、本当に凄いね」


 9万円のお小遣いがあったら、お父さんは幸せになれそう。


「そうなんです!それがファンド投資対象企業の全てに適用されますからね。数兆円の資産を投資しているファンドであれば、労せずして年度あたり数千億円以上の事業価値向上が実現できるわけです。数兆円以上の価値がある、と彼らが見ても不思議はありません」


「ははあ…」


 大気汚染企業にSSRカードMCTBH社を使用!大気汚染のデバフカードは効力を失いグリーン企業にランクアップ!だけでなく全社に適用できるということは、ファンドの手札企業全ての環境汚染企業はグリーン企業へランクアップ!が出来るわけだ。

 ゲームが壊れるな…チート過ぎる。


 数千億とか数兆円とか言われても、何だか実感がわかないけれど、とりあえずファンドには穴が黄金の泉に見えていることは理解できた。


「そりゃ誘拐もするわなあ…」


「なんの話です?」


 思わず口にした言葉に石田が食いついてくる。

 まあ話だけはしておいた方がいいか。

 石田の方も狙われるかもしれないし。


「いや、実は東京からの帰りに愉快な人達に誘拐されかけてね。外国人だった」


「何ですって!?」


 石田が立ち上がりかけるのを制する。


「まあ、別になんともなかったんだけど。あ、表のレクサスは買っておいたから。いい車だし石田も使っていいよ」


「ええ、それは使わせてもらいますけど、でも、そうですか…」


 石田が何かを納得するように思案顔をしている。


「何か心当たりでも?」


「実は…」


 と石田は東京でファンド回りをしていた時の話を始めた。

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