誰が為の殺人事件、或いは殺戮オランウータンの存在証明

Cyber Otter

第1話・殺戮オランウータン

 それは凄惨な事件現場であり、どこかチグハグな印象を覚える空間だった。

 落成パーティの主催である資産家は今、その体を腑分けされていた。

 そしてその体を部品として、組み立てている存在がそこにいた。


……!」


 誰かがその存在を畏怖を込めて呼ぶ。全身を体毛で覆い、ひどく長い前腕を持った、人でいえば子供と同じぐらいの背丈の存在――オランウータン。

 先頭に立って部屋に入った私の後ろでは、凄惨な現場に吐き気を催すもの、そしてオランウータンの存在に恐れおののくものに二分されている。


……とは?」


 聞き返すまでもない。目の前にいる、資産家の体を組み立てている存在だろう。

だが、聞かずにはいられなかった。そのような存在はつい今しがたまで、私の知識には存在しなかったのだから。

 振り返ればオランウータンに怯えているのは現地の資産家達だ。オランウータンはアジアの熱帯にのみ生息し、語源はマレー語で『森の人』を意味するという。

 土着の概念だとすれば、招かれただけの私が知らなかったのは当然のことだろう。


「彼等は多くの人を殺す、彼等のルールに従って……あぁ、どうすれば……」


 ルールに従ってという言葉、そして眼前のオランウータンが私達のことを蹂躙しない現実から、オランウータンが極めて理性的な存在であることが伺える。

 であるならば、彼等のルールに抵触しなければ私達が助かる公算は高い。

 彼を刺激しないよう、一歩を下がりながら、私は問いを続ける。


「資産家の……ここの主は何故、彼に殺されたのでしょう?」


 被害者は今四肢を柱とし、胴体を屋根とする形でオブジェクトとなりつつある。

 あのような辱めを受けねばならない理由とは何なのか。


「……この森が彼等の森だったとすれば、それを切り開いたことは動機足りえるでしょう……」


 住まいを追いやられた報復として、彼の住まいを襲ったのならば、理解できる。


「であれば逃げましょう……彼らがルールに則って殺人を犯す存在なら、私達は標的ではないはずです。さっ、彼を刺激しないうちに……」


 混然としていた廊下に、現金なことに自分達が標的ではないだろうという仮説を聞くと、安堵の吐息が漏れる。あろうことか会話まで聞こえてくる始末だ。

 この殺人事件という枠組みの登場人物足りえないと分かれば、確かにスクリーン越しにミステリー映画を鑑賞する傍観者でいられるというもの。

 かくいう私もこわばっていた肩を解すように回す余裕すら生まれていた。

 私達は資産家の部屋の前から廊下を進み、エントランスホールへと向かう。

 荘厳な扉を抜け、クルーザーの停泊している場所までたどり着けば――助かる、そのはずだった。

 エントランスホールに辿り着いた私達は再び言葉を失うことになる。

 荘厳な扉は破られ、風雨吹き込むエントランスホールは惨劇の舞台と化していた。

 この館に訪れた際に出迎えてくれた執事やメイド、館の従業員達。彼らを思い思いのオブジェクトに成型していく達。

 どうして、という言葉も出ない。森を切り開く命令を出した資産家だけではなく、その一族郎党までも殺さねばならぬという恨みを彼らは抱いていたというのだろうか。

 招待客は彼等の認識では一族郎党に含まれるのだろうか、体が恐怖で動かぬ中、そんな考えが浮かんできてしまう。

 すると、今までは目の前のオブジェクト以外には注意を向けていなかった達の一匹が、その指先でオブジェクトを一つ一つ指差し、もう片方の手の指を折っていく。まるで数を数えているように。

 彼の指先は私達の向こう、廊下の奥、資産家の部屋を指さした後……あろうことか私達まで数え始めた。指先を向けられる度、向けられた招待客の恐怖にすくんだ声が響く。彼らは登場人物に引き戻されてしまったのだ。

 そしてその指先はついに私にも向けられることになる。


「何故ですか……! 私はこの森を切り開いてはいない。彼に招待はされただけで」


 自分でも不思議に思うぐらいすらすらと台詞が出てきた。こちらの言葉を介してくれるかわからないに聞かせるものではあるが。

 当然のようにこちらの問いに答えることがないは、指先を私達の集団から外し、開け放たれた扉の向こう、虚空を指さして数え始める。

 いったい何を数えているのか。何人を殺戮しようというのか。は何の為にこの殺人事件を起こしているというのか。

 彼らが理性的な存在であるならば、意味もなく殺戮を行うはずがない。

 ならば――


「――まさか、伐採した木々の本数だけ、私達を殺そうというのですか」


 ――もしそうであるならば。

 この屋敷にいる人数では足りるはずもない。『森の人』である彼等の殺戮動機が、同胞たる森の木々と同数の死であるというのであれば。

 スクリーン越しに見ている貴方の元にも、は訪れるかもしれない。



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