第54話 「ターカスを呼べ!」





私達の「武力」と言える者と言えば、アルバ、メルバのみだった。それに付け加えるとしても、“ターカス”はあり得ない決断だ。


元は軍でも働いたとは言え、非常時でもない今、民間に居る“ターカス”を、むざむざ危険に晒す事は出来ない。


「博士、それは無理です。彼はどんなロボットであろうと、今はメイドロボットとして働いている。それを故意に危険に晒すような事があれば、法にのっとって訴追されるのは、私達なのですよ」


私は語気を少々強めてそう言ったが、博士は一つ大きく首を振って、顔の前に手を差し出す。そして、ロペス中将を指さした。


「ここに打ってつけの人材が居る。元、ターカスの上司じゃ。どうじゃね?もう一度彼を雇って連れてきては」


「なぜそうまでして、“ターカス”を連れて来なくてはいけないのですか?」


私が尚もそう食い下がると、博士はまた首を振る。それから全員を睨みつけるように見渡した。


「儂があの子に加えた兵器を話してしんぜよう」


私達は、“ターカス”の兵器としての性能にはそこまで詳しくなかった。だからそこで全員、博士の話に聞き入る。博士はオールドマンの屋敷を離れ出し、外壁を回っている間、喋っていた。


「小型核融合炉を利用した、濃縮型核分裂爆撃。これが一番大きい。戦場では、これが敵兵を一気に蹴散らし、その国の戦意まで削ぐと言う事で、利用した。もちろん、今となっては儂は、それをした事を後悔しているというのは、付け加えなければならん」


全員が、息を呑んだ。博士は我々の前を歩きながら、何度か振り返る。


「それからもちろん、純粋水爆。これもターカスは操れる。周囲10キロメートルは、少なくとも更地になる。トリニトロトルエン3万トン分の爆発じゃ。20キロメートル以内の家屋は倒壊、爆風はもっと遠くまで届く…」


充分にオールドマン邸から離れた時、博士は建物を振り返り、囚われた“ターカス”を思い返すように、目を細めた。


「儂があの子らにそれを背負わせたのは、13体分じゃ。“即決兵器”を欲しがった先進国の、言われるがままにな…」


「博士…」


私達は、博士が感じているだろう、苦悩と後悔を思った。でも、そうすると、尚更の事、疑問は深くなる。


「では、博士。なぜ今、家庭という平穏の場へ逃れたターカスを、また戦場へ引き戻すのです?」


博士はぎろりとこちらを睨む。そしてその後、驚くほど冷たい声を出し、こう言った。


「あの子達は、力が大き過ぎるがため、まともに戦える相手が自分しかおらんのじゃ。だったら、やらせるより他ない!それに、この戦いを逃れて尚、“ターカス達”は平穏には暮らせん!」


確かに、ここでターカスを出さずに我々が敗退してしまえば、オールドマンがターカスを兵器として扱う事は、想像に難くない。そうすれば、フォーミュリア邸に居る“ターカス”だって、規制対象になるだろう。


私達は、もう何も言えなかった。中将はもう一度ターカスを軍へ雇い入れる事に決め、メキシコへは、空のシップだけが向かった…





「ねえねえ!マリセル!ターカス!今度は“だるまさんがころんだ”よ!」


「お嬢様、もうピアノのお稽古のお時間でございます。お遊びはまた今度に」


「ダメよ!ターカス!あっちを向きなさい!あなたが鬼よ!」


「はい、お嬢様」


「ターカス!君も止めて下さい!」


「私は、お嬢様のおっしゃる通りに…」


「いいから早く!」


ターカスの様子は、すぐに良くなる物ではなかった。でも、なるべく真実は言わないままで、お嬢様にその事を分かってもらった。


“なんとかターカスを元に戻せるように、今、バチスタ博士が動いているはず…”


私はそう思って自分を元気付け、お嬢様とターカスに、必死に向き合っていた。


少しは元気の出た様子のお嬢様は、前と同じように、ターカスと一緒に居ると、よくお笑いになった。それを見て私は安心した。そこへ、家の通信端末が鳴り出す。


「はいはい…お嬢様、家への通信です。少々ターカスとお待ち下さい」


お嬢様は、ターカスの腕を引いて、歩行器を進め、駆けて行ってしまう。


「分かったわ!庭で遊んでいるから、お食事になったら呼んでちょうだい!」


「お嬢様!」


私がお引き止めしても、お嬢様は振り返らずにターカスを連れて行ってしまった。とにかく通信を取るため、私は壁を2回タッチする。


「フォーミュリア家、メイド長のマリセルと申します。どなた様でございますでしょうか」


私がそう言うと、電話の向こうからは、こんな言葉が聴こえてきた。


“ダグラス・ロペスだ。その件は失礼した。今、シップを向かわせている。それに、とにかくターカスを乗せてくれ。彼だけでいい。彼は、もう一度軍が徴用する事になった”


私は言葉が出ず、何かの聞き間違いかと思った。でも、私達ロボットに、“聞き間違い”という概念はない。


“理由を聞いて、承認出来ないものであれば、なんとしても拒否しなければ”


私はそう思って、慎重に声を出す。


「お久しぶりです、ロペス中将。それは、どういう事でしょうか?なぜターカスをまた軍にお連れになるのですか?理由を聞かない事には、わたくしは軍用のシップにターカスを乗せる事は致しかねます。メイド長として」


通信端末から、大きな溜息が聴こえてきた。私は待った。


“詳しい理由は省きてえんだがな…オールドマン邸で、ターカスの偽物が現れた。でもあちらは、バチスタ博士の見立てでは、ターカスの脳細胞を移植されている様子らしい”


「それは…!」


私は、驚き、喜び、混乱で、言葉が詰まった。中将はそれを拾う。


“ああ。つまり、頭の中身は、あっちが本物のターカスだ。それを俺達は取り戻さなきゃいけないが…”


「それなら、他の軍用ロボットに…!」


私がそう言い掛けると、中将はこう捻じ込んだ。


“ターカスより強いロボットは居ない。だそうだ”


私は、もう決まってしまったターカスの行き先を思って、そこで彼が傷つくのがいくらかなのかを、すでに考え始めていた…





私が食事を取る前、ターカスは、マリセルに呼ばれてどこかへ行ってしまった。


戻ってきたマリセルにターカスがどこへ行ったのか聞いたら、マリセルは、「倉庫でメンテナンスを行っているのです。危険ですので、倉庫へは近寄らないようになさって下さい」と言った。


「まあ、つまらないわねえ。でも、ターカスはロボットだもの。私達が眠るのと同じに、メンテナンスが必要よね」


そう言うと、マリセルは「ええ、もちろんですとも」と笑っていた。




夕食の時、私は足元にコーネリアを連れて来てキャベツをあげてから、自分の分のシチューを食べた。


「ねえ、マリセル…」


食事室の隅に居たマリセルに声を掛ける。彼が振り返る時、それはずいぶん不安そうな顔に見えた。


「どうしたの?」


不思議に思ってそう聞くと、マリセルは慌てて首を振る。


「い、いえ。なんでございましょうか、ヘラお嬢様」


私の足元に居たコーネリアは、いつもの癖で早くご飯を食べようとして、キャベツをぽとぽと落としてしまっていた。それを拾うのを手伝ってあげてから、私はマリセルに微笑み掛ける。


「お食事の時だけだけど、私、コーネリアと一緒に居られて楽しいのよ。ありがとう、マリセル」


始めはマリセルは、「野兎でしたら、家の中へは入れられません」と、頑なだった。


でも、ターカスと私が上手くいかなくなってから、マリセルはコーネリアを家の中に連れて来てくれた。その事にお礼を言いたかったのよ。


「いいえ。わたくしは、初めは突き放すような言い方をしてしまいまして…お嬢様のご安心を考えられず、申し訳ございませんでした…」


そう言ったマリセルに私は首を振って、もう一度お礼を言った。





「おいでなすったぜ。2体目の最終兵器が」


メルバが、空から降りて来る小さなシップの腹を見上げて、呟く。


「じゃあ、もう一度突入ね。ロペスさん。私達はサポートに回りましょう。ターカス対ターカスには、おそらく邪魔が入るだろうし」


「ああ。ただ、私は使える武器は限られてる。君達が主な盾役だろう」


「もちろんそうさ。じゃあアルバ、エネルギーは満タンだな?」


「ええ。まったく、ここんとこは重荷な仕事ばかりだわ」


子供達とロペス中将は、短く話し合いをしていた。


私は、躊躇いがちにシップから降りて来た彼に、手を差し出す。


「ようこそ、ターカス。事情は聴いたかな?」


彼は神妙な顔をして頷き、私の手を取った。





つづく

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