第53話 「偽ターカス」





アメリカは暑い。今やここは灼熱を誇る砂漠地帯がほとんどで、農地のために利用出来る平地は少なくなってしまった。カナダとの境目に、少々小麦畑ととうもろこし畑はあるが、全く需要に追い付いていない。


地球の地軸が少々ズレてから、北半球は酷暑、南半球は極寒となり、メキシコを含む、過去に赤道だった場所付近が、農業には一番適していると言える。


現在のアメリカは、金融と工業で生き延びている。それがもしかしたら、メキシコに領土戦争を仕掛けた理由かもしれなかった。私は後々になってそれに気付いた。


しかし、いくらメキシコを手に入れた所で、そうそう穀物自給量は変わらない。あまりはっきりと「これが理由だ」とは言えなかった。



「ジャック、もうそろそろ着くよな?オールドマンは逃げてないと思うか?」


メルバが、隣のシートから私に話しかけてきた。私達は、アメリカの、オールドマン邸に直接向かうシップに乗っていた。


「ああ。多分、GR-80001を発見された事には気付いていないだろうから、逃げてはいないだろう。亡命者リストの中にもなかった」


メルバの向こうから、アルバが顔を出す。


「じゃあ大丈夫ね!私達でGR-80001を取り返して、その脳細胞の含まれたパーツとやらも奪えば、任務は完了よ!」


私はいつもの癖で、右手で顎をこする。なんだか、今度の任務は嫌な予感がした。


「そう上手くいくか…」


すると、私達の向かいのシートに掛けたロペス中将がこう言う。


「やるしかねえよ。あいつは絶対に何かをやる。阻止出来るのは、俺達だけだ」


「そうですが…」


バチスタ博士も一緒になって、私を励まそうとした。


「大丈夫じゃ!あいつは抜け目はないが、腰抜けじゃからな!それに、こちらには武力も揃っておる!」


「はあ…」



私は、奇妙な予感に胸を揺さぶられながら、博士の向こうにある窓から、荒涼としたアメリカの大地を眺めていた。





「ふむ、着いた着いた!さーて、どう攻める?ガンはありそうな門構えじゃな!」


博士はオールドマン邸の門前に着くと、手を擦り合わせてそう言った。ロペス中将はこう言う。


「ああ、ここには防犯用と思われるガンが配備されてる。ただ、あると分かれば、発見次第破壊すればいいだけだ」


そこでアルバが前へ出た。


「それなら私の目に任せて!えーっと…」


彼女は強い陽を片手で遮り、建物をスキャンし始めた。ある所で彼女の首はぴたっと止まり、目の奥が動いたようだった。


「あったわ!でも…数が多い…5つもよ!」


「そんなにか!?」


中将は頓狂な声を上げる。


「中将が以前に侵入しようとして撃たれたのは、一発。ガンが5つもあって一発だけとは考えにくい。向こうが新たに守りを固めたかもしれないな…」


メルバが私に話し掛けた。


「“エリック”も武力を補強されて、軍にも出向いてた。ポリスの武力で賄えるか分からない。本当に行くのか?ジャック」


「盗難届を見せて、ロボットを返してもらうだけだ」


「そうじゃ!返しやがれ!」


私は、息巻いている博士をちらりと見やったが、どう考えても彼は足手まといになる。ここまで来てくれたのは有難いが、非戦闘員を背負って中に入り、上手く立ち回れるかは疑問だった。


“初めはただ捜査に行くだけと思っていたから、補強要員も足りていない…”


でもそこで思い出して、私は中将に声を掛ける。


「中将、博士に渡せる武器はありませんか?このまま彼を連れ立って中に入るのは、危険です」


そう言うと、中将は胸のポケットを上から叩いて探り、右胸から、小さなガンを取り出した。


「これなら」


私はそれを受け取り、博士に手渡す。


「博士、何かあったら身を守って下さい」


「あ、ああ…」


そして私達は、まずは防犯用ガンを破壊し、建物へと踏み入った…





廊下には白い絨毯が敷かれていて、私達は足音を気取られずに済んだ。とは言え、何者かが侵入している事はもう知れているだろう。


でも、警報も鳴らないし、ロボットも出てこなかった。不気味な程、中は静かだ。


「おかしいよな…」


「ええ…」


子供達は不安そうだった。博士は、あちこちの部屋を吟味したそうにきょろきょろしていて、中将は危険がないかを常に確認していた。


その内に目の前に大きなホールが現れて、その向こうに、2階へ上がる階段が見えた。階段の上には灯りが点いていないので、その先は暗くなっていた。そこで中将が口を開く。


「俺は、恐らく“エリック”と思しきロボットに連れられて、ここを降りた。そうだ、この景色だ。だから、盗まれたGR-80001が居るとしたら、この奥かもしれない」


中将は身振り手振りをまじえてそう言い、私達はそれを聞いて、上を目指そうとした。すると、階段にパッと灯りが点く。


「ああっ!」


私達はその時、叫んでしまった。


メルバとアルバは反射的に後ずさる。さすがの博士も警戒して、銃を構えた。


階段の上には、傷付いたGR-80001が立っていて、こちらを向いていたのだ。


アルバは“ターカス”に機能停止にされた事を思い出したのか、悔しそうに顔を歪め、メルバも危機感を持って、アルバを後ろに隠そうとしていた。


中将はじっとGR-80001を見詰めていたが、やがて彼はこう言う。


「あれだ。アームストロング殿。同じロボットですよ。どうやらまだ動けるらしい」


「弱ったな…」


私達を見下ろしてGR-80001は黙っていたが、不意にこう叫んだ。


「…帰って下さい!早く…!」


その叫びは、小さかったが悲痛な響きで、彼の全身に残っている傷が、余計に辛そうに見えた。


私は、彼に向かってこう叫ぶ。


「帰るわけにはいかない!君をメキシコに戻す!」


すると、彼は後ろの暗い廊下を慌てて振り返り、もう一度繰り返した。


「ダメです!帰って下さい!“彼”が来る前に!私は、“彼”の命令を拒否出来なくされたのです!お願いします!引いて下さい!ああ!バチスタ博士!私は貴方を殺したくなどないのです!」


その時、博士は大急ぎで叫んだ。


「“ターカス”じゃ!あれは、脳細胞を移植されておる!引け!恐らくオールドマンが来たら、ターカスはただの兵器になってしまう!」


私達は博士の言う事を理解した。ターカスも、「そうです!そうです!」と繰り返していた。私達は悔しいながらも、彼の言う通りにせざるを得なかった…




表に引き返してから、博士はこう言った。


「ホーミュリア邸の、ターカスの抜け殻を連れて来るんじゃ。それか、それ以上のロボットを。それ以外に、連れ戻す術はない」





つづく

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