第51話 「奪い返すのじゃ!」





ラロ・バチスタ博士は、“イズミ”に興奮を収めてもらってから、まずはターカスのパーツを組み直してくれた。


「さて、と…では、融合炉じゃな。ここは慎重に…」


私はその時、数日前にお嬢様に聞かれた、「ターカスの使っている、核融合炉とは、なんなの?」という言葉を思い出した。


旧時代、人類が化石燃料を使い尽くしてからも、水力により取り出したエネルギーを利用し、効率化に成功した核融合炉は、稼働が可能になった。


現在の核融合炉は、もっとエネルギー回収率の良い原理に置き換わり、ターカスの使っている小型核融合炉は、「遺棄物などのコストが高い」として、一般のロボットには使われなくなった。


しかし人類は、ロボットにさえ転用して量産出来、専門家であれば扱える程に、核融合炉を、安価かつ安全にしたのだ。そんなのは、元は夢のような話だっただろう。



私は、エネルギー発生で放射能が漏れだす前に、ターカスの炉に遮蔽版を取り付け直す博士の後ろ姿を見ていた。



「これでおおむね良し、じゃな。後はちょいちょいと…」


組み立てが終わると、安全を察知した核融合炉は自動で働き、ターカスは意識を取り戻す。ヴヴン…と、彼の頭脳の辺りが音を立てるのが分かった。


ターカスの目にランプが灯り、それはまた不安げに、私達を見回す。イズミは気の毒そうに眉を寄せ、しかし黙っていた。私も、何も言えなかった。しかし、博士だけはこう言う。


「おはよう、ターカス。どうやら、君に悪さをした奴が居たようじゃ。儂の古い知り合いでな。今度、君のパーツを取りに、そこへ出向いていくんで、ちょいと話を聴かせてもらえないかな?」


「え、ですが…」


ターカスは、一度躊躇う。私も、軍の関係者からターカスが戻された時、「戦時の記憶は全て上書きしてある」と聞いた事を思い出した。


「ふむ、そうか。軍内部の情報、だったか…では、待ちなさい。今上書きを取っ払ってあげよう。これは急務じゃ。そのくらい、許してもらうとするさ」


そう言うと、博士は作業場の中にあった金庫から、高価そうなデバイスを取り出してきた。


「博士、そちらは…?」


少々不安だったので私がそう聞くと、博士はこう答えた。


「これは、ちょっと口外して欲しくない物でな。自分に権限のない、ロボットの内部の情報へアクセス出来る。要は、ハッキング専用のPCなんじゃ」


「ええっ!?」


私は、ますます不安になった。そんな物を使って記憶を復元したなんて軍関係者に知れれば、法による罰則も免れないかもしれないからだ。しかし、博士はすぐに片手を顔の前で振り、笑う。


「いやいや、「主人が突然亡くなったロボットの記憶にアクセス出来ない」、「パスコードが紛失している」なんて相談事も持ち込まれるんでな。その為に持っているだけじゃよ。修理工の間では、よくある事じゃ。まあ、軍での記憶はデリケートじゃし、聴き取りを終えたら、もう一度上書きをしよう」


それで私達は、やっと安心した。博士はデバイスを立ち上げると、そこから生じる光を、ターカスの目に焦点を当て照射していた。





ターカスは記憶を取り戻すと、、軍司令部から“エリック”に連れられてオールドマン邸に行った事、オールドマンが喋った台詞を一言一句過たずに話し、やがて博士はその記憶にもう一度“上書き”を施した。


私達は初めて、オールドマン邸での、確信の持てる情報を得た。本人から聞くまでは、「おそらくそうだろう」くらいでしかなかったのだから。しかし、博士はその事を喜んでいなかった。


「困ったものじゃな、オールドマンの僻み根性にも。奴はそれで成り上がれたには違いないが…」


「はあ…」


私達は、また博士のキッチンでお茶を飲んでいた。博士は俯いて、お茶から湯気の上るのを見詰める。


「オールドマンはな、元はこの、メキシコ自治区出身の科学者じゃ。儂ら、フォーミュリア、オールドマン、バチスタは、首都メキシコシティにある、最先端を学ぶアカデミーの出身じゃった」


「そう、だったのですか…」


私は大いに驚いたが、博士は思い出の中から目を離さず下を向いたまま、「ああ」と頷いた。


「儂らは日夜、切磋琢磨して研究をし、儂は妙な物に興味を持ちやすいのでな、いつも赤点を付けられておった。でも、そんな儂と友達になってくれたのが、ダガーリア君だったんじゃ」


私は、どんな者も優しく見詰める、前御当主のお顔を思い出す。


「でも…そんな儂らを、いや、ダガーリア・フォーミュリアという男の好成績を妬んで、いつも後ろを追いかけていたのが、オールドマンじゃよ…」


私はあまり口を挟まず、ターカスも黙っていた。イズミは初めてこの話を聴いたように驚いていた。彼は博士の後ろに立ち、やっと聴けた博士の思い出話を喜んでいるように見えた。


「オールドマンは、首席での卒業をしたダガーリア君をまたもや妬み、別の企業で研究者として働く時にも、時折、ダガーリア君の思想を非難していた…そして、いつしか成り上がって、穀物メジャーの研究者となった…それはもちろん、潤沢な資金を使うためじゃ。今や穀物メジャー以上に金の余っている所など、ないからな」


そう言うと、博士は顔を上げ、私達をぎりっと睨みつける。


「いいか、諸君。奴の企みがなんであっても、それは阻止しなければならん。「平和利用に限ろう」なんて倫理観は奴にはない!それに、戦場から戦術ロボットを拉致しようとするんじゃ。ろくな事は考えとらんだろう」


私達の間に緊迫した空気が流れた。だけど、博士は私達の事は放ってすぐに立ち上がる。


「儂はアメリカに行くぞ!今日にも、政府に話を通す!ポリスに護衛を依頼じゃ!忙しくなるわい!」


博士は、言葉の終わりにはもう、自宅のコール端末からポリスの番号を引き当てたのだろう。通信の音が聴こえてきた。



“はい。こちらはポリスコールセンターです。事件ですか?事故ですか?”


博士は天井に向かって、大声で叫んだ。


「コールトリプルエー!署名はラロ・バチスタじゃ!人員をかき集めろ!」


私にはその言葉の意味は分からなかったが、応対AIは「承知致しました。お待ち下さい」と言った。しばらくして、懐かしい声が聴こえてくる。


通信の向こうから、無機的で、平坦な少年の声がした。


“こちら、情報人員、AH-003、コードネーム“シルバ”です。バチスタ博士、お久しぶりです。ご用件を伺います”


私は、思わぬ所で思わぬ人物の声を聴いたので、驚きと喜びを覚えたが、ターカスは落ち着いて博士とシルバの会話を聴いていた。博士は相変わらず、天井へ向かって金切り声を上げる。


「君は知っているかね!我が国の戦術ロボットGR-80001が、アメリカの穀物メジャー、DDMへと拉致された際、その主要たる機能を奪われた!これは由々しき事態なんじゃよ!」


“博士、説明を求めます。それは、どのような機能でしょうか。こちらで確認しましたが、そのロボットは、もはや他国の最新鋭ロボットには、どのような面でも敵いません”


「ああ、わかった、わかった!白状するよ!」


私はその時、“ついにターカスの事が明るみに出てしまう”と、事を恐れた。博士は迷わなかった。


「ターカスには、人間の脳細胞を利用して、自発的な自我を連続して保つために、あるパーツが取り付けられている!儂を罰するのは構わんが、相手方がそれをどう悪用したのか、判別が出来なくなるぞ!」


“…承知しました。では、博士、対抗策はどうなさいますか”


「アメリカへ行く!物理的にパーツを取り戻し、もし悪用されていれば、それらを全てすべて廃棄だ!」


“…分かりました。では、出立の準備は、ポリス次長と、政府高官からの承認が下りてからです。それが済み次第、関係者を集め、チームを編成します。連絡は15分後です”



通信が済むと、博士は私達を振り返り、「そういう事で」と喋り始めた。


「君を元に戻せるのは、もっと後じゃが、我々はこれからアメリカへ行ってくる。必ず君は元に戻る。安心する事じゃ」


そう言ってターカスを見詰め、博士はにっこりと笑った。





つづく

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